2013年12月09日

20131109 初冬の一日

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 「丹波ハピネスマーケット」というのに行ってきた。


 http://happinessmarket.jp/


 R176を三田から柏原までまっすぐ行ったんでは芸がないので、途中から福知山線沿いに谷川まで、つまり篠山川に沿って川代渓谷を加古川に出る直前まで、ゆったりと辿ったのでありました。ここを前に訪れたのはまだ子供の頃、カブスカウトの舎営で、宝塚から国鉄福知山線の普通列車出雲市行きに乗って、えんえんと諸寄まで旅をしたとき、もちろん当時はDF50に小豆色の木造客車の長大編成、途中で急行「だいせん」や特急「まつかぜ」の通過待ちのために数十分も停車するという古き良き時代、篠山口を過ぎて山あいに入るこの渓谷美が何故か忘れられず、いつかは再訪してみたいと思いつつ機会もなく忘れてしまっていた。この遠回りも、出発してから思いついたもので、記憶の中の川代渓谷、いやなかなか子供の頃の記憶は鮮明なもので、その印象と寸分たがわぬものでした。今は単線でも電化されて、一時間に一本は連絡のある路線だけれども、その周囲の風情は50年前の空気を醸し出している。


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 駅前にたたずむカリーナちゃんも、心なしか風景に溶け込んで見える。


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 鉄道少年なら堪らん風景。画面右手前から加古川線が大阪方に向かって合流してきて奥が谷川駅。その奥に見える山に囲まれて川代渓谷、大阪から来た福知山線はその渓谷を縫うように谷川駅に到着する。駅を出ると画面左の変電所の左へと進路を変えて福知山を目指す。


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 柏原は城下町で、今でもその面影が残る。実はここには、阪神淡路大震災のときまで住んでいた夙川の高級アパート「宝山荘」の管理人がその後身を寄せて住んでおられ、震災後一度お邪魔したことがある。あれからまもなく19年、どうしておられるやとうる覚えの街を探し当てたがご不在であった。


 http://jakiswede.com/4quake/40quake_fr.html


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 さてその帰路、国道沿いの喫茶店の名前に思わず記憶が呼び覚まされる。「コンサートカフェ・パオ」・・・実は、私が移住してきたころ、歩いてすぐの田んぼの中の倉庫で、毎月「真夜中のコンサート」という催しを開いておられるNPO法人があった。しかし数年でなくなってしまい、とても残念に思っていた。その法人の名前が「PAO」といったので、もしやと思って入ってみたら大当たり。現在、三田と篠山の中間辺りのこの喫茶店で催しを続けておられる。思い出話と苦労話に花が咲く。上は、そこで注文した遅いランチ。何の変哲もない豚カツ定食に見えるのだが、今では滅多にお目にかかれない、全て手作りの定食であった。切り方盛りつけ方のひとつひとつにまで心が配られていた。


 実は、彼らも私と同様、農業関連法規を知らずに田舎暮らしを始め、人のつながりに支えられて芸術活動に寄与しはじめた。自治会も後援しチラシやポスターも常に掲示され、マスコミにも取り上げられていた。しかし名前が知られるようになったことが農業委員会の目に留ることとなり、農地を農業以外の目的に転用できないという「農地法」を極めて厳密に適用されて、結果的に追い出されたという。出し物も良かったし、私もミュージシャンを紹介したり、自身共演に預かったりしたのだが、突然閉鎖されて心配していた。農業委員会が出てくるまでは全てがうまくいっていた。地域住民にも支えられみんなに喜ばれていた。文化事業としての助成金も付いて、設備投資もし、継続的に活動して行ける見込みがたった時点での思わぬ行政指導、事業継続に向けて様々に尽力されたものの、結局賃貸契約を一方的に打ち切られて強制退去となり、投資した内装は神戸市が接収して廃棄・・・全くやりきれん話であった。


 せっかく地域が支えた楽しみを潰してまで何を守ろうとするのか、何を拒絶しようとするのか・・・ほんまに農村というところはわからん・・・でも感心したのは、彼らが地主を訴えることなく、高い授業料だったと納得して先へ進んだことである。なぜなら、「訴訟している間に老いるから」だと・・・そうか、私も自分の置かれた苦境を苦しむばかりでなく、なにかひとつずつでも前へ進めるようにしなければ、このままでは埋もれてしまう。考えさせられることの多い一日でした・・・いやいや、これからバイトや。今日は一人勤務の地獄や・・・ (;_;)


 http://www.npo-pao.jp/cafe.html

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2013年12月08日

20131104 亦楽園

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 麦蒔き用の畑を整地しようとして、蘖の稲の切り株を草刈り機で均しはじめたのだが、まだまだ土がぬかるんでいるので、大雑把に排水用の溝だけを切って時期を待つ。夕方からのバイトまでに時間が空いたので、武田尾の「亦楽園」というところまで歩いて行く。これは武田尾駅から旧福知山線の廃線あとをしばらく南下したところから山の中に入る。


 http://www.hyogo-green.net/asahi_04.html


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 紅葉には未だ早く、しんしんとした静けさの中に、先人の遺志の気配を感じる。


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 道は曲がりくねって険しく登る。


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 小一時間ほどの精神の散策である。廃線あとを見ると、今にもこの切り通しをDF50に牽引された出雲市行きの客車列車の長大編成が轟音を響かせて飛び出してきそうな錯覚に捕らわれる。


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 かつての福知山線は、絶景の渓谷美の中を走っていた。車窓から見えるパノラマの美しさは、他に喩えようがないほどだった。


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2013年02月27日

20130211 アート・ガーデン

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 今日は、近隣の田舎を散策かたがた「アートガーデン」にも立ち寄ってみた。この場所については、私がへたくそな文章で説明するよりも、これを読んでいただいた方が良かろう。わたしは、夙川に住んでいた頃、「Pavoni」という喫茶店に時々コーヒーを飲みに行き、阪神淡路大震災の時、壊れた家屋の保全にも、地区の一員として関わった事があって、この場所には縁を感じるのである。


 http://nishinomiya.areablog.jp/page.asp?idx=1000061501&category_idx_sel=10069591


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 家屋は久しく廃虚のままであるが、庭園の方は、時々手入れがされているようである。


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 http://kg-sps.jp/blogs/saito/2012/02/25/102/


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2013年02月24日

20130204 香下寺

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 いつも田畑で仕事をしながら眺める羽束山。形の良い山なので、今日は午後から自転車を駆って行ってみた。


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 ひたすら山を目指して田んぼの間を駆け抜ける事が出来るのも、ここら辺の良いところだ。


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 いくつか山を越え森を抜け、小さな道が続いている。


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 山のふもとには八王子神社という神社があって、その入り口はこのように特徴的である。


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 ふりさけ見れば、なんとこれが能舞台・・・かな (??) でも今では舞台としては使われていないように見受けられる。


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 隣接する香下寺より南を見晴るかすと、遠くに六甲山が望まれる。すばらしい風景である。


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 帰り道、武庫川の堤を走っていたら、鉄道ファン数名あり、中には女性の姿もあって隔世の感あり。何を撮るものぞとおもいきや、


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 なるほどこれか、3月いっぱいで運用を離脱する国鉄色の特急183系か、毎日暇やったらねえ、アンタらみたいに鉄道写真撮りまくりたいもんやけどねえ・・・貧乏暇なし百姓暇なしですわ。まあ精々お気張りやす頼んますエエ写真撮つとくなはれ。帰ってきたら六甲山がこんなに近くに・・・


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2013年02月01日

20121212 ヴァル・パライーソ

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 今日は、昨年ご自宅で転倒されて以来、介護付のグループ・ホームで生活しておられる三味線のお師匠様をお見舞いすることにした。


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 救急搬送された病院に入院された当初は、顔中青あざだらけでとても見られたものでなかったが、今日お会いするとすっかりお元気になっておられて表情も明るく、とても快活に笑っておられたので安心した。


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 表面的には、なんのお変わりもないのだが、10年も通って手こずらせた石頭で不肖のこの弟子のことがご記憶にないのである。


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 「あんた、そんなとこ座っとらんと、はよ私の三味線持って来んかいな、あんた胡弓ひいてや、なんやったっけな、黒髪か??、小簾の戸か??」「ほらもうすぐ出番やでなにぼやぼやしてんねんな」「屋島ぁ??・・・そんな難しいもんがあんたにひけますかいな、かんたんなんにしといたるからさっさとひきなさいんか」


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 こんな調子である。私が誰なのか、何故ご自分がここにいるのか、そんなつながりのことは全くどっかへ行ってしまっているのだが、三味線の曲や歌の細部のことは、実に克明に覚えておられ、私がどこまで習得したかもわかるらしい。しかし私が誰なのかは、ついに思い出していただけなかった。


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 お師匠様のお隣には、これまた快活な声の大きいおばあちゃんがいて、なんでも「ワシはなあ、カーネギー・ホールをいっぱいにしたんやで、あんた音楽の先生やろ?? ワシにはわかるねん」「いえ、私は弟子でお師匠様はこちら・・・」「この人が師匠 ?? なんの ??」「はい、お三味線で・・・」「このひとが三味線なんかひけますかいな、ワシはなあ、カーネギー・ホールをいっぱいにしたんやで、あんた音楽の先生やろ?? ワシにはわかるねん」「いえ、私は弟子で・・・」「ほななあ、今度ワシと一緒に出よか、あんた三味線ひくか、ほなあんたなにする ?? 」「太鼓やったら幾許か人にもお教え・・・」「ほらみてみいな、やっぱりあんた音楽の先生やろ?? ワシにはわかるねん」「いえ、私は弟子でお師匠様はこちら・・・」「この人が師匠 ?? なんの ??」「はい、お三味線で・・・」「このひとが三味線なんかひけますかいな、ワシはなあ、カーネギー・ホールをいっぱいにしたんやで、あんた音楽の先生やろ?? ワシにはわかるねん」ということを延々と繰り返すのである。何回かすると、さすがのお師匠様も「あんた、それはもう聞いたて・・・」「いやいやなにを言う。私はこのことはずっと秘密にしてきたんや、あのなワシはなあ、カーネギー・ホールをいっぱいにしたんやで、あんた音楽の先生やろ?? ワシにはわかるねん」「いえ、私は・・・」


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 このような平和で楽しい一時を過ごした後、一抹の心の痛みをいやすために、海を見に出た。そこには、私が物心ついた頃から建っている二つの建物が今でも健在で、そこには、本物の古き良き神戸のエキゾチシズムがある。


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 日ごろ土と作物ばかり見ているので、このように広い空間を見ると、頭が引き伸ばされてぱちんと切れる。


 http://www.nedogu.com/mdm/


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 塩屋の住宅街は、まさに時に置き忘れられた神戸のリゾートの始まりである。


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 地中海に面したイタリアの小さな漁村を思わせる、小粋な素っ気なさに満ちている。気がつけばもう夕暮れ・・・


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2013年01月18日

20121206 傍示へ

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 私の父の誕生日であるこの日は、年に一度「傍示」の伊丹家が集まる日でもある。集落の八葉蓮華寺の仏像が、縁の者だけに開帳される。


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 集落最古の家は築百数十年、来年には早々に潰すという。研究家とか建築家とか教育委員会に知られたら「保存」の話が出てややこしなるから、とっとと潰してしまいたいというのが家主の本音である。


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 実はこれ新天地を求める遍歴の旅第二弾、先祖を辿れば同じ血筋、農業を継いでくれるのであればというご好意に甘えて諸条件を検討中・・・字は違うけど読みかた一緒やしええんちゃうん ??


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2012年12月19日

20121128 男一匹京都散歩

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 今日は、男一人、秋の京都写真散歩とイレ・・・失礼、シャレ込もう。ゆるゆる起きて部屋の片づけと掃除をして、ぶらり電車に乗って阪急嵐山線の上桂で下車。駅近くの「おばんざい処」でちょっと早めのランチにしたのだが、これが大当たり !!


 http://ameblo.jp/hassan-ya/


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 さて別に散歩であるからアテはない。苔寺へ参ろうとも思ったが、予約のなんので平日にも関わらず大混雑のご様子なので、そんなものはスルー。ぶらぶらと国有林の縁にそって、ネコとの間合いを、互いに敬意を表しつつ確保、目礼して領分を犯さず、嗜みをもってすれ違うこの心地よさこそが散歩の極意である。


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 地蔵院の庭園でしばし時を過ごした後、深い緑と紅葉のコントラストを楽しみつつ訳知り顔でそぞろ歩く。


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 地蔵院裏手の墓地は、たしか大木太一郎が、父の若い頃にマチガイで孕ましてしまった女の女流画家に成長したその弟子と、新たなマチガイに晒される小道具のひとつになった場所であって、その美貌たるやまさに身を斬られるかと思わせるほどに恐ろしいほど美しいとされていた。非常に稀ではあるが、世の中にはそのように生まれついた人もあって、私もそのうちのごく数人と知己を得たのだが、残念なことにいずれとも深い仲にはなりえず、このようにソーゾーの世界に遊ぶしかその楽しみを窺い知れないのである。まさしく初めて遇ったときはガラスを振りかざしてくるような、研ぎ澄まされた迫力があったのだが、世に出て男達の目に晒されているうちにすっかりええオンナになったしまったかわりに、往年の魅力は影を潜めるのが常である。


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 いや実は京都へ来たのには目的があって、そうたいした目的でもないのだが、京都へぶらぶらと散歩に来ると必ずといっていいほど古道具屋を目にするのだが、京都の街の東の外れの坂道で、2階建ての町屋をそっくりそのまま古道具屋にしている店があって、たいていそこを通るのであるが、いざ案内せいといわれると場所が定かに思い出せない。Googleのストリート・ビューを使っても判然としなかったので、四条から今出川まで、東の外れの坂道という坂道を確認してみたかったのである。


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 結局、似たような店はちらほら見たもののそれは見つからず、そんなことをしている間にたそがれ時を迎えつつあった。まあこんなことも散歩の楽しみであろう。しかし誰か心当たりないかなあ・・・木像の古い町屋が、東の外れの東西の割と大きな通りの北側にあってね、全体がアンティック・ショップで、2階にも上がれてカフェもやってたと思うねん・・・割りと大きな通りやし、四条は八坂神社ですぐ突き当たるから、坂道にかかるいうたら三条か丸太町か今出川しか考えられへんねやけどなあ・・・とりあえず行ってみよ・・・


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 えっ・・・?? アフリカの草原を京都の町中に建設すんのん ??


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 愛が尽きて夢は枯野を駆け巡る・・・


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 求む坂道は見つからず、とうとう日も暮れかかり、町中の散策に飽きて哲学の道へ・・・


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 しばし一服の茶を求めて京の外れらしい空間に憩う。


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 結局わからなんだ。さてここはどこでしょう ??


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 なつかしのクラブ・メトロ・・・もう20年は経ってるやろ・・・開店準備中の気配であったが、中から漂う風の香りはどんよりとした夜のアクを含んだ禁断の香りがそのままである。もう知ってる人もおらんやろてスルーして京の散策は終了。


 http://www.metro.ne.jp/


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2012年12月10日

20121115 南田辺近況

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 今日は、私の田畑にも良く遊びに来てくれる永年の親友で全幅の信頼を寄せるN
女史
のお招きにあずかり、久しぶりに阪和線に乗る。天王寺駅の阪和線ホーム、この寂れたユルさがたまらんで。


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 かつて日本一を誇った「開かずの踏み切り」の連続も高架になって、あとは我が母校の最寄り駅「杉本町」近辺を残すのみ・・・しかし地上駅時代の下町風情は、完全に破壊された。この商店街アーケード入口と、高架駅のあいだの空しい「間」は・・・なによ ??


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 私はこーゆーもんをよー作らんのよね。西洋かぶれしたとチューじゃのカレーじゃのは得意やねんけど・・・それにしてもさあ、この「間」はなんなんよ ??


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2012年11月01日

20121028 船坂ビエンナーレ

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 霧雨の「船坂ビエンナーレ」・・・苔むし石清水滴る山里に霧が流れる寂寞の時間、無人の集落に散在する作品を遍歴する雨の一日。


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 霧は山肌や民家を隠しつつ表しつつ雨を呼ぶ。転がり込んだ「作品」のなか、それは白い空間であった。


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 船坂は西宮市北部の山口町に属する。船坂の集落自体は美しい隠れ里なのだが、山口町という「町」は、西宮市の都市部とは別の自治組織を持ち、都市近郊にある山林を売却した莫大な資金を管理する団体がモノをいう典型的なムラ社会である。


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 過疎に悩み、廃校になったレトロな木造小学校校舎と斜面の空き農地を舞台に繰り広げられる前衛芸術は、始まった当初は、静謐な山里の風情と相まって独特の洗練を醸し出していたが、遠巻きに見ていた地元プチ「有力者」たちがモノを言いはじめてからその切先が鈍る。


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 創造活動というものは、あくまで個人的で孤独なものである。それが「公共」と手を組んだとき、その輝き、独自性、迫力は必然的に影を潜める。なぜなら自由が制御されるからである。「船坂ビエンナーレ」も、「地域」と手を組んだがために当初の持ち味は薄められ、作品は減少し、前衛的なインスタレーションと農協の車庫に盆栽が混在する、なんとも奇妙なミスマッチを味わえる催しとなった。


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 http://funasaka-art.com/ 11/22「ベルグ」で会いましょう。


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2012年05月15日

20120515 人生は苦である

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 安らかに眠れ。
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