2014年01月16日

20140125 谷上マーケット出店

farminhos @ 谷上マーケット
2014/01/25 (土) 10:00-15:00

全国のfarminhoファンの皆様お待たせいたしました。突然ですが「谷上マーケット」に出店します。出すものは以下の通りです。

物販 丹波黒大豆2013 (特大\600/ 200g)
   インディカ米2013 (3分搗\300/ 2合)
   赤白黒の糯米ミックス2013 (玄米\300/ 2合)
   プチパン (\100) 
   フスマクッキー (\200)
食事 黒インゲンと豚バラ肉のフェイジョアーダとインディカライス (お試しサイズ\300 x 10食) 
イベント 味噌作り 13:00-14:00 
   参加条件 : 原料の下ごしらえをしてきていただくこと (無料) 、見学は無条件。
   原料 全て乾燥状態として 大豆 : 麹 : 塩 = 1 : 1: 0.5 左の分量をご準備頂き、
    大豆は前夜から水に浸し、事前に指先で潰れる程度まで煮るか蒸すかしてください。
    煮汁も500mlペットボトル1本で良いのでお持ち下さい。
    麹は市販の乾燥麹で結構です。すり合わせる作業だけをします。販売はできません。

 以上、出すものは殆ど畑で収穫されたものばかりです。設備が限られておりますので充分とは言えませんが、あのcafeminhosの味が再び皆様の元に戻ってきます。どうかご期待下さい。マーケット自体は、一般のフリーマーケットというよりも、オーガニックな生き方を目指す人たちの情報共有の場という性格が強いので、最初は入りにくいかも知れませんが、どうか入ってきて下さい。

場所: http://www.mapion.co.jp/f/cocodene/view.html?token=7fde6da47b613cc2ac678882669604e9
 有馬街道箕谷ランプ東「ヤキタテイ」駐車場南に隣接する古民家です。
 駐車場は上記地図内「皆森」交差点に隣接する「箕谷駐車場」をご利用下さい。
 電車でお越しの場合、神鉄箕谷駅か北神急行谷上駅下車、いずれも徒歩10分以内です。
 http://jakiswede.seesaa.net/article/383011711.html
   
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2013年12月30日

20131230 迫力を増す !!

 今年一年、私は苦しんだ。なにに苦しんだかというと、自分がこういう生き方をしたい、それをするためにこうしてああして・・・という、そのやり方については一通りの要領を得て道筋も見えて、老い先の長くない人生のうちに何処までやり切れるか・・・という段階にまで来たのだが、これを実現するための環境が整わない、ときによってはこれを脅かしかねないことに苦しんだ。


 具体的にいうと、私は安全な食を求めて自給的な生活をしたい。手作りで経済あるから現代日本の経済生活との格差が6倍程度あり、これを埋めるためにパートタイム労働に就くことは厭わないし、むしろこれを楽しんでいる。問題は、住み手のなくなった空き農家の家主が「空家にしておくと家が傷むから住んで下さい」と言われたので住み、「農地は自由に使って下さい」と言われたので使い、地域の決めごとを守って溶け込み、「安全な作物」を作るにはどうしたら良いかを考え、考えたことをブログに書き、賛同してくれた友たちとともに農作業を共にし、収穫を或いは分かち合い、或いは加工して貯蔵し、その方法についても友たちと共有することが、農業関連法上、違法行為とされたことである。具体的な事実経過については、このブログに書いてきたことであるので、ここでは繰り返さない。これから私と同じような生き方をしたいと思っている人たちのために、私と同じ轍を踏まないように書き留めるのが目的である。


 根本的原因は、私が「農民」でないことにある。私はちっとも知らなかったのだが、日本人には「農民」と「それ以外」があって、農業関連法規がこれを定義づけている。「それ以外」の日本人のほとんどは、恐らくこのことを知らない。いや「農民」も、そのほとんどは、恐らく知らないはずである。農業関連法規はたくさんある。そのうち我々に関係するのは、おそらく「農業基本法」・「農地法」・「食料・農業・農村基本法」の3つ、場合によっては「主要食糧の需給及び価格の安定に関する法律」も絡んでくると考えて良い。しかしその条文を読んでも、はっきりいって何が言いたいのかさっぱりわからない。従って、これらをコーディネイトしてもらわなければ法律を守ることが出来ない訳だが、それを司っているのが、各市町村役場にある「農業委員会」という組織である。


 農業委員会が言うには、「農民」でない者が、「農家」に居住すること、「農地」を生産手段として使用すること、「農地」をまた貸しすること、「農地」から得た収穫を利用すること、「農地」の維持以外の行動をとることなどは、全て違法行為であるということだ。


 これを私の行動に当て嵌めてみると、住み手のなくなった空き農家の家主が何を言ったとしても「農民」でない者が「農家」に居住することは違法であり、農地の所有者が「農地は自由に使って下さい」と言ったとしても「農民」でない者が「農地」を使用することは違法であり、これらの賃貸に金銭を伴う契約があったとしてもその契約自体が無効であり、また、たとえ「安全な作物」を作ることであったとしても「農民」でない者が「農地」を生産手段として使用することは違法であり、たとえ良いことを考えていたとしても「農民」でない者が農法について云々することは「農地」の維持以外の行動をとることになるので違法であり、「農民」でない者が考えたことをブログに書いて賛同者を募る行為はその違法を広めることになるので更に違法であり、「農民」でない者がその賛同者とやらとともに農作業を共にすることは「農地」をまた貸しすることにあたるので違法であり、「農民」でない者が収穫を或いは分かち合い加工して貯蔵することは「農地」から得た収穫を利用することにあたるので違法であり、「農民」でない者がその賛同者とやらとその方法について共有することも前述のごとく「農地」の維持以外の行動をとることになるので違法である、ということになる。これは直接農業委員会に出向いて逐一確認したことであるので間違いない。これらは違法行為である。これを知るきっかけとなったのは、今年の春に行政指導を受けたからである。彼らは「農民」が一番手も足も出ない時期を良く知っている。つまり田植えの前だ。人を募ることを辞め、ブログに記録することも控えたのはそのためである。


 私が具体的にどうしたいのかを明確にしておきたい。私が「農民」ではないことが原因で上の全てのことが違法なのであれば、私は「農民」になりたい。これを「農家登録」という。これを正式に取得して、合法的に農家に居住し、農地を使用して収穫を得たい。農法については、あくまで「自然農法」の考え方で栽培したい。収穫物については、基本的に自給目的で利用し、加工出来るものについては貯蔵し、一連の作業について賛同する人たちがあればこれを共有したい。食品の加工については、必要な許可をとり、屋号を名乗り、定期的に販売できる機会をとらえていきたい。しかしあくまでも営利目的ではなく、むしろこのような生き方に賛同する人たちとのつながりを持ちたい。なぜなら手仕事で出来る作業量では、一人一反の農地を使用して収穫を得るのがやっと、それをやりくりして現金に替えるにあたって、いかに手作りであっても食品としての常識的な価格を考えると、前述のように生活に必要な収入の6分の1程度にしかならないからである。市価の6倍の価格設定で販売することは良しと出来ない。


 では、私が苦しんだその原因、つまり上のプランを実現するにあたって、どのような障害が現れてきたかをまとめておきたい。まずは「農家登録」である。これには、「営農計画書」・(自治会による)「同意書」・「新規就農にかかる確認書」・「農用地等貸付申出書」・「農用地等借受申出書」が必要である。これら有効にそろえた上で年度末の定められた期日までに農業委員会に提出し、農業委員会が受理すれば農業委員会は一年間その圃場を観察し、「農家登録」を許可しても良いと判断されれば許可される。上の5つの書類のうち、前3つまでは問題なく取得出来た。しかし後2つの書類は農地の地主の許可が必要であり、これが取れなかった。この2つの部分を「農地の利用権の設定」という。


 つまり、「農地は自由に使って下さい」と言った地主は、その「農地の利用権の設定」を拒否した。その理由は3つほど思い当たる。その1つは国の農業政策とも絡むことである。農地というものは地主の所有物であるが、にも関わらず地主の自由には出来ない歴史的に複雑なものである。平たく言えば、国が特に許可を与えて、国土の一部を生産手段として利用することを、地主に認めているということになる。だから国の農業政策に農家は振り回される。そのとき貸した農地の借り主が「利用権」を盾に国の農業政策に従わなかったとしても、その責任を問われるのは地主である。そんなわけで耕作する手間は省きたいので「自由に使って」ほしいのだが「利用権」を主張されては困るのである。ところが「自由に使」いたい私としては、農地が継続的に使用出来なければ、長期的展望に立った土作りが出来ない。ここに貸主と借り主の思惑の違いが表面化し、これが耕作放棄地が増え続ける一因にもなっている。


 現状、今シーズンはやむを得ず「モグリ営農」状態を黙認されてきた。ところがここに「農法の違い」による軋轢が生まれた。私はプロの農家を目指しているのではなく、自分が安心して食べられるものを作るのが目的であるので「自然農法」に行き着いたわけだが、当初は近隣の農家から奇異の目で見られはしたものの、顔なじみになるにつれて相互理解は深まった。しかし地主は離れた場所に住んでいるので、それとは無関係に、周囲の農地と同じ状態でない、つまり草や虫の多い状態を恥じ、先祖に申し訳ないという気持があるように思われる。「他を聞き入れず、自分たちのゲレンデにされるくらいやったら草ぼうぼうになったほうがマシ」という言葉がそれを表している。これが「農地の利用権の設定」を拒否された2つめの理由であろう。


 そして3つめは、これは「農家登録」の件と同時進行で進めてきたものであるが、食品加工の作業場として登録するには、若干台所を手直ししなければならない。もちろん自費でやるのだが、これについても家主に拒否されてしまった。つまり、私にこの話を持ちかけた当初、家主は私が彼の仕事を手伝うものと考えた。しかし私は独自の価値観で独自の道を歩みはじめた。そしてそれは家主の手中に入りきらないほどの流れに沿ったものであった。私の良いようにすると、家主はここでの主導権を脅かされる、と判断したのではないか。東日本大震災の時、事情があって西へ逃れてきた人を一時的に匿ったことがある。急なことだったので独断であったが、家主はこれに難色を示し、やむを得ず知り合いの農家に移ってもらった。しかし自分が決めたことなら、同じことでもやる。つまりこれは物事の是非ではなく、主導権の問題であって、これを脅かす可能性のあることは全て「No」であると判断出来る。実はこの傾向は農業関連法規の殆ど全てにもみられるものであって、これらの実際の目的は農家の既得権益の保護であると判断して差支えない。しかし悪法も法なり、これを守らなければ農地を利用出来ない仕組みができ上がっている。


 そこで私は移住することについて検討を始めた。結論から言うと、移住するにはひと財産かかる。カネがなければどこからかなんらかの援助を得る必要があるが、公的な援助には厳しい年齢制限と、農業のやり方に関する細かい規定がある。詳細については煩雑になるので述べないが、要するに「安全な食を求めて自給的な生活をしたい」と考えているひとを援助する仕組みはない。援助には、必ずそれに見合う効果が見込めなければならない。国であれ地方自治体であれ、たとえ限界集落であっても、いや過疎であればあるほど、厳しく営農方法について規定される。要するに、地域の生産者の抜けた穴を埋めることが求められる。これは、自給的な生活とは、全く異なる「田舎暮らし」である。


 受入側にも多くの問題があって、農地はいくらでも空いているので再生してもらえるならしてもらいたい、しかし農家の空家は、地域活性化に繋がると期待出来る人を誘致するための貴重なタマであるので、なかなか貸してもらえない。「空いている」農家のほとんどは、その一族の本家であることが多く、盆と正月には親戚一同が集まるので、貸すことも使わせることもならない。手の出る物件のほとんどは、住環境や農作環境が極めて劣悪で、安全な食を求めて自給的な生活をしたいなどと寝言を言うとったんではとっとと寝首を掻かれて葬り去られかねないほどである。まあその方が幸せかも知れないが・・・まあそんなわけで、余程のつながりでもない限り、私にとって移住という選択肢は、限りなくゼロに近い。


 八方塞がりである。ではどうするか・・・強引にヤルしかないでしょ。農業委員会が行政指導に来る。これを無視してヤリたいようにヤル。つまり、「農家登録」への道は模索し続けるが、それが出来なくてもこの家に居すわり、だれがなんと言おうと「自然農法」で自給し、農作業の詳細、加工や貯蔵一連の作業についてブログに記録し、「farminhos (ファルミーニョス = 小さな農民たち) 」を名乗って、賛同する人たちがあればこれを共有する。食品の加工については、必要な許可をとり、「cafeminhos」を再び名乗り、定期的に販売できる機会をとらえていいく。営利目的ではなく一人一反を手作業で自給出来るようになれば、原子力発電はおろか、化石燃料でさえ、そんなに必要なくなる生活に至ることが出来るということを行動によって実証していくことが目的である。この意気込みで、来年はレッド・ゾーンを振り切っていきたい。船坂小学校に敬意を表する・・・「迫力を増す !! 」

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2013年05月02日

20130501 Farminhosの終焉

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 新畑の観察。安倍総理大臣が、日本の農業の強化を狙って、農地は集約的に利用されるように促進する、という強い方向性を示したのを待っていたかのように、懸念は現実のものとなって眼前に展開された。国の農業政策というものは、まさに「アメとムチ」である。田舎暮らしブームに便乗して新規就農支援制度を拡充し、農地の利用権を設定出来る下限面積を引き下げる事によって、農業への関心と期待を持たせる。飛んで火に入った夏の虫たちを待っているのは、集約農業という国家戦略へ直通する海底トンネルだ。出口はひとつ、国家に管理された「食」の「量」を確保する農業である。その妨げになるものは徹底的に排除する。合法的に権利を制限し黙らせる。「農業集約化団体」に指定された法人は、契約した地主に代わって「有効な土地利用」を「促進」するための、ほぼ無制限な権利を有する事になる。もはや「下限面積」など形骸化し、農地を所有しない小作人は、農地の利用権でさえ「公共の利益」のために制限され剥奪され、生産手段を奪われる。ましてや、利用権の設定さえ出来なかった手作り百姓は虫けらである。彼らは、その「農業集約化団体」に帰属するか、その場を立ち去る事しか道はない。彼らのいう「集約化」の規模は、これまでの大規模農家とはケタ違いに大きく、人間までもが機械化され、農産物の多様性は効率の前に確実に失われる。「食の安全」も、国家が決めた数値に照らして判断され、ランク付けされていく。「自然農法」も「手作り」も関係ない。邪魔者は情容赦なく排除される。徹底的に行わなければ、日本の農業はグローバル化の波に押し流されてしまうからである。


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 しかし私はそのことを決して悪いこととは思わない。日本の食料自給率を上げる事を目指すならば、そのくらいの事をしなければ実現しない事はよくわかる。国家民族の存亡の危機である。四角四面の制度が、農村の片隅にうずくまる虫けらを救済しなかったからといって、その片隅に合う小さな四角四面の制度を別に作れなどとゴネるほどワガママじゃない。事は未だ始まってもいないのだ。ほんの試験飛行に過ぎない。こうしてその「農業集約化団体」とやら自体も、どんどん「集約」されていくだろう。確かに、腐ったうんこで腸の膨れ上がった今のニッポンジンには、これしか当座を生き延びる方策はなさそうだ。日本経済が「自然農法」で回っているのならいざ知らず、国民の5人に1人が少なくとも手作りの農業に従事している日本を想像するなんて、2週間ぶりの「お通じ」で便器があふれ返るほど痛快だ。政府の方針を全面的に支持する。農業集約化万歳 !! 日本の農地をモノカルチャーで塗り潰せ !! 農協万歳 !! TPP反対支持者万歳 !! 自民党万歳 !! アベノミクス万歳 !! 日本のコメは日本一 !! 靖国神社参拝万歳 !! 憲法改正支持者万歳 !! みんながんばってやってくれ !!


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2013年01月20日

20121209 せやからいうてるやんか

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 天は吾に試練を与えたもうた。落胆は大きく、憤りは激しい。サツマイモというものは、ここらでは11月に入ってから収穫するのだが、収穫して良く乾かして、保存しはじめるとすぐに厳しい冷え込みがやって来る。サツマイモは、10℃くらいが保存に適した温度の下限で、5℃以下になると腐りはじめる。私は、納屋の大きな貯米庫の裏が適当な条件だったので、ずっとそこで保管してきたのだが、先日、そこを明け渡すように言われた。大きな納屋なので、なにもそこだけを明け渡せもないとは思うのだが、衝突を避けるために、仕方なく台所へ持ち込んだ。しかしそれから連日氷点下の冷え込みが続き、室内でも-3℃の朝が数日続いた。はっと思って芋を調べてみたらこれである。既に凍結して全体がふにゃふにゃになったものもあり、半分ほどを捨てた。白サツマイモは割れたものが多いので、状態はより深刻であった。まあ、いろいろな形でプレッシャーをかけてきますな。


 さて「農地法第3条第2項」により、土地利用の下限面積が満たされていないことと、農地利用集積円滑化団体が農地を集約的に利用することの妨げになること、権原が地主・某NPO法人を経てのまた貸しにあたり中間搾取を禁じた法の理念に反することなどによって、私は単独では合法的にはここの田畑を使う事が出来なくなったわけだが、話し合いの結果、その団体の職員という身分となり、その団体の活動とは別に15aの田畑を自由にするという事で取りあえず合意されたのである。それまでには「市民」の「苦情」とやらによる農業委員会の行政指導、私の住居部分への勝手な踏み込みや居座り、更に見知らぬ者の畑への侵入など、さまざまな嫌がらせが相次いだのであった。そういう事をすれば私が音を上げるだろうと思ったのかも知れないが、なかなか私はそれほどヤワではない。


 すると今度は、彼らは自分たちが「JAS有機」の認定業者だから、農産物の生産と出荷を一緒にやらんかと持ちかけてきた。しかし彼らがこれから使う農地は、昨シーズン限りで前の農家から家主に返還されたもので、ごく最近まで農薬や化学肥料がふんだんに使われていた土壌である。そこから採れた作物は検査にかければ当然失格するのだが、これらに「JAS有機」の認定業者のシールを貼る事は、現行の「農林物資の規格化及び品質表示の 適正化に関する法律」では制度的に検証する仕組みがない。農家の中にはこれを積極的に活用して、慣行農法で生産した作物のうち、規格外のものを「有機で出す」事が横行している。これに加担しないかというのである。「個人で販売ルートもなしでどないすんねや」要するにヤやこしい人たちである。彼らと否応なしに共存を強いられる。しかも日常的に彼らはやってくる。彼らの目的は、屋敷ごと自分たちの拠点にする事だ。彼らは先見の明がある。なぜなら、これからは近郊農業が発展するからだ。大規模に経営しようと思えば、まとまった農地と広い空き農家が必要になる。それを取得するには、各種法令による複雑な規制があって、事実上個人で手作りで好きな事をして百姓になりたいという者は手が出せない。のみならず、それらをクリアしてきた法人が土地所有者と契約した場合、それを妨げる事になる要件、つまり私のような者は合法的に排除できる。


 しかしまだ、彼らはその権利を行使するつもりはないようだ。私も、それを先取りして移住先を探すという事には消極的である。なぜなら、さきに「赤目自然農塾」へ行ったのだが、そこで川口氏と話しをしていて自分の心が既に挫けている事に気がついたからだ。土は、私がここに来るはるか以前からここに存在し、私が死んだ後も未来永劫ここに存在し続ける。人は移り行くものである。人に動かされるのか、土を信じるのか、と問われて気がついた。いかに法的根拠があっても、私の生存権までは脅かされない。また、新天地を求めに出たところで、ここ以上の好条件が得られる可能性は極めて低い。更に、家主にはまだ他にも農地があって、彼らがそれを全て管理できるかどうかは全く未知数、言い換えれば私が存続する余地があるからである。ここには、永年かけて集めてきた手作業で収穫物を加工できる道具が残っている。どれも私が手入れしてきたものばかりだ。これらを捨てて出るとなると、また7年ほど全てをやり直さなければならなくなる。以上の事を総合的に判断すると、消極的かつ緊張状態を孕んだ共存の可能性を模索する事が得策と判断したわけである。


 何度かこのブログでも書いた事だが、「田舎暮らし」といって都会人が田舎に住んで農業をしようとする。総論とすればそれは正しいし夢のある事だし、いろいろな束縛から解放されるかも知れないし、地球に優しいのかも知れないと、まあ普通は期待するわけであるが、いざ各論となると非常に困難だ。「ぜひいらっしゃい」などと言われて農村に移り住もうとしても、たいてい具体的な話になった時点で頓挫する。市町村を上げて新規就農者誘致作戦を展開しているところなどは特に要注意で、よくよく話を聞いてみると、田舎で暮らせるからといって自分の好きなようにやって良いという事にはなっていない。どの農村も、たいていその地域の産物というものがあって、新規就農ということは、欠けた生産者に代わってその産物を生産する担い手になるという事を意味している。全ては農協が取り仕切っていて、就農計画・生産計画・栽培方法・買取価格・機械や農薬などのローン・・・と、全てパックされた「商品」を買わされる事になる。あとはひたすら歯車。これが夢だといえますか。貸農園を借りるとしても、公共団体や法人がやってるバカ高いものなら、それを収益の柱と位置づけているから「お客様」に滅多な事はしないだろうが、個人の農家が親切に貸してくれるという話は気をつけた方が良い。私自身何度も経験している事だが、たいていそうやって貸してくれるところは条件の悪いところである。しかし貸してもらった方は、それでもないよりはましなのでそこで一生懸命にがんばる。土というものは健気なもので、手をかければかけるほど良い結果を出してくれるから、数年で稔りの良い畑になるのである。すると、それを見ていた地主が突然「返せ」と言う。あーもすーもないうちに重機が入って更地になり、やがて田んぼになるだろう。そんな例は、この近所でも枚挙に暇がない。


 それに比べれば、ここは安穏なものであった。空き農家の古屋敷とはいえ、補修する必要のない状態であったし、家主は別に家を構えているから、ここに住む事は出来ない。かつて家主の祖父母が住んでいたというが、お亡くなりになってから何年も放置されたままであった。家屋敷というものは、人が住まなければ荒れる。荒れる前にという事で、当時貸農園に通って来ていた私に話があったのである。農業をやってみたいという私と、屋敷が荒れる前に手を打っておきたい家主の思惑が一致して、私はここに住む事になった。


 当初の数年は楽しく過ぎた。家主は、別に子供たち相手のNPO法人もやっているから、野外活動なども多く、それを手伝ったり、収穫期には知り合いのミュージシャンを招いて小さなコンサートをやったりもした。しかし、ある事が原因で蜜月状態は破綻する。家主が、倫理的にいかがなものかという状態になったのを私が諌めた。決定的な状態に陥る前だったので、家庭の崩壊は免れた。しかし私は飼い主の手を噛んだ事には間違いなく、それ以後はほぼ完全にコミュニケーションの途絶えた状態になった。以来数年、私は自分なりの農法を確立し、ひとりで全てを段取りできるようになった。しかしそれは、家主のやり方とはずいぶん違ったものだった。家主が肥料を堆く積み上げて、「野菜を作るにはこれだけのものが必要です」と説明している真横で、肥料など一切使わない自然農法を実践しはじめた。田んぼの「初期一発除草剤は農薬ではない」などという詭弁を弄する真横で、私は死にそうな顔をして田んぼに屈みこんでいた。そして収穫は、家主と遜色ないか、むしろ良いくらいだったのである。つまり、家主は私が彼の仕事を手伝ってくれると期待した。しかし私は自分の好きなようにやりはじめ、まかり間違えばその手を噛むのである。アレアレ。家主にとって私は鬱陶しい存在になった。出来ればなきものにしたいが、そうなったらなったで農地の管理や、屋敷の保安に不安が残る。痛し痒し。目の上のたんこぶだが致し方がない、という状態が続いてきたといえる。


 母屋は、ときおりNPO活動で子供たちが使う以外は、ほとんど使われない状態だった。以前は、雨さえ降っていなければ、必ず窓やガラス戸を全開にして空気を通していたものだが、アレ以来、特に用のない限りは立ち入らないようにした。その母屋の活用については何度か話があった。とあるアーティスト団体がアトリエとして使いたいとか、老人ホームにしたいとか、いろいろ話があっては立ち消えた。東日本大震災の後、放射能の営業を恐れた人が、人づてに訪ねてきてしばらく滞在した事もあるが、家主の難色で退去する羽目になった。そのくせ、東北へ送るための物資を集めたり、実際自分でキャラバンを仕立てて訪問はするのだった。その翌年の暮れ、家主に重い病気が発覚した。それがために野外活動などの一切にドクター・ストップがかかった。くわえて、隣の農家へ小作に出していた農地が、高齢化で返却される事になり、まずは3反程度の農地をどうするかという、現実的な悩みがそれに加わった。そこへ、某NPO法人が登場した。隣接する町で、既に農業法人として実績を上げている。事業の拡大を目指して、農地と空き農家を探している過程で、家主と出会った。家主にとっては願ってもない話だった。返却されてくる農地、屋敷の管理、狂犬の始末、病身の自分には出来ない事を全て片づけてくれる上に、金まで払ってくれるのだ。こんな話に飛びつかない人はない。


 その団体が、先ず手始めに、この屋敷の旧管理人として居座り続けている私に揺さぶりをかけた。冒頭に書いたような顛末である。私は当初、行く末を儚んで移住を考えた。それに応じて、友人達から多数の候補地が寄せられた。本当にありがたい限りである。しかしながら、この場所の立地の良さ、土地に対する愛着、実家に近い事など上のような理由で、実力行使でも行われない限り、移住計画は情報収集の範囲にとどめておく事にした。田舎暮らしを検討している人たちに告ぐ。農地法を良く検討されたし。かなりの農作業労働力を供給できるのでなければ、農家と農地を問題なく確保して好きなようにやる事は、必ずしも保障されてはいない。

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2012年12月04日

20121125 農地法第3条第2項

 farminhosを支えてくださった皆様へ


 一部の方には既にお知らせ申し上げておりますが、このほど私の住まいしております空き農家とその周辺の農地が、一括して某NPO法人に管理されることとなり、相前後して地区の農業委員会より、私が個人的に皆様と農作業をシェアする目的で使用して参りました「farminhos」という名称とこの活動について、これらを中止するようにとの行政指導がありました。指導の根拠は「農地法第3条第2項」により、土地利用の下限面積が満たされていないことと、農地利用集積円滑化団体 (すなわち某NPO法人) が農地を集約的に利用することの妨げになること、権原が地主・某NPO法人を経てのまた貸しにあたり中間搾取を禁じた法の理念に反することなどによるとされています。

 その後、地主・某NPO法人と話し合いを持った結果、この家屋と農地は一元的にその法人が管理することとなり、私およびfarminhosとして農作業を続けてきたメンバーが、継続してこれを続けたい場合には、その全員が法人に所属し、年会費と農機具管理料 (以上ひとりあたり定額)・土地使用料 (農地面積あたり定額) を支払うこととされ、形としては法人の構成員にはなるものの、私たちの活動については、これを独自に行うことを「特に許す」ということです。大変屈辱的な内容でしたが、現在作付けが進行していること、farminhosとして少しずつ自発的に参加してくださっている方が増えてきていること、収穫物を使った料理などを提供することにより、「食」にたいするさまざまな考えをシェアしていくことが広がりはじめていることなどに鑑みて、これを受け入れることにしました。具体的な金額については、継続して参加表明をしてくださった皆様に個別にご案内させていただきます。また、「farminhos」としてのブログの更新は、これをもって一旦終了します。今後は、「農作業食品加工日誌」のカテゴリにおいて、「新畑の観察」というタイトルで現状と進捗を掲載して参りますので、どうかお志のある方は、これをご覧になって今まで通り自発的に参加表明をお願いします。

 現在、来シーズンに向けての作業が進行中ですが、同時に移転先についての情報収集をしており、これについてはかなりの数のお申し出をいただいており心から感謝をいたしております。しかしながら農業を志して7年あまり、「ひとり一反の独立農民」を何人か育てることが出来たとはいうものの、この場で集約できなかったことは不徳の致すところと自省し、移転に際しては最低5人の考えを同じくする独立自営農民を集約化することを目標とします。現行の農地法では、5反の農地を一括管理できる状態でなければ、権原が生じないからです。私に出来るのはせいぜい1反、しかし1反だけを所有する空き農家などあり得ませんから、農業をしたければ5人の同志が一塊になって動かざるを得ない仕組みになっているのです。自分一人では1反しか出来ないのに、残りの農地を他人頼みにすることによって「独立農民」と名乗ることなど出来ないと考えています。「farminhos」の理念については、また後ほどご説明させていただく機会もあろうかとは思いますが、このブログをご覧になっているかたがたには、おおよそのお察しはついているものと思います。安心して食べられるおいしいものを作りたいという気持ちに、なにも特別な理屈などございません。この冬より新天地を求める遍歴の旅を、まずは「自然農法」のカリスマを尋ねて赤目へ、晴れて「farminhos」(ファルミーニョス = 小さい農民たち) を名乗ることの出来る日を夢見て始めたいと思います。

 また、これから「田舎暮らし」や農業にあこがれて行動を始めようとする人たちに知っておいていただきたいことは、農業そのものが肉体的にも精神的にも経済的にも大変厳しい生き方であることのみならず、初めから機械化された事業として手がけるならばいざ知らず、手作りで自給的な生活を基盤として考えるならば、男一匹一年間で手入れの出来る農地は1反そこそこです。しかし農村に目を向ければすぐにわかることですが、たいていの農家は1町以上の農地を所有しており、農家に移り住むということは、いずれそれだけの農地の手入れを強いられる可能性があるということです。そのための仕組み作りをきちんと念頭に入れておかないと、安易に地主と約束だけしても私のような窮地に陥ります。地主が法令を熟知しているとは限りませんので、転身される前に農地法などをよくお調べになることを強くお勧めします。

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2012年11月01日

20121031 farminhos連絡

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 farminhos新畑の観察。これを読まれた方は事前にご連絡いただいた上で積極的に参加してください。初めに蒔いた大根は収穫できるほどに成長しています。


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 その後で蒔いたものは、間引きが十分でなかったためか、近隣と競合してしまい、株が弱ったぶん虫に食われています。今からでも間引きをし、間引き菜は収穫すべきです。


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 タカキビの蘖が大きく成長して実をつけています。


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 一方、アマランサスは枯れて倒れ込んでいます。刈り取りが必要と思われます。以上2畝、このあとソラマメとエンドウを植えるので早めの収穫が必要です。


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 その隣では、山東菜・チンゲンサイ・ベンリナなどが良い状態で収穫を待っています。


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 ウリ科の3畝はほぼ枯れ尽くして撤去時期です。


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 その隣のアブラナ科3畝も収穫晩期です。このあとタマネギを植えますので、早めの撤去が必要です。


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 豆科の跡地です。左手のインゲンと小豆はまだ収穫できます。


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 サツマイモもそろそろ収穫すべきときです。


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2012年10月04日

20120926 新畑の観察

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 稲刈りの合間に新畑の観察。まずは草刈り。


 


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 大根の畝は、早蒔きしてマルチングした部分は、ゆっくりとではあるが育っているものの、マルチンクグしなかった部分はすっかり雑草に覆われている。


 


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 刈り取ったタカキビの彦生え。


 


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 緑肥の考え方で用意した畝にポット育苗しておいたアブラナ科の冬野菜の苗を植える。


 


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 ウリ科の畝の周りはこの状態。ズッキーとカボチャは、とりあえず生きながらえてるみたいやからクレームが出るまで放置。


 

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2012年09月20日

20120915 稲刈り

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20120917 稲刈り

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2012年09月12日

20120915-17 稲刈り

各位

朝晩はずいぶん涼しくなって参りましたが、いかがお過ごしでしょうか ??
稲刈りシーズンが本番を迎えております。
急なお願いで誠に恐縮なのですが、地主様の田んぼの稲刈り要員が不足しておりまして、
9/15-17 (土-月祝) の3連休期間中の午後、稲刈りを手伝っていただける方を探しております。
詳細につきましては、ご連絡いただいた方と直接やり取りさせていただきますが、
ご体験なさりたい方は、よろしくご返信ください。お願い申し上げます。
場所は神戸市北区道場町塩田


JR道場駅送迎可能




伊丹 正典
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