2020年12月01日

20201201 空き家に入れた

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 母と妹を呼び寄せて家族三人で暮らそうという件、空き家探しは難航を極めた。使いたい農地が決まっているので、そこに通える範囲で探した。その範囲には約60軒の家があって、実に三分の一の20軒が、住む人のない事実上の空き家であった。そのうち、これまでの人間関係上の懸念のある家や、傷んでいて修理に費用がかかると思われる家を除いた12軒について、農地に近い順に訪ね歩いた。一般に、農村では農家の売買には不動産業者が関わりたがらない。いわゆる「農家資格」のある人に限定されることや、第三者に売却されてもムラ社会のしがらみが後を引き、移住者がトラブルに巻き込まれやすくてクレームがつくからである。そのため農家物件は、農村を維持するための行政による空き家バンクに頼らざるを得ない。しかし我がムラの場合、ムラビト同士の派閥争いなどで村が分裂していて、行政と一体となった取り組みができず、空き家物件が行政の俎上に乗ることがない。したがって、望む場所に空き家を見つけるには、一軒ずつ近所から訪ね歩き、親類縁者に繋いでもらい、あるいは民生委員を通さざるを得なかった。多くの場合、元の所有者が死亡して複数の権利者に相続され、連絡先がわからなくなっていたり、権利者に尋ね当たっても個人情報保護の観点からアクセスを止められたり、直接連絡できても耳が遠いなどで意思疎通が不可能だったり、会話が成立しても仏壇が置いてあるなどの理由で、貸したり売ったりしてもよいという色の良い返事はもらえなかった。

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 この間、農地の確保と同時進行で村中を動き回ったため、私が家と農地を探しているということは、村中の知るところとなった。貸してやるとも売ってやるとも言ってない相手に対して、退いてくれ貸してくれと言いに行くわけだから、こちらが圧倒的に分が悪い。「わしらに早よ死ね言うとってか !! 」と罵られたことも複数回、しかしなかには親身になって、わざわざ一緒に歩いて顔つなぎをしてくれたり、方々へ連絡して親類縁者に繋いでくれる人もあった。「なんの力にもなれないけれど」と、野菜やジュースをくれる人もあった。空き家と思って尋ねて行った先が、実は引きこもりを抱えた深刻な家庭であったこともある。範囲内の60軒の家のうち、これも実に11軒に引きこもりの家族がいた。その半数近くが、80-50であったたり90-60であったりした。そんな家の門前で追い払われたこともあるし、親が涙ぐみながら応援してくれたこともある。農村は、自然環境と直接対峙してるだけに、人の生き様の赤裸々な面を垣間見る。

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 さて、訪ね歩いた最後の家、範囲の中では最も遠い家で、ようやく満更でもない感触が得られたのは先月末のことである。それから一ヶ月、家主の悩みや相談に乗りつつ、また近隣の村人たちの想いに応えつつ、またそこに保浮された荒れ農地の再生に期待を寄せられつつ、何がどう作用したのか具にはわからなかったが、なんとか昨日、その空き家に入ることができた。一歩前進。

posted by jakiswede at 00:00| Comment(0) | 移住計画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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