ふと思い立ち、梅雨の晴れ間が4日も続く、しかも四連休が取れたので、あまり調べもせず、いつものように愛車カリーナちゃんに寝具と着替えとわずかな資料、それにカメラとポータブル・オーディオを積んで、紀勢・東紀州へと旅に出た。移住計画なんてもはや夢のまた夢、今回の旅は気楽に日本を見て回る観光の旅である。
出荷が重なっていたので実際の出発は午後になった。昔取った杵柄、ハンドルを握る私よりも愛車カリーナの方が道をよく知っている。紀伊半島の東半分を狙うには、吉野から南下するのが良いとタイヤが導いてくれた。ここは大和上市、吉野への玄関口だ。穏やかな飛鳥の風情を懐かしく目に焼き付けて、山岳ドライブに突入する。
山々の連なりの中に、水を収め、木を利用した人々の営みが蓄積されている。紀伊半島の魅力のひとつは、その有り様を具に見ることだ。
谷底を這うような旧道に並行して中腹にへばりつく新道、ところによっては更に高規格道路が宙を舞うように山野を貫く。難所一つを越えるのに三重のルートがあったりする。食品業界で営業をしていた頃、担当していた和歌山拠点の地方スーパーの店舗巡回で最大の難関を「新宮串本コース」と呼んでいたのだが、それは紀伊半島の最南端へ山越えで直達するルートだった。当時はまさに大型車との離合は困難、ヘアピンに続くリアスで沢に沿った細かいひだを丹念に縫うような細道を、延々と辿ったものだ。トンネルは大腸内視鏡状態で照明もなく、晴天から突入すると目くらまし、トンネル内部に何箇所か退避スペースがあったりと、時計を気にしながらの長時間ドライブで現場に到着するだけで消耗するような状態だった。今では道路の線形も改善され、まったく隔世の感がある。
南下する道路は国道169号すなわち東熊野街道吉野路である。大峯奥駈道にほぼ並行する。山上ヶ岳・伯母峰峠・大台ケ原・八経ヶ岳・釈迦ヶ岳・前鬼の里・・・と霊場ゆかりの地を通り過ぎて上北山村に至る。紀伊半島の主要幹線で雄大な景色が続くが、時として日本らしいコンパクトな曲がり角に心が癒される。
下北山村、熊野と尾鷲への分岐点の池原ダムに憩う。雲に隠れる紀伊の山並みを見晴るかす。行けども行けども山、また山・・・不信心な私でさえ、ここが霊験あらたかな日本の聖地であることを肌で感じる。
池原ダムは巨大なダム本体に立ち入ることのできる数少ないダムだ。見ているだけで指が汗ばみ、下腹が縮む。
身を乗り出して下を覗いてみると、奈落への階段に吸い込まれるようだ。
見あげると、なんと、ダムの脇の山を開いてログハウスが数軒みえる。どこかの保養施設かと思ったが、なんとかアクセス道路を見つけて近づいてみると、いやこれなんともおしゃれなコテージ村であった。敷地入り口に門もなく鍵もかけられておらず、まったくの無人であったので、ちょっと失礼して無断偵察、気に入ったので、まだ寝るには早いがここを今夜の寝ぐらと決めた。
正しくは「下北山スポーツ公園」である。ダムの下にかなり広大な施設があり、中にレストランや温泉もある。山の上のコテージ群は、様々な宿泊環境の中のひとつのヴァリエイションであったわけだ。レストランで食事をし、温泉に浸かって体をほぐし、何食わぬ顔でコテージ村に車を入れて、さも宿泊者であるかのように駐車してカリーナの懐に抱かれる。
疲れが出たためか開放感からか熟睡。早寝早起き幻想的な山間の朝霧を眺めつつ、静かな山の空気の中でコーヒーを沸かし朝食をとる。眼下のダム湖を包む雲海、山から寄せてくる霧雨、鳥の声しか聞こえぬ静寂、孤高の時間を過ごした後、トイレもあって体調万全。
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