2016年04月13日

20160411 移住計画その後

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 移住計画その後。地主からは、未だ金額の提示がないのだが、まあおそらく敷地図面とか広さの確定とか、諸手続きに要する書類が揃わんのやろ。この物件の条件が調う調わんは別にして、一般論としてこのテーマは重要だと思うので、FBおともだちの皆様、できれば各分野の専門家に届くように広くシェアしていただきたいと思います。テーマをひとことで言うならば、「持続可能なライフスタイルの提案として一人一反百姓いかに育てるか」・・・これです。実現には、非常に複雑に絡み合った法制度の枠組みを突破し、明文化されていない不透明な霧の川を渡りきらなければなりません。どうかお力をお貸しください。問題は、大きく三つに切り分けることができると思います。


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 まずは建築の分野で、どういう家がふさわしいかを様々な意見を出し合って考え、農業をするにふさわしいシンプルな家屋のデザインを考えること、次に不動産関連法規の分野で、都市計画法の適用を受ける市街化調整区域内の更地に家を新築するための特例措置をいかに獲得するかを考えること、最後に農業関連法規の分野で、農地の利用権設定や継続の諸条件、集落自治会、農会、水利組合などとの折衝において、様々な知見や調整のノウハウについて考えること、そこへカネはありあまってるけど使い方がわからんよって、いっちょ山でも買おうかと思っているお金持ちの方がおられれば、心から大歓迎します。


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 農地法第三条たったひとつを正面突破するのに、一人で苦しんで足掛け三年もかかった経験からして、このような大きなテーマは老体一人では到底進めることなどできそうにありません。しかし制度や仕組みや国家に反対してばかりでは、その反対の先が見えないように思うのです。たとえば原発に反対するのなら、それにまつわって利用できなくなるすべてのものが、なくても生きていけるライフスタイルをきちんと描けなければ、その反対の声は不安にかき消されてしまう。無農薬野菜が良いのはわかりきったこと、農薬や化学肥料がなければ、誰がどうやって野菜を供給するのか、これもきちんと描けなければ、ただのわがままです。今の世の中のすべての便利には、必ず負の要素が付随していて、それを差し引けば、結局人間は人力以上のものが得られなくなる。それを認めることができなければ、常に負の遺産を次の世代にツケ回ししていくだけで、ちっとも持続可能なライフスタイルにならない。だから気がついた人から、なんとか力を合わせてやり方を探っていきたい。私はそう思ってます。たまにはええこと言うやろ (`へ’っ

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2016年04月08日

20160404 一億総一反百姓社会

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 場所はまだ言えないのだが、今住まわせてもらってるところから車で30分ほどのちょっとした山あいの村に、独り住いをするには最適な小さな土地を紹介された。ここでは集落との関係その他でまあいろいろあって、かねてから移住先を探しているのだが、私は斜面に生まれ育っているので、今住んでいる盆地のようなくぼみが体に合わない。しかも建物の周囲は囲まれていて、眺望は全くのゼロ。日本の古い農家の造りが私の感覚に合わず、何をするにもその違和感との戦いから出発しなければならないことに、最近正直いって疲れてきた。私も今年で56、このままここに居候して人生を終わらせるわけにはいかない。たとえ崖ッ縁゜であろうが、広々と解放された空間で、のびのびと思う存分人生を開花させて終わりたい。かといってカネはない。ここに全くおあつらえ向きの空き地がある。しかも遠くない。また、手入れが行き届かないのを処分したがっているので、価格も驚くほど安い。これはやるしかないでしょ・・・


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 25歳で人生を棒に振ってから、人生ウラ街道ひたすら自分の好きなことだけをやってきた。社会からドロップ・アウトした身、人並みのことはなにひとつやらなかった。だから当然、家を持つなんて考えてもいない。もちろん夢としては持ち続けていた。たかが野郎一匹、雨風をしのぎ煮炊きをするのに大した設備はいらぬ。アウトローの身の丈に合ったシンプルな家のイメージも、常にある。しかし夢は夢。あくまで夢としての設計図を、空想の中で改良していくのは楽しいことだ。家の建て方を実地に学ぶのも、また楽しいことだ。しかしそれが突然、実現可能な範囲にぶらさがってきた。ちょっとジャンプすれば届きそうなところに人参がぶら下がっていて、まだまだ棺桶に突っ込むには元気すぎる足を活用しないウマはおらんだろう。


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 何を考えているのかというと、極端な話だから8割がた差し引いて読んでもらいたいのだが、私は、持続可能な社会を目指すには不都合な真実を受け入れて、極めて厳しい生活に立ち戻らざるをえないと考えている。それは一億総一反百姓社会だ。それしか生き残る道はない。なぜなら、人間が出しうる体力以上のものは、いずれ化石燃料であれ夢のエネルギーであれ、いずれ手に入らなくなるからだ。人間の体力以上のことは、人間にはできない。これが真実だ。では人間の体力だけで、どれだけの土地から恵みをいただけるかというと、一反が最初のハードルである。機械やケミカルは一切なし、原始的な道具だけで、健康な男が管理できる田畑の広さが一反。それを十全に活用してまかなえる食が、まあ4人分、嫁さんと子供2人である。それが確実にできれば、もはや政府などいらないし、資本主義ともおさらばできる。それができなければ、人は大樹の陰に寄らざるをえず、大樹は暴走して覇権主義へ向かわざるをえない。それを止めようと思うならば、そう思う全ての人が、この生活を貫徹する勇気と覚悟を持たなければならない。今の日本は解体されて一億総一反百姓が自給する国に生まれ変わらざるをえない。好むと好まざるとにかかわらず、我々の次の世代には必然的にそうなってしまう。いまから軟着陸の可能性を真剣に検討するのか、墜落して乗員乗客全員死亡を覚悟の上で飛行し続けるのか、目を背けることは単なる欺瞞だ。


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 だから農村を解体する。現在の農村は、元来大所帯で営農していたことを、長男あるいは養子一人に押し付けることによって次男以下と分家を排除し、排除された者たちを都市へ流出させることによって資本主義を実現し、機械とケミカルを売りつけることによって一人大規模営農を可能とし、農村と都市の共存関係を維持してきた。この共存関係を崩さないために、農村の既存の集落と家制度を温存する必要があって、大所帯で営農していた田畑を分割することを、様々に入り組んだ法律によって禁じている。これがすなわち農村の排他性の根拠である。これが解体されない限り、一億総一反百姓社会は実現できない。すなわち持続可能な社会を実現することもできない。具体的には、都市計画法のなかの市街化調整区域に関する規制を緩和して、一反単位でそこで営農することを条件に宅地開発を認めること。そこから始めなければならない。今回紹介された土地は、そのテストケースになりうるのである。一軒の農家で一反の農地を、完全に自給し得ること、自己完結した形として提示すること、それに足りうる必要十分な家屋とは、果たしてどんな形と設備を持っているのか・・・そこには現行の建築基準法の規制も関わってくる。しかし、あくまで持続可能な生活を模索するという観点から、それに適した住宅のデザインを考えてみても良いのではなかろうか。どうかみなさん、これをプロジェクトに育ててみませんか ??


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2015年08月25日

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・・・というわけで観光 (^^)

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 上は現地の看板を撮影したものだが、この地形を的確に表している。

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 室戸市室戸岬町先山台地。集落としては過疎化しており、耕作放棄地も空家も多いが、ムラの結束が固く、移住者を受け容れる気風は期待出来ない。

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 室戸市室戸岬町西山台地。開拓が最も進んだところで開拓民が主流なので、移住者があれば受け容れられそうだが、現状では家屋も農地もフルに使われていて、移住枠がない。しかも、開拓農地の単位面積が決まっていて、自然農などの手作り営農ではとても管理出来ず、その状態での栽培を嫌がる傾向にある。つまり農法が制限される。

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 田野町大野台地。台地と街なかが最も近く、景観も極めて美しいが、開拓民の結束が固く、入り込む余地が少ない。いわゆる集落営農の形を取っており、個人の自由な栽培計画は、事実上認められない。

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 安芸市下山 ・・・海岸線をドライブしている途中に偶然見つけた集落。もしこの物件が確保出来れば理想的。情報はこれから収拾する。

 全体として、役所の人と話しをしていると、行政は人口減少に歯止めをかけたいので、なんとか人を寄せたい熱意が感じられるのだが、実際、寄せられる側の集落の住民と話しをしていると、決してそうは思っていないようで温度差が大きい。制度としては、農地法の要件その他は開放されていてクリア出来る。しかし実際には、集落の自治会に受け容れられる為の諸条件があって、そのハードルが高い。また、台地では殆どが簡易水道であり、これは自治体の行政サービスではなく、自治会の自主管理である。農用地の開拓地であるので、住民が全て農民であることから、農会と水利組合と自治会とが同一であり、これが集落営農という方式や栽培品目の決定など、一定の政策を集落の「取り組み」として、事実上住民に強制することが普通なので、自由な農業を志すものにとってはこれも困難なハードルである。何十年も先、これらのハードルが壊れるほどに世の中やこれらの地区が変わったら、是非再訪してみたいところだが、現状では、移住者が受け容れられる状態とはほど遠い。事実、行政の支援で農業移住した殆ど全ての人が去って行ったという。また、現金収入を得る為の仕事が殆どないので、現状では移住と同時に生活保護を申請するのが現状だという。それによって住宅と医療が無償になるからだ。まだまだいろんなことを聞いたが、とても私のようなカネのない変態が勝手気ままに楽しく生きられるところではなさそうだ。観光に徹するに限る。ともあれ、各集落、自治体の担当者とは良好な時間を過ごし、次に繋がる関係だけは作ってきた。 

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 室戸岬の尾根伝いに走る「室戸スカイライン」の途中にあった展望台駐車場で一夜を明かし、早朝より付近を散策・・・

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 行き当たりばったり岬を遠望したり、灯台へ行ってみたり・・・山歩きはええのう !!

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 で、海沿いに降りて岬を散策・・・遊歩道も整備されていて、ここの地形が、いかに地殻変動とともに成立と変遷を遂げてきたかを示す掲示が随所にあって、いろんなことが大変良く解った。

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 竜舌蘭・・・アロエのような多肉植物の巨大なやつの真ん中から、突如このような柱が突出してその上に花が咲く。この部分が花茎であって、この植物は一度花が咲いたら、種を残して枯れ落ちる。しかし花茎が突出するまでの成長は極めて遅く、数十年をアロエのような低い姿で過ごした後、突然花茎が突出していくので、英語名ではCentury Plantsという。南イタリアの旅で目にして以来。

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 岬には宿泊施設が多く、トップからボトムまで選り取り見取りだ。私のような貧乏闇オートキャンパーにも寛大であり、都会の銭湯よりも安い入浴施設があったりする。

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 これはそのうちのひとつ、「シレスト室戸」でアメニティは高級リゾート・ホテル並だが、価格は私の懐にも実に優しい納得のいくものであった。カリーナちゃんもハイビスカスの花に囲まれてうっとりご休憩・・・

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 三連休がとれたので、巷が夏休みの間に室戸岬へ行っておきたいと思ってカリーナちゃん宿泊で出発した朝の神戸は雨だった。

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 ほどなく620000kmの切り番達成・・・時速100kmで撮るなよなって・・・それよりダッシュボード拭けよきたない。

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 「徳島道」を行けば高松へ行ってしまうとは知らずに金と時間と燃料を空費してしまって、でもまあぶらぶら走りながら室戸岬に到着。近づく台風の影響か、海は荒れていて潮風がきつかった。

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 室戸への旅の眼目は、終の住み処捜しであった。日本中の農村集落というものは、どうせどこも同じように排他的なもんだろう。とすれば、景観重視で移住先を選ぶのもありかなと思った。こんな風景の中で百姓しながら死にたいとさえ思えるほどの景観がこの世にあるのなら、本気で移住しても良いと思って旅に出たわけである。室戸を選んだのは、写真のように海岸段丘になっていてその台地の上に農村が広がる、おそらく西日本唯一の地形だからである。夕陽が水平線に落ちるのが見られて、高台に農地と集落の隣接する場所を、GoogleMapsで細かく西日本の海岸線を見ていって目をつけ、更に航空写真で確認した。上の写真は「行当岬」という。三瓶山の「投げやり堂」、長門の「ムカツク半島」に引き続きまして、行き当たりばったりの私の人生にはぴったりの名前だ。この上から西へ、いくつかの台地が広がっている。

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 スロースタートで道に迷っていたりもしたもんだから早くも夕暮れとなった。雲に遮られて夕陽は拝めなかったが、台地の集落から落日を眺められることは確認出来た。現地の景観は実に素晴らしく、移住先としては日本で最も気に入った。目論見としては大当たりだった。しかし現実は厳しい。結論から言うと、現時点でここへ移住出来る可能性は、ほぼゼロだ。

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2015年08月19日

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 ブラッと旅に出ますので、三日間ほど脱ネット状態になります。悪しからず・・・
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2014年09月23日

20140922 山陰への旅

 4日間、山陰へ車中泊しながら移住好適地捜しの旅に出ます。台風に向かってGo !!!

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2014年09月20日

20140912 広野開拓高原

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 ぐっと気温が下がって湿度の高い朝は晴れているのに辺り一面がびっしょり。秋の訪れ・・・


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 極めて、極めて理想的な高原の一軒家を見つけてしまった・・・質素で奥ゆかしい家主のお人柄が滲み出て光り輝いている。


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2014年09月17日

20140905 野人暮し

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 ここに住み続けるか移住するのかで真剣に悩んでいる。私にとって、もはやこの集落は安住の地ではなくなった。しかし、ここを出て行くにもカネがない。どんなところへ出て行こうと、日本の集落なるものは、どこも同じようなものであろうので、行った先でまた同じ事を繰り返すくらいなら、集落でないところに住む事を考えた方が良さそうだ。誰か、山の中の一軒家で、割と近くに田んぼのあるところを、ただでくれるような奇特なお人はおられぬか ??

 ここが何故安住の地ではなくなったか ?? しかしそれを書こうと思えば、話の具体性から場所や個人が特定され、いまなおここに住まざるを得ない私にとっては危険である。しかし一般論から類推してもらう事は出来る。

 法律問題が解決した事は既に書いた。私は今ではここで合法的に営農している。しかし問題は終らなかった。法的要件を整えるのに三年もかかった事は、すなわち私の存在を合法化されたくない暗黙の力が働いていた事を意味する。私はそれに気付かなかった。結論から言うと、この集落は、自治会の意向として、新規入植者を受け容れたくない。しかし法的根拠がないので、自治会の持つ影響力を行使して、その合法化を阻止しようしたのであり、それは今も続いている。

 農地を利用するには農業委員会の許可が必要である。農業委員会は公的な行政機関でありながら、個々の農業委員は公務員でも何でもない一般の農家であり、自治会では上位に当たる人物である事が多い。したがって、新規就農者の農地利用を認可したり、集落への入植を認めたりする際に、自治会は暗黙の許認可権を行使する事が出来る。農業委員会へ提出する書類のうち、自治会の承諾書に判を押さなければ良い。これは、自治会長が交替するまで変わらない。

 法的要件をクリアしても、新規就農者には農地を有効に利用しているかどうかの審査があるので、そこへ圧力をかければ農地の利用権の継続を不利にする事が出来る。例えば、周囲との農法の違いを理由に、農業委員会に行政指導するよう働き掛け、それに従わなければ、それを理由に圧力をかける。すなわち、今年は水害の年であったのだが、いわゆる慣行農法通りの農地の管理のしかたをしていなければ、たとえば農地の法面が侵食されても保険はおりないので、慣行農法を徹底するようにと迫る。また、病虫害が周囲へ蔓延した場合に発生する補償問題も、その費用を負担出来ないのであれば慣行農法を徹底するようにと迫る。しかし残念な事に、新規就農を目指す人たちは慣行農法によって生産された農産物に不安を持っているからこそ、自分で作りたいと思っているわけである。そのような行政指導に従わずに自己の信念を曲げなかった場合、農法の如何ではなく、行政指導に従わなかったという事実を根拠にして、農地の利用権の継続を認めないという圧力をかける。これは、そのような意向を持つ人間が世代交替するまで変わらない。

 結局のところ、農家出身でなく、集落の出身でない者が農業することは、巷で「田舎暮らし」ブームが騒がれているにも関わらず、集落の現場では時期尚早である。識者やマスコミが、農業の将来について、不安をあおり立てているだけで、集落では誰も困っていないからだ。しかしお題目を唱えて行政は動く。集落では表立って反対する事は出来ないので、とりあえず様子を見る。心の中では「ウチには来てくれるな」と思ってる。しかし入ってくる奴がいる。しばらく泳がしておいて集落に溶け込んでくれればそれで良し。しかし波風立てるような事をしたらタダでは済まさぬのである。

 なぜそうなるのか。農村を構成している住民のほとんどは高齢者である。彼等は国の手厚い保護を受けてきたので、まだ貯えがある。しかも、彼等はずいぶん楽に暮らしてきたので、経済の逼迫について実感出来ない。従って現状を全く変えられたくないと考えがちである。

 また、歴史的に為政者というものは、農民にものを考えさせないように仕向けてきた。生かさず殺さず物を言わせず飼いならしてきた。また、ほとんどの農民もそれを受け容れてきたので、老若男女を問わず主体的に物事を考える習慣がない。他方、農的生活を目指すのは非農業者であって、彼等は主体的に食の在り方について考えた結果、農的生活を志向した。つまり、一方は持てる物の使い方を知らず、他方は無い物ねだりをしている。両者は価値観が全く異なるのである。農村集落というものは運命共同体であって、共同するには互いの信頼関係が前提になる。これを常に確認するために始終親密なコミュニケーションが保たれていなければならず、往々にしてこれがプライバシーの垣根を越えて、個人の価値観にまで干渉する。そこまでいかないと互いの信頼が得られないのである。いざというときに共同出来ないのである。しかし他方は価値観にまで踏み込まれたくないと思っている。波風が立つのは時間の問題であって、集落では、そのような問題を起す人物とは共存出来ないという裁定が下されて、これを排除しようとする。

 農村集落で生きるという事は、以上のような現状を耐え忍ばなければならないという事である。切先の鈍りきったなまくら包丁を振り回してもロクな料理は出来ぬ。いっそのこと全き自由を得て思う存分やりたいものである。狭い日本とはいえ、私の個性を存分に生かせる場所はあるはずだ。



posted by jakiswede at 00:47| Comment(0) | 移住計画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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