2011年03月15日

20100405 Istanbul

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 Istanbul最初の宿は、Sultanahmetの「Cem Sultan Hotel」といい、海の見えるスウィート・ルームからドミトリーまである全対応型のツーリスティックなホテルである。スウィート・ルームは最上階であるが、ドミトリーは地下である。昨日の夕刻の到着であったので、暗くなってからのホテル捜しを避ける為にLisboaからネットで予約した。ドミトリー部分は、いかにもカネのなさそうな白人バック・パッカーで満室・・・いや、満床であったが、結構和気藹々としていて雰囲気は良かった。ロッカーもあるにはあったが、小さすぎて貴重品入れにしかならず、荷物は枕元に並べて寝た。

 朝食は最上階のビュッフェで、これは宿泊料金に含まれる。今回の旅行では、Rio de Janeiro・Salvador・Johannesburg・Cairo・Istanbulで泊まったホテルが、このようなB&Bであった。こういうのは観光してるって実感が湧いて楽しいね。写真は、朝食のあるレストランからのMarmara海の眺めである。朝霧に舟が見え隠れしているところに旅情をそそられる。下のような朝食ビュッフェつきで€14 (観光地では現地通貨YTLのほかに€,£,$も通用する)・・・安い !! ちなみに1 YTL ≒ \63.45。観光産業に力を入れている国は、旅のしやすさが全く違う。このように私が格安の金額で着いたその日に安眠できるのも、トルコの観光産業のおかげであり、トルコの観光産業がこのように充実しているのは、上階のスウィート・ルームに宿泊しているお客様のお陰であって、カネは天下の回りものとはよう言うたもので、昨夜はケチったけれども、今日のうちに私はエーゲ海のリゾートへと旅立つのである。長旅はメリハリが肝腎や。

 

 http://www.cemsultanhotel.com

 

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 その朝食である。もちろんビュッフェであるから何をどう取っても良い。ポルトガルではエスプレッソが旨かったが、トルコではパンが決定的に旨い。塩っ辛いフランス・パンなんて足許にも及ばんね。生地はフランス風で、クラストはカリッとしているのだが、中はしっとりと繊細な甘みがある。道端でおっさんが売っている安いパンも同じであるので、トルコ人のパンに対する考え方のレベルが高いのであろう。トルコはパンが旨い。コーヒーは、レギュラー・コーヒーなのだが極細挽きで、粉末を直接カップに入れ熱湯を注いで、粉が沈んでから上澄みを飲む。飲み終わったら、ソーサーで蓋をしてさっと裏返し、ソーサーに写ったコーヒーの出がらしの模様で占をするのである。

 

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 さて本日は11時に美女とご対面なので、それまで付近を散策する。なんとも和やかすぎる風景である。苦節の旅の最後を飾るにふさわしい。観光案内所を訊ねると、誠に親切にいろいろ教えてくれる。トルコへ来た最大の目的は、美女のねーちゃん・・・いやいや、それももちろんだが、Istanbulといえばシンバルである。ドラマーたるもの、トルコへ来てシンバルを買わずに帰らりょうか。現地生産の手作りシンバルを何枚か仕込んで帰るのが最大の目的である・・・いや、美女の次に大切な目的ですよ。

 

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 Akbilという、プラスチック製の小型のかわいいキーホルダーのようなプリペイド式のチケットを買ってチャージし、メトロでSirkeciまで行く。といってもぶらぶら歩いて行ける距離。ここは鉄道駅の終点であり、Istanbulの象徴的存在であるGarata橋の近く。ここで美女と待ち合わせである。早く着きすぎた。もう気もそぞろ、胸はどきどき、口から心臓が飛び出そうなほどであった。というのも、美女が多い、というか、美女しかいないのだ。そのなかでも国を代表するキャビン・アテンダントであり、前の岡田外相の外遊時にアテンドを担当したというほどの逸材である。どんな美女が私の腕の・・・いやいや、早まるな、まだ食事もしていないのに、そないなことは段階を踏んで・・・待ってる間、金閣湾に浮かぶ連絡船や、それに群がるウミネコ、広場にたむろしたり、ボード・ゲームに興じるハンチングの似合うおっさん達・・・そんなことはどうでもええ。はよ・・・はよう・・・

 

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 「遅れてごめんなさい」といって走り寄って来たのは、もう、我と我が目を疑うような美女であった。もったいないのと恨みを買いそうなので見したれへん。早速橋を渡って新市街へ、渡り切った地下にある世界一短くて世界で二番目に古い地下鉄・・・というか、地下ケーブル・カー「Tünnel」に乗ってGarata塔の下へ、もう、なんというか、日本ではあり得ない絶世の美女と二人で街を歩く楽しさ、もうそれだけで塔の上から身を投げて・・・いやいや、彼女を悲しませるわけにはいかん。で、そのまま彼女のお気に入りのスカイ・レストランでお食事 !! もうね、あのね、これを今生の幸せと言わずしてなんとしましょうや ?? 絶対写真見したれへん。会話も弾む。実はCairoからのフライトで、トルコ航空の機内誌で4月のIstanbulのイベント情報が載ってて、それになんとJordi Savallのコンサートの記事があったという話をすると、「じゃあチケット買いに行きましょう」とやすやすと言う。あ、書き忘れましたが、彼女は金沢で2年間留学していた事があり、日本語が堪能なのです。絶景のランチを美女と堪能した後、繁華街の書店でそのチケットを購入。その足で、これから赴くエーゲ海へのバスの旅のチケットを購入しにバス会社の事務所まで向かったのでした。幸せいっぱい・・・

 

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 トルコは旅のしやすい国である。長距離バスを利用すると、その事務所からバス・ターミナルまで無料送迎の小型バスがある。それに乗ってターミナルヘ行くのである。このターミナルが、活気溢れる大衆的ショッピング・センターの様相を呈していて実に面白い。バスに乗る。

 

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 IstanbulからÇanakkale方面 (ヨーロッパ側) へ向かう車窓風景。美しい緑の丘陵が延々と続く。

 

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 海はMarmara海、Çanakkale海峡、または英語でDardanelles海峡といって、対岸はアジア側である。時折現れる街が美しい。

 

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 バスの旅はサービス・エリア観察が楽しい。

 

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 暗くなってからEceabatの港に着く。Çanakkaleへは、ここから連絡船で海峡を渡る。彼女の故郷はそこからさらに南下して地中海に面するAntalyaである。情熱的な美貌は土地のものだと言う。さて、船着き場のレストランで夕食にする。トルコもビュッフェ形式の食堂が多く、旅人には有り難い。ここから目的地のGelibolu (Gallipoli)へはタクシーで30分ほど。エーゲ海を臨む村のリゾート・ホテルに着いたのは夜だった。

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2011年03月11日

20110312 写真展トークショー中止

多数の人が足止めを食っている中、あえて上京する事は差し控え、席を急務の人に譲ろうと思います。トークショーは中止します。悪しからず、ご了承ください。
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2011年03月08日

20100404 Cabo do Rio

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 今日は14:10発の飛行機でIstanbulへ発つのである。11:30にRossioを出るつもりで最後の散策は、東斜面に降り注ぐ朝日を期待してAlfamaにした。写真にハマると光に弄ばれる。Alfamaは、かなりの急斜面にあり、路地と路地がぎゅっと複雑に絡み合い、白い建物が重層的にひしめきあって様々な光と陰の綾を奏して撮っても撮っても撮りきれぬ魅力がある。

 

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 http://web.mac.com/jakiswede/iWeb/3e_mobembo/Lisboa_Sintra.html

 

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 旅にあって、チャンスというものは最後の最後の抜き差しならぬときに不意に訪れるもので、ものすごく良さげな、日本でいうオーガニック・キッチン風の初々しいレストラン見つけたけど、開店時刻にはもう空港バスに乗ってんならんとか、アフリカとブラジルとインドのコンフュージョンな料理を出す店やと ?? ・・・お前ら今まで俺に隠れてナニしとったんぢゃ ??

 

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 さらにMacintoshの置いてある速いネットカフェみつけたけどもう遅いし。かと思うと、これ以上無理、限界という心理に追いつめられてるときに限って、目を疑うような光が差し込んで来たり・・・Lisboaの光は油断ならない。街のちょっとした意匠にも・・・

 

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 http://www.smartkat.biz/

 

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 アフリカの事なんて忘れかけとったのに、立て続けにこんなゲスト・ハウスまで見つかるなんて・・・探索も追いつめられた11時前になって、やっとオープンした「Casa do Fado e da Guitarra Portuguesa」で、捜していたCustódio CasteloとOutros Mundosのアルバムを捜し当てた。これだけは間に合った。

 

 http://www.custodiocastelo.com/

 http://www.ovacao.pt/

 

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 急いで戻って荷造りして、空港バスを待つ間にIstanbulで私を待っている未だ見ぬ美女にメールを入れておく。結局、私がお世話になっていたのは、Praça da Figueiraの北にあるこのネットカフェでした。FireFox搭載でme.comも楽々でした。

 

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 いよいよLisboaともお別れ、最後の訪問国トルコに向けて旅立つ。記念に、空港でポルトガル風男子小用便器を記念撮影。左がぱうりん用、右が一般用である。

 

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 Lisboa 14:10発Turkish Airlines TK1760 Istanbul行きは機体整備に30分ほどかかるので遅れるとの事だった。チェック・インを済ませてから彼女に再びメールを送っておいた。前のメールに対する返事はなかったが、多分フライト中なのであろう。機体は、予定ではBoeing737-800型機のはずだったが、Airbus A321に変更されていた。Istanbul Atatürk国際空港にはほぼ定刻の20:35に到着した。空港内のPTTから彼女に電話してみると、なんと繋がったので、明日11時にSirkeciで会う事を約した。胸が躍るぜ !!

 

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 空港からは、メトロとトラムを乗り継いでSultanahmetへ向かい、Lisboaで確保しておいた激安ドミトリーに荷を下ろした。


posted by jakiswede at 18:31| Comment(0) | ザイール・ヤ・バココ第三の旅2010 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

20100403 Alfama

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 明日は昼過ぎの飛行機で発つので、Lisboa一日散策できるのは今日限り。土産物をそろえたり、先週閉まりかけていた「女盗賊市」へ午前中から出かけようと思う。メトロ用のカードに一日分チャージして出発。ちなみに、「7 collinas」というカードもチャージできるので、結局は同じ事である。でも、カードのデザインが違うから何枚か持ってると楽しい。写真は、部屋から見おろすPraça da Figueira。

 

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 ChiadoCD散策するも食指の動くものがなく、捜していたアーティストのアルバムはAugustaのFado専門店でも「知らない」と言われ、晴れて来たのでAlfamaへ場所を移す。

 

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 そこから上がって行くと、さすが土曜日の観光地とあって、陽だまりで時を楽しむヨーロッパ的休日が繰り広げられていて、さらに上ると件の蚤の市会場に出た。いろいろ珍しくも楽しげなる古道具や日用品を冷やかしつつ、嵩も重さも負担にならない端切れや小物の他に、ポルトガル風カフェ、すなわちエスプレッソ用のカップが色とりどりに売られていたので5つも購入してしまった。荷物を置きに部屋に戻る途中、Alfamaの昼を垣間みつつ散策していると、なにやら良さげな料理店を見つけたので入ってみると、インド人の経営するカレー屋であった。非常に愛想よくて親切だったので、ここでランチにする事にし、お勧めという鱈のカレーを試してみたら、これが大当たり !! 余りに旨いので、夜また来るからと約して勘定をしようとすると、釣りの€1硬貨が足りぬので、€2返すという。€7の勘定にそんなにまけさせては申し訳ないんで、表に出て水を買って来て崩した硬貨で清算した。日本男児たるもの外国で恥を晒してはならんからの。

 

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 腹ごなしにAlfamaからPorta do Solへ上がる途中で、明らかにCabo Verde風サウダージな演奏が聞こえて来たので言ってみると、まさに !! 黒人のジェンベの入れ方がなかなか胴に入っていたが、幾分大雑把な印象もあり、サポートしている他の二人の白人ギタリストの絡みがイマイチだったので、しばらく聴いてからCastelo de São Jorgeの裾野を巻くようにPraça da Figueiraに戻って来た。

 

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 部屋で少し休んでから、午後は未開拓のBelémを訪れたが、ちょっとゆっくりしすぎて夕刻が迫り、美術館博物館へは行っても無駄と悟って、川っ淵゜の散策にした。

 

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 最果ての国の黄昏時を楽しんだ後、Lisboa初日に訪れたAlcântaraのLargo do Calvàrioにある「Casa da Morna」を覗いてみたが、今夜はクラブ営業のみという事でimperialをぐいっと空けて€2・・・「ほんまにええの ??」「ええてええて」・・・払うてから、隣の「Discoteca Luanda」のメニュー訊いたら、こっちもライブ・イベントはないというので、15番の市電に乗ってAugustaからPraça da Figueiraへ帰る途中、Dona Rosaが歌ってたので、しばし聞き惚れた。昼のインド料理屋で最後の晩餐にしよかいなと思うてたから、28番の市電に乗ってAlfamaへ行き、件の店を捜し当てると別の人がやっていた。まあこれもなにかの縁やと思て、鱈の料理のお勧めを訊こうとしてたら、なんとそこに客として来ていた日本人の女性に声をかけられた。現地在住の日本人で、昼間に見たCabo Verde人の歌手のサポートをしていたギタリストの一人とつきあっているらしい。

 

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 その彼が今夜イベントをするというのでフライヤーを受け取った。ともに食事をして、ワインを数杯空けた後、近隣で彼女お勧めのCasa do Fado「A Tasca do Chico em Alfama」を教えてもらい、早速聴きに行った。ここはBairro Altoにある同名の店のAlfama店で、昨年秋にオープンしたものだという。今日は土曜日で、本店は、というか、どの店も鮨詰めで入る事も出来ないだろうが、この店は未だ余り知られてないので、落ち着いて歌いたい歌手が来るし、Chicoを知る常連客も混雑を避けて避難して来るので良いのではないかとの事。有り難いご配慮である。やはり地元の人に訊くに限る。お言葉に甘えて一人で入って行ったが、確かに適度に賑わっている状態で、宵の口の為か歌手か客かわからんけど歌のうまい人が、歌を連ねてセッションしている。やがて場は熱を帯びて行き、第一セットが終了となった。imperialを重ね、軽くポテト・フライなどを頼んで次のセットを待つ。確かに観光客は私しかいないので、ちょっと浮いた感じになっているが、そこはふてぶてしく居座る。やがて軽くショーロ風のインストゥルメンタルで始まった次のセットで、格段に上手い人が出た。確かに、声の張り・重さ・深さ・メリスマが、前のセットの歌手とは全く違う。名前を訊いたが、書き留めたメモを紛失してしまった。彼の歌は30分ほど続き、やがて交代した人とのインターバルでちょっと客が入れ替わる雰囲気となったので、それを機に店を出た。私のFado体験総括・・・やはり私には重た過ぎます。以上。

 

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posted by jakiswede at 18:24| Comment(0) | ザイール・ヤ・バココ第三の旅2010 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

20100402 Costa de Lisboa

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 今日はCosta de Lisboa日帰りの旅、Rossio駅からSintra行きに乗り、山中の古城や庭園などを散策した後、バスに乗ってユーラシア大陸最西端のCabo da Rocaを経て、Cascais、Estorilを車窓に眺めながら戻って来るというコースだ。Cascais-Lisboa-Sintra周遊「Train & Bus」一日乗車券€12を買って出発。このチケットに関しては下記のふたつのリンクを参照、旅の写真については、その下のリンク後半を参照。

 

 http://www.cp.pt

 http://www.scotturb.com

 

 http://web.mac.com/jakiswede/iWeb/3e_mobembo/Lisboa_Sintra.html

 

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 Quinta da Regaleiraである。広大な散策路を擁していて、特にそのなかのいくつかの庭園が素晴らしい。また宮殿内も、光の取り入れ方、窓から見える樹木や背景の取り入れ方など、日本の「借景」の考え方を取り入れたと思わせるものがある。庭園内に梅や桜が多く、それらは苔むした石積みや古木の木肌の黒とのコントラストが配慮されている。これは、桜色一食に塗りつぶしてしまうような日本の桜並木の考え方とは全く異なり、ポルトガル人の美的感覚がよく現れていると思う。

 

 http://www.cultursintra.pt

 http://www.parquesdesintra.pt

 

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 Parque Monserrateへ行こうとして、ちょっとしたアクシデント。例の「一日乗車券」は、券面にSCOTTURBが運営するSintra市内の全てのバスに有効であると明記されているにも関わらず、Sintraの名所巡りの循環バスの運転手に乗車拒否された。バス代なんてわずかな金額なので「切符を買う」と言ったのだが、なんと売ってくれなかった。仕方なく自動車道を次の目的地まで歩いたが、まあそれはそれで思い出の一つ。Monserrateの公園も、地形を生かした様々な趣向が凝らされていて、ヨーロッパに多くありがちな幾何学模様一点張りの庭園とはひと味もふた味も違った。詳しくは上の写真集をご覧あれ。さてその帰路、循環バスが来たとき再び乗車拒否された私を見て、Monserrateの切符売り場のおばちゃんがわざわざ出て来て抗議してくれた。そのおかげで何故か乗ることが出来、駅までの遠い距離を歩かずに済んだ。何事も総括が肝腎という主義の私は駅前のバス会社の事務所へ行き、「一日乗車券」を見せて事実を述べたところ、なんとその循環バスだけは例外なのだそうである。そんなことどこにも書いてないが、例外は例外だそうだ。Cascais-Lisboa-Sintra周遊「Train & Bus」一日乗車券€12では、Sintraの歴史地区を循環するバスには乗れません。この循環バスの切符は、前もって観光案内所などで買っておく必要があり、運転手からは買えません。従って、私のように切符を持たずに散策中にバスが来たからといって、途中からでは乗れません。乗車拒否をした運転手は、自分の職務に忠実だったのです。厭な顔してごめんね。

 

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 ユーラシア大陸最西端のCabo da Rocaへ向かう。SCOT社の403番Cabo da Roca経由Cascais行きに乗る。これには先の「一日乗車券」が通用する。駅前から少し下がったところにあるバス停へ行く。バス停と隣接して大西洋岸との間を結ぶ路面電車の終点があったが、全く営業している気配がない。上の写真がその終点、右手にバス停がある。時刻表によると、複数の系統で一時間に一本程度の連絡がある。一日乗車券なので、途中の鄙びた村Almoçagemeで降りて、大西洋岸のPraia da Adragaまで足を伸ばしてみた。

 

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 なんということのない、しかし趣のある小さな海岸である。地元の家族連れが主だが、それでもビーチ・レストランが一軒ある。

 

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 道々の風景・・・ついつい畑チェック・・・タマネギがだいぶ緑の濃さを増している。ジャガイモを植える準備をしてはる・・・

 

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 Almoçagemeまで戻って来て、次のバスを待つ間、付近を散策。村の真ん中、バス停脇の広場では、子供たちに交じって老人たちがひなたぼっこしている。彼らには英語が通じなかったので、なんとか覚えたわずかなポルトガル語で会話を試みる。毎朝、広場では朝市が立つそうである。

 

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 鮮魚売り場の解体用の台は奇麗に掃除されていた。

 

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 三々五々、村人がやって来てバスを待つ。向かいのカフェのおばちゃんがクッキーを差し入れてくれたりする。時間の止まったようなひとときである。

 

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 ユーラシア大陸最西端の岬・・・最北端とか最南端とか・・・なんかそういうのん好きやね。

 

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 風が吹きすさぶので低い草しか生えないのであろう。

 

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 ユーラシア大陸最西端の便所である。ブラジルと同様に男子小用の便器は位置が高い。ぱうりんは足が短くてこれに届かず、いつも子供用の方で足していたそうであるが、私は大丈夫。岬には土産物屋などもあって、まあ観光地ですな。大型観光バスが頻繁に着いては客がどっと降りて来て、数十分後には引き上げて行く、という事を繰り返してせわしないこっちゃし、私は岬の陰の岩肌にへばりついたりして遊んでました。でも一時間もいたら飽きてしまったんで次のバスでCascaisへ向かい、電車に乗ってLisboaに帰って来た。夜は性懲りもなくFado散策、今夜はChiadoへ出たが、こちらはきっちりチャージ取られるので、結構な散財になったにもかかわらず不完全燃焼。

 

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20100401 Praça da Figueira

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 天上の村最後の朝。白壁に朝日が映える。ただひたすらに美しい。この美しさだけで十分だ。朝食前にひと散策、朝食後、山を降りるバスが来るまでにもうひと散策。

 

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 11:07のバスでBeirãまで降り、駅からもと来た道を戻る。もちろん件のカップルと同道である。

 

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 彼らはPortoへ行くと言うので、Entroncamentoで別れる。駅の構内に鉄道博物館があったが、Lisboa行きの急行列車の到着まで時間がなかったので泣く泣く断念。

 

 http://www.fmnf.pt/

 

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 やっぱり急行列車はええのう。Lisboa-Oriente駅到着。駅周辺のショッピング・モールを冷やかしてから、メトロでRossioまで戻る。

 

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 Lisboa終の宿はRossioの東隣にあるPraça da Figueiraに面するPensão Ibéricaの最上階の部屋である。上の写真の建物の左端にあたる。階下の食料品店の奥の階段を上がる。床はだいぶ傾いてるし、あちこちイロイロあるが、レセプションは24時間、インド人の家族経営で親切だし、大きな窓は広場に面してるし、共同とはいえバスタブつきの広い浴室もトイレも清潔だし、これで€20ならなんの文句がありましょうや ?? しかもこの食料品店、非常に安くて買い物しやすくて便利。鱈の缶詰やポルトガル風コーヒーもたくさんある。イースターの休暇に入っていたが、ここは空いていた。

 

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 荷物を降ろして一息入れた後、ÓbidosのJosé Carlos de Oliveira氏のところで訊いて来たEditora Vallentim de Carvalhoという出版社を住所を手がかりに捜しに行くも、郊外に移転したとあってURLのみ入手して断念。Chiadoで見かけたbuffetで夕食にして、木曜日なのでDona Rosaとの再会を望んだがこれも果たせず、その足でAlfamaへFado散策に出た。A Baiucaをはじめとして数軒をハシゴしたが心には届かず、23時頃部屋に戻って寝た。

 

 http://www.valentim.pt/

 

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2011年02月21日

20100331 Marvão

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 Marvãoは天上の村だ。ここへアクセスするのは容易ではない。Lisboaからの場合、近隣のPortalegreまでバスで行ってからローカル・バスに乗り換える。朝夕2便のマイクロ・バスで、Portalegre- Beira (Marvão-Beirã駅近く)- Marvão- Castelo de Videを結んでいる。鉄道では、Oriente駅からFaro方面ヘ行き、EntroncamentoからMarvão-Beirã駅まで来る列車が朝夕の2便あるが、Portalegreから来て村まで上がるバスと接続していないので、タクシー利用 (€10程度) になる。城の中に買い物できるような店はなく、土産物店もほんのわずかである。上の写真は、そんな土産物店のひとつ、物静かなにいちゃんがアクセサリーを手作りしていた。城の外に狭い畑があったが、実際村人が何で生計を立てているのかは謎である。おそらく自給的な生活をしているか、外に働きに出ているかであろう。とはいっても、余りにも下界から離れすぎており、余りにも生活臭がなさ過ぎて、とてもこの世のものとは思えない。未だ春先だったためか、レストランやバーの看板は上がっていても閉まっている店がほとんどだった。従って宿泊先を決めたら、だいたいそこですべてをまかなうことになり、高くついた・・・といってもこの眺望と静けさから考えれば、そこらのぼったくりリゾートよりも遥かに格安である。

 私が予約したのは「Albergaria El-Rei Dom Manuel」で€75であった。インターネットの旅行用ポータル・サイトやMarvãoの公式ホームページなどから判断して、「ええな」と思て選んだものだったが、こういうサイトには良い部屋の写真や眺望しか載せへんもんで、シングル・ルームだったからということもあるけど、私に与えられた部屋はまたしても眺望ゼロ !! この天上の村に来て眺望ゼロはないでしょと思たけど予約してもてるから文句は言われへん。このホテルは城内の一番下の部分にあるので、眺望の良い部屋は限られている。とりあえず今夜はもうちょっと景色の良い部屋に替えてねとお願いして散策開始 !!

 

 http://www.cm-marvao.pt/

 

 Pousada de Santa Maria

 http://www.pousadas.pt/historic-hotels-portugal/en/pousadas/alentejo-hotels/pousada-de-marvao/sta-maria/pages/home.aspx

 Marvãoに宿泊施設は多くない。このpousadaはダントツである。多分城内では最も美しい宿泊施設で、直接訊いてみたところによると、普通の部屋で€90、眺望の良い部屋で€110、しかしその価値はある。シングルの設定があるかどうかは不明。

 

 Casa D. Dinis

 http://casadomdinis.pai.pt

 場内の最も高い位置にある宿泊施設で、私の行った時は営業してない雰囲気だった。しかしもし営業していればお奨め。値段も手頃で景色も良い。リゾート・ホテルのような清潔さは多分ないと思うけど、質素でこじんまりした印象であった。

 

 Varanda do Alentejo

 http://www.varandadoalentejo.com

 場内で唯一オープンなレストランとカフェを営業している。限られているが水やスナック菓子も置いている。村の人が集まって飲んだり食べたりしている。もし再びこの村を訪れることがあれば、迷わずここに泊まるだろう。個人的には好きな雰囲気の宿泊施設だが、リゾート志向には・・・これ読んでるやつにそんなやつおらんやろけど・・・ちょっと庶民的すぎるかも。

 

 http://web.mac.com/jakiswede/iWeb/3e_mobembo/Marvao.html

 

 Marvãoには2泊。今日はまる一日、写真を撮って撮って撮りまくった。その結果セレクトしたものが上の写真集である。リンクをクリックして下され。

 

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 昨日の夕方以降と今日の昼間とでは風景が違う。人も歩いている・・・あたりまえか・・・坂の多い路地の入り組んだ村であるが、全体に東向き、つまりスペイン側に傾斜した地形になっている。その中ほどに「Restaurante Varanda do Alentejo」というのがあって、そこだけは人でにぎわっている。昼時なのでお邪魔してみた。1階はカフェで、村のおっさんらがだべっとる。2階にレストランがあり、わりとテーブル詰め詰め状態で庶民的な食堂。表のお奨め看板メニューに「アレンテージョ風ブタ肉の煮込み」と読めるのがあったのでそれを頼むとこれが出て来た。ぱっと見て丼やなと思たんで、機嫌良く食べはじめたら、これなんと底まで肉でした。しかしこれどうみても豚丼でしょ ?? パンもついて来たからおかしいなとは思たんやけどね、肉と芋とパン・・・ううむ、食習慣が違うと思うのはこういう時である。でも旨かった。煮汁にどっぷり漬かってて、その煮汁がまた旨いんで、パンで奇麗に掃除して全部平らげたら、にいちゃんえらい喜んで、小さなアイスクリームとエスプレッソをサービスしてくれた。ええ店や。なんぼ天上の村でも気持ちが通じ合わな面白ないもんな。

 

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 部屋で一休みして更に散策を続け、暗くなってから痛い足を引きずって再び昼と同じ店へ、にいちゃんがにこやかに案内してくれて、今度は魚を食べろと言うので「食べる食べる」と言うと出て来たのがこれ。名前も訊かんかったが、見たところ鱈のようであるので、さしづめ「Bacalhau Assado」でしょうな。付け合わせにゆでたジャガイモと、たぶん菜花の茎。これらには味がついてないので、オリーブ・オイルと酢と塩胡椒を適当にかけて食べろと言う。フォークとスプーンで魚の塩焼き食えってねえ・・・じゃんくさいからやおら持参の「マイ箸」を懐から取り出してむしりはじめると、「おおおっ・・・」周りで胡散臭そうに眺めてた客の視線が一気に羨望の眼差しに変わる。見てみコラ、お前らにはマネもでけんやろ !! 茶碗飯出さんかい。頭もばりばり食って・・・だって旨いんやもん・・・つるっつるの背骨以外奇麗に食いさらす。にいちゃんおそれいって、また小さなアイスクリームとエスプレッソ持って来よった。食前に白ワイン1杯とオードブルに鱈のミニ・コロッケつけて、締めて€15・・・昨日の気取ったディナーの3分の1・・・安い !!

 しかしなんという落差、格差であろう。ほんの3週間前まではFC10 (10銭)札数えながらボロ布纏った川の民のNganda ya Mbisiに舌鼓を打ったりしとったのに、なんや昨日今日のこの贅沢 !! この差はなんや ?? この旅はなんや ?? 俺は何故ここにいる ?? 何故ここに来た ?? 旅の締めくくりである。満腹感と、おそらく高地で気圧が低いためだろう、白ワインの酔いが一気に回って、長かった旅の記憶が走馬灯のように頭を駆け抜ける。ニューヨークは、枠に囲まれたような街だった。緊張でピリピリしていた。余りにも多くの人種、文化、要するに「自由」を取り込みすぎて、表面上は共存しているように見えながらも、内心ではタブーに取り囲まれ、互いに牽制し合い、警戒し合ってるように見えた。そのなかで、黒人ばかりが集まって祈る姿を見た。怒濤の本流に流されまいと「アイデンティティ」にしがみつく必死の形相があった。共存することの難しさなのか、「自由」の代償なのか、それとも対峙することを避けた結果の盲目的な安住なのか、戸惑いを感じつつ足を踏み入れたブラジルで見聞したものは、個性のぶつかり合いとしての自由ではなく、馴れ合いの共存、最大公約数を取っていってどうなるかを模索するような、いわば妥協の産物だった。これら移民の国での「アフリカ」は、そのスピリチュアルなあり方がむしり取られ、他の文化との共存を強要された結果、形式だけが残り、更に他の形式との整合性を取る中でそれも変容を余儀なくされ、骨抜きにされ、ごちゃ混ぜにされた片鱗が、かろうじて演奏の中に散らばっている体たらくだった。私はそれを哀れみながら拾い集めてありがたがるしかなかった。そのため突然の悲しみの衝動に耐えきれず、会場を後にする事が続いた。だから、私はブラジル音楽ファンの前では、ブラジルでの経験について、余り語りたくはない。もちろん、これらが単なる私の見聞の狭さの結果であることは、重々承知している。大西洋を越えたJohannesburgは、人種隔離政策という意味でのappartheidは解消したのかもしれないが、その結果白人資本が引き上げて都心の治安が強烈に悪化し、SOWETOは安全な観光地として逆に囲い込まれていた。そのなかで暮らす南アフリカ人たちは、ぬるま湯に浸かったように温和であった。不満を抱えたまま飛び込んだKinshasaは、まさに「腐っても鯛」だった。20年前のような音楽的パラダイスは既に過去のものとなり、日本の30分の1だった物価は日本とほぼ同等になっていた。その間の経済成長は目覚ましく、かつてはガキが自ら伝令役となっていた人脈ネットワークは携帯電話とインターネットに取って代わられ、コミュニケーションのスピードと伝播は桁違いに上がった。そのかわり産業構造が変わって、音楽は国の基幹産業ではなくなった。アフリカ音楽の首都であったMatongeは、大衆的サイバー・ビジネスの最先端となって人と車でごった返し、恒常的な過密状態にインフラ整備が全く追いつかず、道路と水道と電気は寸断されていた。そんな状態ではミュージシャンたちは活動の本拠地を郊外に移さざるを得ず、練習場所もコンサートも分散して、なにを見るにもタクシーで乗り付けざるを得なかった。そしてそれは、ほぼ絶望的なことだった。このようにKinshasは既に腐っていたが、それでも垣間みたバンドの練習では、例えばWerrasonのバック・バンドの打ち合わせで聞かれたcadenceからsebeneへのpassageの一瞬だけで、ブラジルで見聞した全ての音楽経験を粉砕するほどの破壊力があった。全くもって「腐っても鯛」である。奥地への旅は、今回の旅の最もスピリチュアルで本質的な経験を私に与えてくれた。移動の困難、ここでも国内交通のインフラが、全く需要に追いついておらず、許容量を遥かに超えて押し寄せる人波に、全ては遅延し、押し込められ、停滞するその泥沼と決死の道のりを、助け合いながら進むコンゴ人たちの姿があった。その姿、その環境、水、色、におい、味・・・要するに私を通り過ぎる全てのものは、同じ苦しみをもがき這いずって進む意識の遠のきのなかで、天から降り掛かり、地から湧き出るように、音楽のうごめき鎌首を持ち上げるような確かな手応えを、私の腰に手に感覚として残してくれた。ここでしか手に入らない楽器も確実に手に入れた。友人たちにも助けられ、職人の心意気にも触れた。力強く聡明に、閉塞の中にありながら広い視野を持つ、何人もの長老と話が出来た。逆に、役人の腐敗には全く開いた口が塞がらなかった。彼らの腐敗ぶりは、物価の上昇分にほぼ比例する。しかしそれは、彼らの待遇が20年前と変わっていない事を数字が示す通りだった。もう勘弁してくれと脱出して潜り込んだCairoは極楽だった。観光地としては全く申し分なかった。しかし、昨今発生した民衆蜂起に見られるように、民衆とそうでない人たちの隔絶を肌で感じる事にもなった。そしてLisboaでは、期待したAngolaをはじめとするPALOP諸国の音楽には触れられず、たむろしてほたえるばかりで、善良で生命感覚の感じられないアフリカ移民ばかりが目についた。そのかわり、Óbidosではこの道の専門家と知己を得た。そして、ここ天上の村で私は何を思う ?? ただひたすらに光を感じ、白壁に映った夕日の残像と、余りにも穏やかすぎるポルトガルの田舎の風景に・・・

 気がつくと暗くなっていた。夜霧が出ている。この霧は、私から何を覆い隠そうとしているのか ??

 

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20100330 Alentejo

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 観光旅行は綱渡り。Marvãoへは、Oriente駅からFaro方面ヘ行き、EntroncamentoでMarvão-Beirã行きに乗り換える。かっこいい急行「Intercidade」が入って来たが、これに乗っても次の普通列車に乗っても、接続するのは同じ列車なので次を待つ。Marvãoへの旅は、純然たる観光旅行である。

 

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 こういう3両編成の普通列車に乗った。

 

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 普通列車の車内。

 

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 ほんのちょっとしたところに、ちょっとしたデザインがある。

 

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 Entroncamentoからはこういう単行のディーゼルに乗る

 

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 その車内。左手に写っているのは、Marvãoで偶々同宿であることが解った若いカップルの彼氏の方。

 

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 LisboaからTejo川を上がって来る。Alentejoという州は、Azulejo (イベリア半島特有の伝統的な装飾タイル) の名産地として知られていて、駅にはその土地を象徴する絵が描かれている。

 

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 終着駅Marvão-Beirã。私のザックがバレている。その扉の上に「Passaporte」とある。Spainとの国境の駅である。

 

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 だいぶ陽が傾いて来た。

 

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 Marvão-Beirã駅で降りたのは、私と件のカップルの3人だけだった。街に出てみるも、人っ子一人歩いてなくて途方に暮れた。とりあえず歩きはじめる。なぜなら背後は行き止まりだからだ。この通りをまっすぐかなり歩いた左手にカフェがあって、そこでタクシーを呼んでもらうことにした。

 

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 タクシーをシェアして登り詰めたMarvãoの村は、強烈な鷲ノ巣村であった。日没まで写真を撮りまくった (上の写真は翌早朝のもの) 。日没後、部屋で少し休んでから夜の城内を散策したが、開いてる店はなく、もう一軒あるpousadaのレストランに煌々と明かりが灯っている程度だった。ホテルに戻って併設のレストランで夕食にする。ヨーロッパのレストランでのフル・コースは、15年以上前に初めてParisへ行ったとき以来であった。今回はなんせ三ツ星やからね、星つきのレストランは、多分初めてやね。なんもかんもオツに澄ましとんね。まあ観光ホテルやからそれも演出なんやろね。メインにラム・チョップを選んで後は流れで・・・

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20100328-29 Óbidos

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 今日はÓbidosヘ行く。10:41Rosio駅発Sintra行きに乗って途中で乗り換える。早起きして朝食済ませて、ちょっと気が早いけど8時半頃、発送用の荷物担ぎ出して来て、フロントで「これ日本へ送りますねん。まだ郵便局開いてへんけどね」て声かけたのが良かった。「あんた、今日からサマー・タイムやで、今は9時半 !! 」えぇぇぇっ !? ほな列車の時刻も何もかも・・・要するに俺が1時間遅れてるわけか !! よう訊いたこっちゃ。急いで郵便局へ走って、発送はわりとすぐ済んで、部屋へとって戻して清算して駅へ走ったら10時半。膝が痛いっちゅうに・・・慌ただしく発ってしまったが、この「Pensão Estação Central」・・・初めは眺望ゼロやし狭いし部屋三角やし巨大なビデが邪魔やし最低やと思とったんやが、なんか安眠できて落ち着けて居心地がエエから三連泊もしてもた。宿は見かけによらんもんや。

 

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 さて出発や。ザック担いでRosio駅の窓口で切符買おうとしたら「Óbidos行きはCacémで買え」と言うて市内区間の切符を出しよった。Cacémで降りて下に出たが、切符売り場以外何にもない。ほんまにこんなとこで乗り換えるんかいなと思てたら、確かにÓbidosまでの切符売ってくれた。事前に調べた情報では、この線の列車に乗るには、Rosioからの場合Mira Sintra-Meleçasで乗り換えるとあったので非常に不安ではあったが、信用するより他にない。時刻表は調べ尽くしてあったが、乗換駅までは解らなかった。11:16に青い2両編成のディーゼルが来た。Caldas da Rainha行きとある。日曜ダイヤだったのが幸いして、これに乗ることが出来た。

 

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 ディーゼルらしく重々しく発車する。線路を注意深く見ていたら、しばらく行ったところで左へ行く線と分岐し、次の駅がMira Sintra-Meleçasであった。つまり、事前情報は誤りだった。RosioからCaldas da Rainha方面ヘ行く場合は、Sintra行きに乗ってCacémで乗り換える。Mira Sintra-Meleçasの駅は分岐後にあってSintra行きはこの駅を通らない・・・というか、LisboaからObidosヘ行く最も普通の方法は、Campo GrandeからTejo社のバスに乗ることやねんけどね。

 客は4人、ここからは単線でのんびりローカル列車の旅。途中の景色は抜群、おまけに車掌も暇で客と話し込んだり、下手な英語で話しかけて来たりして、やがて4人バラバラに座らんでも・・・ということになって、ドア前の広いところを囲んで座って結構楽しい。各駅停車だがほとんどの駅は無人で、客も稀にしか乗って来ず、乗れば車掌のところへ来て話し込む和気藹々状態。途中の駅でInter-Regionalすなわち快速列車との交換があったが、車両は同じ青いディーゼルの2両編成で鄙びたもんやった。Óbidosには13:08到着。

 

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 天国かここは ?? Óbidosの写真については、こちらをどうぞ。

 

 http://web.mac.com/jakiswede/iWeb/3e_mobembo/Obidos.html

 

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 駅の周りは、全く牧歌的なヨーロッパの田舎風景である。宿も予約してあるし、別に急ぐ旅でもないので、付近を散策。

 

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 駅舎のあるホームと反対側にもホームがあって、その中ほどに山へ入る階段がある。それを上ると城塞に出る。

 

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 それとは別に、Caldas da Rainha方に踏切があって、その道から分岐して城へ上がれる自動車道もある。

 

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 北から城塞に入るアプローチ。

 

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 門をくぐると、いかにも・・・ていうヨーロッパの中世城塞都市風観光地が現れた。

 

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 くどいようだが、私はこーゆーオンナコドモの喜ぶよーなもんは、本来私の趣味からして大好きなのであって、こういう旅くらいなら片手間にアレンジして実行に移してしまうんや。どなたともご一緒出来んかったんが残念ではあるがの (`へ'っ・・・

 

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 路地には、とても香りの良い木の枝・・・これは日本でも生け垣に使われているものだが、それが撒いてある。街中がこの木の香りがする。こういう使い方がヨーロッパらしくて面白い・・・が、この人ごみはなんや ??

 

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 「性習慣」・・・失礼、「聖週間 (Santa Semana) 」である。そぞろ歩きをしていたら厳かなパレードがやって来た。行列はIgreja de Santa Mariaに入って行った。この教会の正面、つまりこの写真を撮っている背後にネット・カフェがあり、MacintoshにSafariとFireFoxが入っている。しかも無料。旅立ち以来、やりたくて出来なかったことを全部済ませてしまう。Lisboaに戻ってからの宿探しもしたが、Easterの休暇にさしかかるので、どこも満杯。ああ、キリスト教徒でない私は、そんなことに気づかなかった。ヨーロッパは、ハイ・シーズンに突入したのである。




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 城壁に上がってみる。南方面を見晴るかす。

 

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 北方面を見遥かす。正面が城である。この部分を除いて、城壁の上はほぼ一周できる。お城の周りは、トロピカルなプチ植物園的な散策コースになっている。路地から路地へ、坂から坂へ、建物の造作と樹木の絡み合い、石と木の織りなす光と陰、時折降る雨、それによって変わる光の加減・・・写真好きにとってはたまらないシチュエーションである。

 

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 西を見る。東は最も美しかったので、上のリンクの写真集に収録。

 

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 ひたすら写真ばかり撮っている。昼間は観光客でごった返すので、早朝と夕方を有効に使う。

 

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 腹が減ったら、なるべくゆっくりと飯を食う。ポピュラーな観光地であるので問題なく英語も通じ、メニューもだいたい説明してくれたり、適当に決めて持って来てくれたりする。これは「豚の生姜焼定食目玉焼乗せポルトガル風」(^^)

 

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 Óbidos名物のひとつが「ginja」といって、サクランボのリキュールを、チョコレートのチビカップに入れて飲む・・・というか、丸ごと口ん中に放り込む。するとフワァァァッと、きつい蒸留果実酒の苦みとチョコレートの甘み、きつい蒸留果実酒の甘みとチョコレートの苦みの交錯型二点攻めに悶絶するのであります。座ってカフェ風に楽しむ人もあれば、道端のスタンドで買ってその手でひょいと飲む人もあり、悶絶料はシチュエーションに応じて€0.50〜2.00くらい。

 

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 宿泊したのは、「Casa do Fontanario」というプチ・ホテルで、何故ここに宿泊したかというと、オーナーのJose Carlos de Oliveira氏はCoimbra大学の人類学者で、なんとAngola生まれ、それがもとでBantu音楽研究の専門家となり、私がCongoからAngolaへ関心を移して行くプロセスで、ネット上で知り合ったというわけである。今回の旅で、BrasilとCongoを巡り、その帰り道にここでいろいろ話し合おうではないかということになっていた。

 

 http://www.casadofontanario.net/

 

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 夜、彼の書斎に案内された。膨大な書籍である。このほとんど全てが、確かにCongo・Angola・Gabon・Camerounなど所謂Bantu音楽と言語に関するもので、なかにはBantu文化が新大陸にどのような影響を与えたかという、まさに私の関心事の核心を突く研究書まである。もちろん、Yorubaや西アフリカの文化とその伝播、これは主にCubaに関するものだったが、とにかく量がすごい。Kent大学のKazadi wa Mukuna教授もここへ来られれば、おそらくアメリカに帰りたくはなくなるだろう。CongoやBantuの文化について訊ねればすらすらとお答えになり全て頭に入っておられるご様子、私の方からも現地探索で持ち帰った音や映像や写真を提供して詳しくご説明申し上げ、やはりCongoとAngolaのBantu音楽やNigeriaのYoruba音楽が、特に現在のBrasilとCubaの音楽の大きな土台を築いたことは、ほぼ間違いないという合意に達したのでした。彼は、Angolaに生まれてからの長い経験と、Portugalに戻ってからの学問的な蓄積によって、その確信を得たと言う。奥様のご心配を他所に、男二人今日出会ったが初めてにも関わらず、何十年来の旧知の友のように夜遅くまで語り合ったのでした。翌日は昼間は街に人が多いので、美しい村で天気も良いのに書斎にこもり切り黙々と本を読みあさるも、垣間みることさえ叶わぬこの資料の膨大なこと、これは全く時を改めて出直さざるを得ないと諦めたのでございました。このテーマについては大変面白いにも関わらず、世界でこれを専門にしている人は彼とMukuna教授くらいであり、このライブラリはおそらくこのテーマに関しては世界一と思われる。

 

 http://dept.kent.edu/music/facultypages/mukuna.html

 

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 後ろ髪引かれる思いで二泊滞在した後、三日目の11:10Tejo社のバスでLisboa/ Campo Grandeに戻る (写真は反対方向Caldas da Rainha行き) 。所要一時間であっけなく到着したその足でOriente駅まで行き、次なる目的地、Spainとの国境近くにある天上の鷲ノ巣村Marvãoへ旅立った。相変わらず綱渡りしてるねえ・・・

 

 http://www.rodotejo.pt

 

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20100327 Mauraria

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 http://web.mac.com/jakiswede/iWeb/3e_mobembo/Lisboa_Sintra.html

 

 Lisboaへは着いた初日にいきなり観光地でもないAlcântaraへ行き、帰り道にはDona Rosaに遭遇、翌日はほぼ一日中楽器屋巡りと予約変更でかけずり回るなど、全然観光客らしくない行動ばかりして、おまけに左膝が痛い。楽器探しは望み薄と見て朝から観光。空港バスの付帯割引で、この2階建てバスでLisboaツアーが出来る。しかも一日乗り降り自由。「7 Colinas」もあるから、移動にカネをかけずにくまなく回れるというワケや。そうや。観光旅行はこうでなかったらあかん。

 

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 座席に音声出力端子があって、そこへバスで貸してくれるイヤホンをソーニュー・・・いや、接続したら音声ガイドが聞ける。チャンネルを切り替えると言語が替わって日本語もある。久しぶりの日本語や。そのアナウンスしてるにいちゃん、こいつ関西人や。粋って標準語で喋っとるように聞こえるが、数字の読み方だけめっちゃ関西弁や。笑た (←これ「わろた」と読みますねんで) 。バスにはいくつかのルートがあって、空港バスの切符1枚につきツアー券1枚が25%引きになる。私は昨日空港ヘ行ったから、合計2ルート分乗れる。白人観光客と一緒にほたえんのもええもんや。

 

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 ツアー中に途中下車してはエロエロ・・・もうええて、イロイロ見て回る。「7 Colinas」を持っていれば、この「Carris」マークのある全ての交通機関に乗り放題である。大抵は、運転席の脇にセンサーがあって、それにカードをかざすのみ。スリットに吸い込まれて返って来なくなるという心配はない (^^) 何度かツアー・バスのルートに行き当たって乗ったり降りたりしてたら大きな楽器屋見えたんで、次の停留所で降りて戻ろうとして道に迷うた。迷うて迷うて、いつの間にか「Sete Rios」のバス・ターミナルに出たんで、ついでにObidos行きのバスの時刻表貰とく (←これ「もろとく」と読みます・・・もうええか) 。Praça da Espanhaの激安衣料品店を冷やかしてたら、斜め下に空港バスが横切ったんで、なるほどあれがAvenida da Liberdadeで、それを降りればPraça dos Restauradoresを経てRosio、Augusta、Comércioちゅうわけか、なるほど解った。つまりこういうことや。空港から降りて来ると、Lisboaの中心街は縦半分に切ったすり鉢みたいな形してて、谷底をAvenida da Liberdadeが通ってる。その先が繁華街AugustaでTejo川に突き当たりPraça do Comércio、その一帯は低くなってるので「Baixa」。川に向かって右手の斜面が「Chiado」と「Bairro Alto」、その向こうがAlcântaraを経てBelém。左手の斜面にSão Jorge城があって、そこから川にかけての一帯がAlfamaや。だいたいわかった。景色の良いエリアも解った。そこで、ポルトガルの田舎への旅の後Lisboaへ帰って来てからの宿泊地の下調べをかねて、静かで景色が良くて安い宿を捜しにBairro Altoから西へ、市電の28番に乗って目星をつけようとしたが、そう簡単にはいきませんでした。Jardim da Estrelaをで一休みして市電の25番でComércioまで戻って、例のbuffetで昼飯にした。

 

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 「女盗賊市」へ行ってみようと思て、再び市電の28番に乗ってIgreja de São Vicente de Foraらへんで降りてテキトーに東向いて歩いてたら蚤の市みたいなんやってた。要するにフリー・マーケットや。でももうみんな片付けはじめてて、あんまり見れへんかった。急いで楽器捜すも、確かにアフリカ人が楽器並べてたが、ジェンベとサバールとコラで、何軒かあったアフリカ人の露店全部訊ねて回ったが見事に振られて・・・ううむ、もうええわAngolaもdikanzaも諦めて、ポルトガルを楽しもう !!

 

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 「蚤の市」ではCairoで買いそびれた螺鈿の小物入れとか、エスプレッソ用のかわいいデミタス・カップとかを買って、陽も傾きはじめたしみんな帰り支度なんで退場し、痛む左膝をかばいながら石畳の坂道を歩いて北上。ものすごい景色の良い展望台に出た。

 

 

 

 その脇にAlbergaria Senhora do Monteという、これでもかという眺望重視のホテルがあったんで、冷やかし半分で値段訊いてみたらぶすっとして答えてくれへんかった。ちょっと身なりが悪すぎたかな ??

 

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 そこから東へ、つまり谷底へ道を降りて行くと、徐々に庶民的、を通り越して中国人とアジア人がやたら目につくエリアに入り込んだ。ゴミは散らかってるわガキはわめいてるわ、なかなかええやんけ。しかし下りがまた痛いねん、ちょとその杖貸してえな。

 

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 やがて道はLargo Martin Monizという広場に出た。夕暮れを控えて広場に屋台を出してビールを売ってるアフリカ人がおった。曲がちょっとサウダージなアフリカ音楽だったんで、ビールを買うついでにこういう音楽のライブがないかと訊いてみたら「なに言うてんねん、そこらじゅうでやっとるで」やてほんまかいな、ついでにdikanzaのことも訊ねてみたら、広場の東側を顎でしゃくってみせた。その方向を見てみたら、ああ、なんと・・・Centro Comercial Mouraria・・・この名前はAngola音楽にぞっこんに入れ込んでいた頃に、ポルトガル語圏アフリカ諸国民御用達のショッピング・センターとして、何かのサイトで見たことがある。しかし今回の旅の準備に当たって、ブックマークしておいたそのサイトは消滅、名前で検索しても確たる情報が得られずに見切発射・・・失礼、(なんでこんな字が出んねん「ことえり」のエロじじい) 見切発車した経緯がある。いやあありがとう、これを捜してたんやと礼を言うてビールをもう一杯飲んでからそこへ入って行った。

 

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 入ってみたら、ここは中国人の激安衣料品売り場、大阪で言うたら船場センタービルのようなものやった。左足をほとんど引きずるようにしながら上へ上へと店を回って行くと、なんと最上階はワンフロアが丸々リトル・アフリカ状態で、アフリカの布地や服や民芸品や保存食や雑貨で埋め尽くされていた !! 喜び勇んで「楽器はないか楽器はないか」と鼻突っ込んで行ったら奥へ奥へと通されて、あった !! ・・・しかし、楽器店ではあったが西アフリカのものばかりで、Angolaのものは知らぬと言う。ううむ・・・おそらくLisboa中さがしても、ここでなかったらないやろ。やるだけのことはやった。もう諦めよう。店のラスタなにいちゃんに、ライブがこの辺であるらしいがどの店でやるのかと訊いてみたら肩をすくめて、「ライブっちゅうほどのことやない、バーで歌うだけや」というので、これも探索終了。敢えて深入りせず、せっかくLisboaに来たんやしFadoを堪能するとしよう。

 

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 Martin MonizからRosioまでは、ちょうどAv. Liberdadeの裏手に当たり、観光客ルートからは盲点になっているが、中国人の衣料品店や安い食料品店が多く、ポルトガル自慢の魚の缶詰なども、土産物屋よりも強烈に安い値段で手に入る。この界隈は明らかにちょっと前まではチャイナ・タウンで、そこへアフリカ人が入り込んで来ているという印象だ。途中、ちょうどルバーブを入れるのに手頃な細長い奇麗な段ボールが落ちていたので目をつけておき、部屋に戻って今日買い集めたものやルバーブや、不要になった旅行用品をまとめて発送用に荷造りしてみたが、やはり上手く入らないので、先の段ボールを拾いに行って、えい、やあ、たあと片付けてから、道々アフリカ人のライブでもやってたらええなと思て、わざわざ歩いてAlfamaまで行った。

 

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 結局AlfamaでのFado探索で得られたものは、ほとんどなにもない。というのは、音楽のあり方が、私の親しんで来たものとは違いすぎて、馴染むことが出来なかったからだ。Fadoは主に「Casa do Fado」と呼ばれるレストランで演奏される。そこへ入るには複数であることが望ましく、会食をしながらFadoを鑑賞するというのが、ここでの文化である。したがって、一人で店に入ろうとしても、余り良い顔はされない・・・一人だったからなのか、アジア人だからなのか、風采が胡散臭いからなのかは、実のところ解らなかったが、入ることにかなりのプレッシャーを感じたことは事実である。入場料を払ってライブ・ハウスで聞くというスタイルは一般的でない。しかし防音が施されていないので、どんな歌や演奏がされているか、客の反応や店の雰囲気は、外からでもだいたい解る。馴染みの客、馴染みに連れて来てもらった客は、まっすぐ店に入って行く。ハシゴしながら物色しているのは、たいてい白人のグループである。物色組に声をかけて仲間に入れてもらい、何軒かビール一杯でお茶を濁してハシゴしてみた結果、川沿いの「Casa do Fado e Guitarra Portuguesa」前の広場から、山手へ右の路地を入ってちょっと裏にある「A Baiuca」という店が、くだけててなかなか良かった。他の大多数は、明らかに観光客相手だったが、ここは地元の人たちが楽しんでいる風情である。だからこそ一人では入りにくい、というか多分入れてくれないだろう。入れたとしても、その余りの和気藹々ムードに浮いてしまうことは間違いない。どの店も、それぞれに独自のシステムを持っていて、何部かの構成があり、セットとセットの間にインターバルがあって、そこで客の入れ替えをするようである。入れ替えと行っても多分強制的ではないが、馴染みでない限り一所にとどまって同じ歌手の歌を聴くよりも、何軒かハシゴした方が良いので、物色組はその幕間に飛び出して次を窺うのである。Fadoの歌心のことを「alma」というが、私にはその魂の響きは濃厚かつストレートすぎて合わなかった。Fadoという音楽の聞き所や良さは解るが、それは私のものではない・・・て、またこーゆーことを書くから「知ったかぶりすんな」て言われるんやけどね。ま、追々慣れることですな。


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