2019年12月28日

20191228 燻製到来

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私の心から敬愛する叔父から燻製がたくさん届いた。毎年この時期になると送ってくれるのだ。おかげで私は年が明けてかなり経つまでタンパク源に困らない。早速朝食に取り入れた。私の朝食は量が多い。この朝食が十分でなかったりまずかったりすると、私は一日大変不機嫌になり、社会に迷惑をかける。だからことのほか朝食を重要視している。

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昼食と夕食は一汁一菜である。リアル中国料理に感化されてしまってから複雑な味わいに傾倒していたのだが、今日は燻製があるので、たまには澄んだシンプルな野菜炒めにしてみた。デザートには干し柿だ。

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私は夜にバイトしているので夕食が早い。量もちょっと少ない。今日は白ズッキーを使ってトルコ風のMucverという料理を真似てみた。デザートにはシュトーレンである。これはだいたい標準的な私の食生活である。百姓をしているからできることであって、こんなものを高級ホテルで頼んだらどんな金額になるか、一度見積もってみたいものだ。いやカネでは買えないだろう。どうせカネで買えるようなものなどたいしたものではない。しかしだからと言って私にカネが生えてくるわけではない。そこが難しいところだ。いつまでつづくかこの贅沢。

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2019年12月27日

20191227 割山椒

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山椒は五月に青い実を収穫して佃煮にするが、秋に実が割れる頃に収穫したものを乾かしてスパイスにする。これを割れ山椒という。これは厄介な仕事である。というのは、香りを持っているのは皮だからである。実を選別するのは比較的効率が良い。適当に砕いて重いものをとれば、それが実だからである。しかし軽いものを取るのは難しい。皮やガク、枝や葉、埃や砂が混入するからである。山椒の場合、黒光りする実を取り除き、開いた皮のみを集める。バットに広げて揺すってみたり、叩きながら一方に集めて皮を浮かしてみたり、実を転がして取り除いてみたり、しかし結局は一粒ずつ、手で選別しなければならなくなる。重労働ではないが、肩が凝る。

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2019年12月23日

20191223 耕作放棄地草刈奉仕

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東の山裾にある休耕田とその法面を草刈り。まる四日かかった。しかも法面はかなり崩れたりガレたりした場所が草に埋もれて落とし穴のようになっている。実は、ここは今年、複数の人から相談を受けて、自然農的に営農したいと言う人のために、懇意にしている村の農家から借りる準備をしていたのだが、例の「事件」のために話は流れてしまった。しかし、一旦利用権の移転に取り掛かってしまったため、管理する道義的責任だけが残ったのである。村の「仲介者」など複数の人の手を通してしまっているので、いまさら後に退けない状況。環境は自然農的に良い。何十年も放置されてきたが、年一回は草刈りしてあるので、木が生えるというところまではいっていない。西斜面の高台にあって眺望が美しい。獣害もあるにはあるが、適度に近い人家に挟まれているので、さほど野放図ではない。来年、私は農作できないが、その件も含め、今後についていろいろと、理解ある農業委員会の担当者と調整中。ようやく、少しずつ対話を重ねていきながら、農村の置かれている苦しい現状に光がさすよう、血が通うように努力していきたいという気持ちになってきた。ここで私が被ったこと、村人が捕らわれていること、農地が荒れていくこと、引き継ぎ手がいないことなどは、全国どこでも同じ状況だと思うからだ。対立や排除ではなく、納得のいく解決に向けて、少しずつ進んでいきたい。

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2019年12月22日

20191222 丹波黒大豆脱穀

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丹波黒大豆脱穀。まだ完全に乾いてないが、年末に欲しいという人が多いので強行。

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しかし脱穀機にかけても莢が飛ぶだけなので、仕方なくひとつずつ剥く。

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でも結局、虫食いや割れなど含んだ無選別の状態でも全部で2.5kgしかなく、味噌や醤油の原料にも足りるか足りないくらいなので、申し訳ございませんが、今年の黒豆、販売分はございません。悪しからずご了承ください。

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ひきつづき最後に収穫したインゲン豆なども掃除。つねづね思う。栽培や収穫はなんとかなる。しかし食える状態に持っていくのが、穀物の場合、特に難儀。しかも、掃除してみたらびっくりするほど少量なのに落胆する。あれほど大騒ぎして苦労して、今年は命まで狙われて、たったこれだけ ??

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2019年12月21日

20191221 しゃのあふたたび・・・

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難儀しとるようやし手ェ貸したろ思て来てくれたんか ?? ほな今から畔シート外すし、そこらのモグラに言うて畔の内側走ってもろてんか。

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2019年12月19日

2019年12月13日

20191213 ひたすら選別

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収穫物をひたすら選別し食える状態にする。

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2019年12月12日

20191212 Poison

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イヌホオズキ(犬酸漿、学名: Solanum nigrum)・・・美しいものには毒がある。美味なるものもしかり。ナス科に属し、ジャガイモの芽などに含まれる毒を全草に持つ。神経系に作用し、中毒するとかなりヤバい。死に至ることもある。しかし、これをジャムにすると他に例えるものかないくらい美味である。どのような味かというと、少年時代に初恋をする。ただの女友達だったのが、ある時を境に、ふっと何かが変わるのである。子供だからそれが何かなどわからない。しかし互いにそれを感じ取る瞬間がある。二人は黙って見つめ合うのだが、少年にはどうして良いかわからない。しかし多分、少女にはもう少しどうしてほしいかがわかっている。何日か過ぎて、やがて少年にはその感覚が少女と共有できなくなったことに気づく・・・そして、女が別の男と気を通じ合っているのを偶々目撃してしまうのである。少年の鳩尾から気管にかけて、氷の刃を刺し通されたような、冷たくて鋭い痛みが突き抜ける。夏の終わり、クマゼミがけたたましく、生き急ぐように、虚しく泣きまくる。汗の乾いた皮膚を、少し乾いた秋風が冷やす。少年はその場にくずおれて涙を必死にこらえるのである。初めての失恋・・・イヌホオズキのジャムはそんな味がする。ティー・スプーンに少しだけにしておくのが良い。良い子は決して真似してはいけません。

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2019年12月11日

20191209 稲仕事に追われて

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稲仕事に追われて、畑の方がおろそかになってしまった。韓国の唐辛子は生き延びているものの、パプリカとピリピリは赤く熟する前に霜にあたって全部腐ってしまった。

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丹波黒大豆は年末までに干して黒豆にする。

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先月、鳥取で見つけた「乾燥赤ソラマメ」を撒いてみたら芽が出て成長したので、ウスイエンドウとともに定植。

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春先に植えたものの11月になって秋ジャガのように実りはじめたメイクイーンと、秋ウコンを収穫。

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今がたけなわの大根を除いて、インゲン豆の柵などをすべて撤去し、圃場周囲を草刈りして、これにて今シーズン畑作終了。あとは収穫物の調製や加工と、田畑の明け渡しに備えて更地にする土木作業が残っているが、明日は一ヶ月ぶりに休息するとして全て後回し。

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私は農業をやる意思があり、二反の田畑を機械を使用せずに耕作することができるようになった。その詳細は投稿で見てもらった通りである。しかし私はこれを、外的な要因で中止せざるを得なくなった。その要因を説明することは、非常に複雑で微妙で、私自身にもわからないことが多い。とにかく、私は百姓仕事ができる。しかしさせないようにするなんらかの力が働いて、私はこれを放棄せざるを得なくなった。こうして耕作放棄地は増える。同じようにして、この村は希望に燃えて移住してきた家族を三家族も追い出し、有機栽培を志していた一家族にそれをやめさせた。そこの主人は、農薬や化学肥料にまみれた野菜や穀物を、それらを使っていることを隠して家族に食べさせ、遊びに来る友人たちに偽りの農業体験をさせる。

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どうしてこのようなことになるのか、その事情を理解する一つの鍵は、日本の経済規模の中における農業の経済規模の、あまりにもアンバランスな小ささ、言い換えれば、日本の農業の経済規模に対して日本の経済規模があまりにも大きいがために、農家が強いられている無理難題にある。彼らは悪人ではない。彼らは自分たちの生活を守る権利があり、それを実行したまでだ。日本経済の実態や法整備がそこまで行き届いていないから、彼らは実力行使せざるを得ない。このことは日本全体の問題であり、この経済規模で日本が進む以上、世界的な環境問題に直結する。農業で、今と同じ日本の経済規模を支えることは無理だ。解決策は、経済規模を縮小すること以外にない。

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世界中で同様の問題が起きている。人間という動物の自然な営みによって生み出される富を桁違いに超える富によって、世界の経済が動いている。大多数の日本人は自給せず、働いて得た金でごく少数の農民が生産した食料を買う。結果的に、自給するよりその方が安上がりになる。そのなかで自給を掲げることは、間接的とはいえ世界経済に依存した脆弱な農村社会の存立基盤を揺るがしかねない要因になる。だから抹殺される。アフガニスタンでもコンゴ民主共和国でも、人々は自然な営みで幸せに暮らせるはずである。しかし、そうさせない事情、それらの国々を貧困のまま、脆弱なままに放置した方が都合の良い様々な思惑が働いて、彼らはそこから抜け出すことができない。それをあるべき姿に戻そうとする。それは全く正しく、それは救済である。しかし許されないのである。


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2019年12月07日

20191207 複数の稲の栽培をしている

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私は複数の稲の栽培をしているが、そのうちのいくつかは食用にせず、種の引き継ぎだけをしている。あまり品種が増えすぎると管理が大変だし、意図しない品種の交配を招いてしまうからだ。

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最後に、少量栽培しているいくつかの品種を脱穀して種を保存し、脱穀から籾摺に使った道具を清掃した。

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手元には、育苗に失敗した時の保険に、前々シーズンのものも含めて、多めに種籾を保管してある。来シーズンからは田づくりができなくなるが、手元にある稲の種の引き継ぎだけはして行きたいと思っている。そこで、保管する種籾を少量ずつ選別し、残りは精米して食べてしまおうと思う。

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また、道具を清掃した時に弾かれたり飛び散ったり、機械の中に残ったものを集めて、毎年新米をいただく前に、米が出来たことへの感謝の気持ちを込めて、こうしたクズ米から食べることにしているのだが、それも合わせて精米機にかけてみたら、なんと5kgもあった。

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善意が噴射して紫色に上から様ってい後ろから突き上げてるのは、黒米の糠が他の米を覆っているためである。種籾を選別しながら考えた。種を守ることはすなわち、こうして一粒一粒の種をよく観察して、その充実度や病変の有無など、状態をよく知ることに他ならない。通常、種もみはキロ単位で管理するので、一粒ずつ観察するようなことはない。種下ろしの前に、塩水に浸けて選別したり、穏当に浸して消毒したりするだけだ。しかし本当の選別とは、こうしてその色艶や手触りから状態を知ることではなかろうか。特に病変の多く出た「サリー・クイーン」は、変色したものや矮小しているものが多かった。これらを取り除いて、充実した健康そうな種籾を選別していけば、やがて強い品種が引き継がれていくに違いない。特にこの「サリー・クイーン」は開発者が種作りをやめてしまったので、自分で引き継ぐしかない。またこの家に伝わる古代赤米の「神丹穂」、九州から取り寄せた極晩稲の黒米「紫黒苑」も、すでに種が手に入らないので自分でつぐしかない。近年起こった種子法廃止の議論に思う。種を守ることは生産者の権利であり義務である。第三者にとやかく言われる筋合いはない。そういう意味で私は法改正に反対する。しかし、生産者でない者が種子法に関して議論している内容を見ていると、何を何から何のために何故、守ろうとしているのかがさっぱりわからなくなる。そこがはっきりしていないと問題の本質を見誤る。単に消費者の不安を煽り、政府を批判する勢力を拡張するために、種の守るという営みを利用しているだけに見えるからだ。「農」とは、そんなものではない。人は自然から食を得なければ生きて行けない。だから全ての人は農作に関わるべきである。そこから物事が進められなければ、何事も机上の空論になる。

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