2017年04月02日

20170402 播州加西住吉神社北条節句祭

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播州加西の春祭・・・しかしなんで布団なんだろね ?? なんでこーゆー形なんだろね ??

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2017年02月09日

20170209 Kinoplasmat

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 一年ほど前のこと。・・・ナニをやっておるのかというと、実は、だいぶ前に入手した100年近く前のドイツの映画用レンズ、Rudolf Meyer Optikの癖玉Kinoplasmatをデジカメで実用化すべく、フランジバックの実地計測をしているのである。といってもキヨーミのないひとにはわかるまい。このレンズ、L39マウントであれば100万円を軽く突破するほどのレア玉なのだが、まだそれほど知られていなかった昔、マウント不明のものを2万円ほどで買ったのである。このレンズは、絞り開放付近で近接撮影をすると、1m先あたりの背景が見事に渦を巻くのが特徴であって、その描写はレンズ・グルメの奈落の底といわれるもので、もはやこの病に罹患してしまっては生還の可能性はない。趣味に生きる人々は、結局ここに流れ着いて最後の散財を、それも1本のレンズに100万という、非家庭的非実用的大顰蹙的天文学的出費を強いられる・・・で・・・まだフィルム・カメラしか持っていなかった当時、私はL39マウントのボディ・キャップに穴を開けて、スペーサで詰め物をしながら、なんとか50cm程度の近接ならばフィルム面に結像させることに成功し、目測あるいは実測で撮影していた。カネをかけずに趣味の地獄を彷徨うのは並大抵のことではない。もちろん連動距離計の突起が邪魔をするので、一切の突起物のないVoigtländer Bessa Lを使っていたのだが、流石に失敗が多かった。近年になってミラーレス一眼が普及するに及んで、実像を見ながら撮影したく、micro 4/3マウントのOlympus Pen Digitalボディを使うことを思いついた。ところがいくら調べても、このレンズのマウント寸法に該当する規格がなく、従ってマウント・アダプタも存在しないのである。万策尽きて、マウントを製作するという暴挙に着手した。地獄の沙汰もカネ次第というが、カネをかけずに地獄めぐりをするこそまさにこの世の地獄なれ。


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 さて実測経験値によって、このレンズのフランジ・バックはCマウントとmicro 4/3マウントの中間であることはわかっていたが、さすがにマウントを製作するとなると厳密に計測しなければならず、かといって精密な計測機器を持っているわけではないので、三脚にPentaxのオート・ベローズを装着して、その背面にすりガラスを押し当て、L39M42アダプタを介してL39スペーサで微調整しながら、すりガラスに映ったほぼ無限遠の高圧電線のラインをルーペで観察するという笑止千万な愚策に出たわけである。ピントが合った時点でレンズのマウント面とベローズの背面の間隔を測定し、誤差を縮めるために何度も計測して平均値を出し、このレンズのフランジ・バック値を得た。そして、使用する機材であるmicro 4/3マウントのOlympus Pen DigitalボディにはCマウントを介し、そこから繰り出す形のアダプタを想定した。なぜならmicro 4/3マウントののバヨネットを製作するなど、カネがかかるにきまってるからである。二重アダプタは光学的精度に欠けるのだが、カネをかけずに地獄めぐりをしようというのだから仕方がない。さてその計測値からCマウントのフランジ・バックを差し引いた数値が、求めるアダプタの繰り出し寸法となる。カメラのマウントのネジはインチ・ピッチであることが多いので、これも計測する必要がある。様々に試行錯誤を重ねた結果、なんとか手書きの設計図は完成した。さてこれをどうやって作るか・・・もちろん私にできることではない。鉄工所、金属加工所を片っ端から訪ねて歩いたのだが、予想していたこととはいえ、流石にどこも笑って取り合ってくれなかった。2万円程度ならやってやると言ってくれた工場もあったが、いざ設計図を出すと断られた。アルミ削り出しでは薄すぎて強度が足りないそうなのである。


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 諦めていた頃にたどり着いたのが、八尾にある金属加工工場・・・そのキャッチ・フレーズに思わず涙が出ました。「超薄物旋盤加工で世界を回す」・・・噛み締めてくださいこの言葉。ここにもひとり根性の地獄めぐりから生還した人がある。その旋盤を題して「笑止旋盤」・・・参りました、このセンス。この人ならわかってくれるはず・・・そう信じてアクセスしてみたら・・・もうここに書くと涙でキーボードが見えんくなるけんやめとくが、とにかく・・・とにかくできました。もう感謝してもし尽くせないくらい感動しました。ここにその社名を出すと、またぞろ私のような無理難題を持ち込む人があるやもしれんけ、ここでは伏せさせていただき、キョーミのある人なら上のキャッチフレーズで調べるであろうから・・・


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2016年04月17日

20160411 亦楽山荘

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20160411 亦楽山荘

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2016年04月07日

20160403 ちょっと写真散歩

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 ちょっと写真散歩。

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20160402 Kinoplasmat C

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 Kinoplasmat 1inch/1.5 C ・・・ライカマウントだったら100万超えだもんね、ミラーレスM4/3によって実現できたCマウントの直接ピント合わせ・・・単独距離計で数値合わせで撮影してた苦労が懐かしい・・・
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2016年02月10日

20160106 引きこもり失格

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 農作業終了から着実に引きこもって音楽を聴いたりファイルの整理など内省的平和な日々を送っていると、さすがに体がなまる、というか、あちこち痛くなってきて、やもたてもたまらず発散したくなる。近くの山に登ろう、と思ってすぐに山に入れるのがここの良いところだ。が、新名神の工事が進んでいる。上の写真はたしか1年前、それがこんなことになっていて、山道の周回コースは分断されて往復するしかない。


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 まあ良い。この谷を下って向こうの山に登ると、百丈岩という奇岩の名所があって、その高台の奥に綺麗な池がある。そこまで行こう。


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 百丈岩を横から見たところ、垂直面が地上から山頂まで貫かれていて、その屹立する姿を拝むとなんかいいことありそう。ロック・クライミング上級者コースだが、ときどき滑落死している。


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 その頂上から来た道を振り返ったところ、目の前を新名神が横切るのはなんとも鬱陶しい。


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 岩の背後は台地になっていて、平坦で快適な散策道、しばらく行くと、その先に静ヶ池という池がある。水辺を一回りできて、ちょっと広いところもあるので、冬の陽射しを浴びながらぼんやりするのも良い。


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 バイトがあるので、陽のあるうちに戻ってきた。隣の田んぼではおばあちゃんが三反の田んぼを鍬で耕している。「まあ冬はすることもないし長いですからなあ」・・・アタマが下がります。半日の山歩きで体調は戻り、気分も軽くなった。しかしなんやねえ、一週間や十日ひきこもったくらいで体がなまったやの節々が痛いやのと根性のない、本物の引きこもりいうたら5年10年、いや近所には30年以上も引きこもってる人もあるというから、いや私なんかまだまだ修行が足りん、なにごとにも中途半端でアタマが下がりますわ。


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20160104 Focus Selectif

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 私がやりたいと思ってきた写真の作風のことを「ピクトリアリズム」ということを知ったのはずいぶん最近になってからのことだったが、このキーワードをたよって色々と写真を見て歩いているうちに、様々な作品と出会うことになった。最初に心酔したのは福原信三で、彼は言わずと知れた資生堂の初代社長である。しかしなんやねえ、社長が芸術写真家なんて、いまでは考えられんね。人の上に立つ人は、そういう秀でた素質を持っといてほしいもんや。まあええ、ないものねだりはやめよ。ほいでその弟に福原路草というひとがいて、これがその芸名の通り、どうせ社長は兄貴がやるんだろ、俺は一生路草食ってやるってんで写真撮りまくるんですが、その作品が実に良い。兄貴の精緻な作風とは全く異なって、直観的でぞんざいでその軽さが世を拗ねた諦観というか諸行無常の響きを感じるわけだ。

 明治から大正にかけては、そんな作風の流れがかなりあって、いろんな写真家が出た。そのなかで最も感銘を受けたのは黒川翠山という京都の写真家で、作品を初めて見たのは、岩波書店の「日本の写真家 2 ・田本研造と明治の写真家たち」の最後に収録された図版である。1906年頃に撮影された題名不詳の写真で、霧のかかった山道を、笠を被り蓑をまとった男が、天秤棒に荷物をくくりつけ、杖をつきながら歩いて行く後ろ姿を追ったものである。ピクトリアリズムを扱った写真集には、かなりの確率で収録され、同テーマの写真展にも出展される作品で、彼の作品で知られているほぼ唯一のものと言って良い。その情感があまりにも素晴らしかったので、彼のことを調べはじめたのだが、作品集は一冊も発表していない。

 作品が集約されているのは、京都府立総合資料館というところに「京都北山アーカイブス」というのがあって、そこに「黒川翠山撮影写真資料」があるのみ。そこへ行って、その作品のオリジナル・プリントを見せてもらえるかと訊ねたところ、写真資料は番号や撮影場所、撮影日時で分類されているので、図案を示されても検索できないという。仕方がないので片ッ端゜からデジタル化されたデータベースを捜していく。全部見た。が、目的の作品はおろか、およそ絵画的な写真には一枚も出会わなかった。全てが、街や世相の記録写真であって、ピクトリアリズムどころか、リアリズムそのものであった。そうなのだ。彼は芸術写真を目指したわけではない。たまたま撮ったものが絵画的傑作として世に知られた。逆説すれば、その頃の日本は、どこを撮っても絵画的であったということだ。

 その後、2011年になって東京写真美術館で「芸術写真の精華・日本のピクトリアリズム珠玉の名品展」という企画展が行われることになり、ちょうどその頃、私の2010年の旅行の写真展も東京の友達の店でやってもらえることになった。トークライブのために上京するついでにその企画展も見に行こうと思って、店に来てくれるお客さんのお土産用のいかなごの釘煮を炊いている時、あれが起こったのである。2011.03.11のちょうど昼過ぎで、静かにいかなごの鍋にかぶせたアルミホイルの落し蓋を眺めていた。なんの異変もなかった。私は阪神淡路大震災以来、ほぼ確実に地震の前兆を予知できるようになった。しかし人に知らせる間もなく揺れが来るので実用的ではない。「緊急地震速報」よりも数十秒早い程度だ。その私が、なんの異変も感じることなくいかなごの釘煮を仕上げ、ほぼ来場者数に見合うだけの小袋に分け、翌日の出発の準備を終え、就寝前にメールのチェックでもしようとインターネットに繋いで初めて事実を知ったのだた。後日、その規格店の図録を東京写真美術館に注文した。その図録の最初のページに、くだんの黒川翠山の写真があった。見れば見るほど、そのオリジナル・プリントを見たくなった。しかし東京での企画展は、震災の影響で中止になった。

 その企画展は、ほぼ同じ内容で京都で再開されることを知り、それを見に行った。展示の最初にその写真があった。写真展の展示としては、55x40cmと小さな作品だった。しかしゼラチン・シルバー・プリントのそれは、セピア色に少し変色し、独特の風合いと立体感、柔らかな中にも引き締まった輪郭があった。素晴らしかった。データを見ると、東京写真美術館所蔵とある。京都で探してもなかったわけだ。そして今回オークションで手に入れたのは、その美術館が1992年に開催した同じテーマの企画展の図録で、「日本のピクトリアリズム・風景へのまなざし」というものである。それにはまだ見たことのないピクトリアリスティックな彼の作品が4つ収録されているはずだった。そのうち2つが写真である。印刷を通してさえ、彼が写真表現の中で、霧や靄をうまく使っていることがよくわかる。さりげなく風景を捉えただけのようにも見えるが、霧に隠れる淡色によって、手前にくる主題を見事に浮かび上がらせている。これは全くブレッソンの数々の光の使い方をも凌駕するもので、日本の古い風景の中に生きてこそ成し遂げられる描写である。レンズや技術ではない。その光をとらえる決定的瞬間に、万全の態勢でその場に居合わせることができるかどうか、写真はそれに尽きる。

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2015年11月13日

20151021 播州網干提灯祭



 播州の祭見物その3: 網干の提灯祭という魚吹八幡神社の秋祭りである。私は、個人的には播州の祭のなかで、この祭が一番好きだ。なぜかというと、それはこの屋台 (網干では「やったい」という) を差し上げるだけではなく、「チョーサー」といって更に上に放り上げるところが好きだからである。

 https://www.youtube.com/watch?v=MBM2d4yEzRY

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 いつもは本宮を見るのだが、今年は宵宮を見ることにした。なぜというに、網干の提灯祭は、宵宮に提灯練りというものをやって、これが名の由来で最大の見物とされているのだが、実は私はこれを見たことがないからである。本宮では全18村の全ての屋台が魚吹八幡神社に宮入りするのに対して、宵宮では屋台の宮入りはなく、3村の屋台練りがあるだけなので、屋台を見るためならば本宮の方が良い。それに対して宵宮は、18か村すべてから提灯練りが出るので、終りまで見ていると未明になる。私は途中で切り上げた。あまり面白くなかったからである。というのは、下の写真のように提灯を持った男達が神社の前に終結して、中央の提灯に向けてひたすら壊しあうだけだからだ。私としては、本宮の屋台練りや壇尻演芸の方が、情緒豊かで良いと思う。

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 この祭へ行くには少しコツが要る。帰りの足を考えると車での移動になるが、駐車場が毎年変わるからである。しかもその情報は殆ど広報されておらず、交通整理に当たる現場の警察官にも知らされていない。神社まで行って関係者に訊くしか手がないのである。神社のホームページに掲載されている情報は、たいてい正しくない。事実、私はそのホームページのイラストマップを持って行ったのだが、シャトル・バス付の無料駐車場と大々的に表示された東芝の工場は全く関知していなかった。神社まで行って確かめてみると、そこに大きくX印の入った同じイラストマップを渡され、かなり離れた普通の小さな公園へ行くように指示された。しかしそこには駐車場の看板もなく人員も配置されておらず、時刻が早過ぎると本当に駐めて良いのか当惑する。まあそんなローカルの祭である。

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20151018 滝ケ平井

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 秋の一日、未だ紅葉には早いが、気分転換にちょい歩き・・・

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 武田尾駅で降りて、旧福知山線は緯線後を歩くハイカーを尻目に、私は北上する。

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 渓谷の細道に立ちはだかるのは、工事中の新名神高速、情緒も小川のせせらぎも、全て切り崩して埋め立てられてしまった・・・

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 しかし、まだまだ不思議な場所の多い六甲のノルデスチ、長尾連山に繋がるこのエリアは私の故郷。

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 これが生活道路とは、誰も信じてはくれまい・・・

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 滝ケ平井という秘境のような集落・・・

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 光のどけき秋の日に・・・

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 見れば子供の名前も・・・

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