2018年01月18日

20180118 Ansonia

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1995年より私の新年は1/18より始まる。ほな早速今年のライブ第一弾いってみましょか。宅リハセット完成。

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2017年11月22日

20171122 Choro Ansonia

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ブラジルに「ショーロ」という音楽がある。成立は19世紀ごろでサンバよりも古い。ヨーロッパのクラシック音楽が基礎になっていて、そこにアフリカ系、インディオ系、アラブ系の音楽要素などが混血してできた、まさにブラジルらしい都市ポピュラー音楽である。これの面白いところは、ジャズにも似た即興的な器楽合奏が中心になっていて、ある程度の形式は踏まれるものの、演奏自体は非常にスポンテニアスなものなので、様々な解釈と実験による変奏が可能なところである。それゆえに、これに興味を持った人なら誰に対しても、探求を極めたい人も直感を重んじる人に対しても、門戸が広く開かれているところが良い。事実、ショーロの楽曲を具に聴いていくと、ルネサンスの宮廷舞曲風のもの、東欧からコーカサス地方の吟遊詩、アラブやイベリア風のもの、またアフリカからカリブ海に渡ったであろういくつかの音楽形態の残滓が色濃く残るものがある。これらが数百年の時を越えて楽譜に刻まれ、しかもそれを金科玉条とするでなく、即興的器楽合奏の底本として、今でも自由に演奏表現を膨らませることができることは実に素晴らしい。おそらく世界中を探しても、こういう遺産を忠実に後世に伝え、なおかつ後世がそれを自由に使えるような音楽形式というものは、なかなかないのではないか。さらにショーロは多くの場合、円卓を囲んで飲食を共にしながら気の向くままに演奏されたのである。ここに縁あって先日、京都祇園の小さなレストランを借り切って、解禁されたばかりのボージョレ・ヌーヴォーと、シェフ自慢の手料理をいただきつつ、昼過ぎから日の暮れるまで、ショーロの名曲という名曲をほぼ総なめにしたのであった。集まった友たちは、私のようなブラジル音楽にほぼ造詣などないに等しい輩でも別け隔てなく受け入れて、これに快く参加させてくれたのであった。彼らの心の寛大なことは、まさにショーロを純粋な音楽などと気取らず、ブラジル音楽の粋たる混血性を正統に受け継いで全てを受け入れようとするところにあった。おそらくショーロの創世期には、とりあえず楽器の持てる者たち、人種も民族も、音楽的背景も雑多な楽師たちが集まって冠婚葬祭の席に喚ばれたものであろう。そこでは、とりあえずのテーマとコード展開を簡単に取り決め、あとは各自の音楽的素養に基づく様々な演奏が繰り広げられたに違いない。そこから生まれてきた名曲の数々を、曲として固定化された楽譜を考証学的に探求するのではなく、その上に独自に何を積み上げていくかに力点を置いているところが、この友たちの偉大なところであって、だからこそ共に演奏できるのである。祇園という、私にとってはほぼ縁のない世界で、類い稀なる至福の時間を過ごさせていただいて、みなさん本当にありがとう。またやりましょう。

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2017年10月05日

20171005 Karly en Concert

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Fandangoに向けて、当日販売するカーリー・ショッケールのライブ音源を収録したCDRを、せっせと焼き増ししながらふと思ったことがある。私にとってこのバンドは、本当に掛け替えのない、人生の全てを引き換えに差し出しても畏れ多いほどあまりあるバンドだった。CDRに収録したうちの一曲をここに添付しよう。非常に長くて聞き苦しい音源だが、最後まで聞いてほしい。ちょっとだけ我慢して耳をすませてほしい。歌詞をよく聞いてほしい。これをアフリカ音楽を模倣した日本人の演奏だと思うだろうか・・・そんなことは絶対にあり得ないはずだ。確かに全体の形式はコンゴのルンバに則っているが、この混沌、暗黒、得体の知れなさ、のたうちまわり、悶え苦しみ、出口を求めて猛り狂うエネルギー・・・これはロックであり、パンクであり、我々が通過してきた闇のようなノイズ・ミュージックの結晶体であり、プログレッシヴ・ロック、これこそまさに宇宙である。カーリー・ショッケールは、アフリカ音楽を題材に自分たちの混沌とした宇宙を表現しようとしてきたバンドであった。弾け飛ぶ個性、それゆえになしえた破壊的なエネルギーの放出、しかしそれは非常に不安定で危うい。世の中には一芸に秀でた人がいて、そんな人は往々にして実生活が破綻しているものである。コンゴの本国においても、身の毛のよだつほど美しい曲を作る歌手が、廃人寸前の生活破綻者であることは珍しくない。カーリーにもそんなメンバーがかなりいて、現役時代であった20年以上前は皆まだ若かったから、ほうぼうに弾け飛ぶ個性も、丸ごと許容できる柔軟性があった。だからバンドは成立した。しかしメンバーのほとんどが還暦を迎えようかという今、その過激性ゆえに現実の肉体が滅びてしまった人もあり、その刹那性ゆえに現実の精神が滅びてしまった人もあって、もはや往年の身・技・体すべてに充実した演奏は望みうべくもないが、自分たちの若かった頃の姿の後塵を拝するほど老いぼれてもおらず、情熱を持続させてきたがゆえに身についた多くの経験が演奏の中に生かされて、カーリーという宇宙の別な局面を見せてくれた。そして演奏の底から湧き上がる混沌のドス黒い煙はまたもやスタジオに充満したのである。カーリーでなければなし得ない音世界、カーリーの他には誰にも表現できない宇宙である。老いぼれの大多数は、生きていくために現実に妥協して、さまざまに姿形を変えてはいるが、なかには往年のゴロツキっぷりを十全に残した奴もいて・・・しかし彼がいなかったら今回のライブは成立しなかったはずだし、こうして自分の立ち位置を振り返り、進むべき道を見直す機会もなかったであろう。音楽は、心地よい快楽の時間を与えるばかりが能ではない。生活と生命を賭けた、命がけのドロドロの、なりふりかまわぬ「もがき」だからである。

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2017年09月06日

20170906 Karly @ Fandango

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 今年も色々ありまして・・・要するに人間関係がうまくいったりいかなかったりという、些細なことは日常茶飯事なのだが、時々でかいやつに、それも立て続けに、なかでも相反する評価を受けてしまうと、戸惑う・・・を通り越して、なんか自分のマインド・セットが別のものにすり替わってしまって、それがいいのか悪いのか・・・やはり戸惑ってしまうのです。

 人生にはチャンスやピンチやいろんなきっかけがゴロゴロしていて、チャンスと思って飛びついたら穴に転げ落ちたり、ピンチと見て避けて通ったら獲物を逃していたり、そんなことを繰り返していくうちに、あちこちで頭をぶつけたり天狗になったりして、世間のことがわかってくる。自分の行動は、大体自分の考えの及ぶ程度にしか展開されないので、その結果も自ずと一定の範囲に収まってきて、それを見ている自分の心というものも、やはり一定のパターンに収まってきて、それがいわゆる「マインド・セット」として頭に刷り込まれてしまうので、私は同じ失敗をよく繰り返すし、うまくいく場合のパターンもよく似ている。

 しかも歳を重ねるにつれて、周囲には自分より年下の人の方が増えてくるから、彼らは年長者である私に対して多くの場合、下手に出て来がちである。すると、余程気をつけていないとなんとなくその場をすり抜けてしまうので、自分は問題なく通過できたと勘違いしてしまう。歳をとるにつれてそれが積み重なっていくから、悪くすれば決定的にズレた年寄りが出来上がってしまう。私も時々、そうなりかけている自分を感知することがあって、はたと思い当たっては手が止まり、足が止まり、思考も止まって、しばらくは動けなくなることがある。

 そんなことが農作業シーズン前半を終えた盆以降固まって押し寄せたので、気候が良くなったのに一向に気分が盛り上がらない、すべて停止状態に陥っていたのだが、こないだ急なことで、ストレートな若いやつに出会って、とりとめもない話をしているうちに、不思議に気が晴れて元気が出た。なぜといって原因はわからないし、おそらくお互いにそんなことは意識していなかったに違いない。初対面にもかかわらず、ただなんとなく気が合って、短い時間だったが大変楽しく過ごしたのである。食材を通じた話であったので意気投合できたのだろう、特段の煩わしい説明抜きで、思考がポンポンと目的地近くに落下していく、それを相手が拾ってまた投げる、さらに私が走って追いかけて投げ返す・・・こんなことができる相手はそう多くない。偶然となればなおさら、いや偶然だからこそ為し得たものか・・・そしてその翌日さらに新しい展開が別の場所で別の人物と広がった。続けば続くものである。

 それまでの憂鬱な日々を、掴もうと思えばすり抜けられ、すり抜けようと思えば捕まり、いくら説明しても、こちらの意図とは全く異なる解釈をされて苛立ち、理解を求めようとすればするほど誤解され、さらには窮地に追い込まれて、一文の得にもならないことに時間と労力を (カネはないので) 浪費してしまって噴火寸前だったからなおのことか・・・

 考えてみれば簡単なことだ。掴もうと思ってすり抜けられてしまったのは相手が優っていたせいであり、すり抜けようと思って捕まってしまったのは自分が至らなかったせいであり、こちらの意図と全く異なる解釈をされてこそ知見が広がるのであって、所詮、自分を理解してくれなどと頼む方が虫が良すぎるのである。そのときにそのことに気がつかないのが私の幼いところであって、後で落ち着いて考えて見たら解決法はいくらでも転がっていたりする。初心に帰れていなかっただけのことである。

 しかし今回はただ一つだけ、どうしても解決できずに終わってしまったことがある。相手が男であれ女であれ、長年の人間関係が破綻するほど精神の消耗することはない。しかも若い頃に切磋琢磨しあった相手であればなおさらである。切磋琢磨とは、自分の心身をギリギリまで追い詰めることである。常に最良を目指し、自分を向上させる。そうしながら歳を重ねていくのだが、先述したように、精神の老化から徐々に視野が偏狭になり、やがて程度の差こそあれ、お互いのズレに戸惑うことがある。そのズレがいくら努力しても埋まらない程度に広がってしまっていることを互いに認識することは、絶望的に悲しい。断腸の思い、身を裂かれるような苦痛、虚脱感・・・

 ・・・まあそんなわけで色々ありまして、とりあえず元気は取り戻したのですが、20年ぶりKarly Chockers一夜限りの再結成、リードギタリストが変わります。かつてボーカルを担当していた今井くん老舗Fandangoの大舞台で、人前で初のリードギターです。フロントが少し薄くなりますが、各位20年の放浪の末に集って再燃するロック魂を聞いてやってください。

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2017年07月11日

20170710 Fandango 30周年

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ライブ・バー大阪十三Fandango 30周年記念ライブにお呼ばれいたしまして、なんと「カーリー・ショッケール」一夜限りの再結成でございます。むかしこんなバンドが一緒になって・・・そう、こんな音楽を本気でやってたんよね。素晴らしい時代だった。たぶん、10/07の早めの時間になると思います。まあ聞いてやってください。他では絶対に聞けません。誰にも絶対に真似できません。音楽は根性です。老体に鞭打って、せいいっぱいさせてもらいます。

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2017年02月06日

20170206 Dream Energy

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 おい、またかよ・・・て、ウソよ。旅の情報蒐集で、どうしても中国の領事館で直談判せんなんことになって、ちょっと大阪へ出てたんやが、中途半端に時間が余って悪い癖とは思いつつ楽器屋へ入ってしまった。いやあドエラいもん見つけてしまいました。これはDream Cymbalというて、たしか10年ほど前にアメリカかカナダの愛好家たちが出資して中国の武漢 (Wu-Han) で製造させた一連の企画モノのシンバルで、イスタンブール製Kジルの渋い「鳴り」を追い求めたものなんやが、日本にはほとんど入ってこなかったシロモノである。いまでもアメリカの中古市場を漁ると出てくるんやが、なんせ送料が高くつくので、合計すればアメリカ製のそこそこ良いKジルが新品で買えたりする。現物を見たことがなかったのでかねてより興味津々だったのだが、これである。実は、武漢製のシンバルは、たしか1990年代にかなり大量に出回ったことがあって、主にチャイナタイプのエッジが反り返ったシンバルだが、トルコタイプのものや、反りが緩やかな河南 (He-Nang) タイプ (ジルジャンでいうところのPang) のものもあった。その当時は、シンバルは華やかに鳴るのが良いという感覚だったので、渋い「鳴り」というものに関心が行かなかった。チャイナタイプのものは使えるので持っている。しかしトルコタイプのものは、何度か巡り合ったものの購入には至らなかった。しかし音は覚えている。倍音が多く、暴れるような刺激的な音だった。コントロールが難しそうだが、手懐けると病みつきになりそうで、ジャズ系かなと思って手を出さなかったのだが、ここんとこジャズ・ドラムに挑戦しているので、その音を思い出し、色々と散策していたというわけだ。形状は、ハンド・ハンマーの跡がくっきり残る手作り感満点、シンバルというより、ドラに近い鳴り方がしびれるのである。その後、チャイナタイプのものは日本の代理店がライセンスをとって、K.M.K.とかWu-Hanのブランドで、今も販売されているが、トルコタイプのものは見かけなくなった。で、上のような話を聞いたので、以前から興味があったのである。試奏させたもらった。・・・うううんんん・・・Wu-HanHe-Nangを聞き覚えた耳にはちょっとおとなしすぎるというか、せっかくの荒削りのシャープネスを、わざわざ削り取って光沢を出したこの外観のとおり、個性が薄められてしまって、これならAジルの60年代の薄くて汚いやつがまだ安くゴロゴロしてるから、そっちの方がええな、という結論を得てパソコンの前に座ったのでした。で・・・どうしたかというと、そう、そのAジルのまさに60年代の22インチで2200gくらいの薄いやつが安く出てたので・・・今回は踏みとどまりました。買ってませんよ、断じて買わなかった。断じてポチらんかった。ホンマホンマ・・・でも最近ジルジャンより60年代のパールの日本製のデラックス・シンバルの音が懐かしくなってきてね・・・前のドラムセットには、そんな音が良う似合う。

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2017年01月18日

20170117 Ditumba

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 今日で阪神淡路大震災から22年たった。毎年どん底に落ちる心身状態をなんとかしたいといつも思っているのだが、ひとりでいると、どうしてもあの時あの場所に立ち戻ってしまう。今日は、たまたまお誘いをいただいて、淡河のジェンベ名人宅にて、家主様所有の破れたジェンベの皮の張り替えをお願いする傍ら、私も皮の張りが不十分だったディトゥンバの胴体の補修と皮の交換をすることにした。写真では見えにくいが、この太鼓の道は柔らかい白木でできていて、底のささくれが気になっていたのを、このような手作りの道具で改善していく。


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 このディトゥンバは、2010年にコンゴを訪ねた時に、現地の太鼓作りのにいちゃんに作ってもらったものだ。名前はPapy Kingoloというので「金吾郎」君と呼んでいた。エッジはかなり大雑把な仕上げだったものを、ちょっとは日本人らしく平らに仕上げ、両側からエッジを立てていく。白木なので工作は早い。所々に名人のアドバイスが突っ込まれる。


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 で、さらに名人のアドバイスに従って、前日から水に浸けてあったヤギ皮を叩いて伸ばして柔らかくしておく。これをやるのとやらないのとで、皮の持ちや鳴りはじめが大きく違うらしい。ちなみに、真ん中に一本通っている筋が背骨にあたり、これを太鼓の中心線に合わせるのが必須とのこと。私なんも知らんと今までメンテしとったわ。


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 ディトゥンバはゆるゆるに張るので、そんなにテンションを上げる必要はなく、リングを使わなくてもこの程度の引っ張り加減で良い。完成状態を載せるの忘れてたが、これで周囲を釘止めし、余分の皮をカッターで落として出来上がり。鳴り具合は皮を馴染ませたあと後日アップします。


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 一方、ジェンベの方は、皮を載せる前に、一度リングの外周をくぐらせて余白に穴を開け、中心に向かってこのように絞り込んでおく。これで少し水を切れば絞られた部分の滑りが悪くなって締込み中に緩むことがない。このプロセスを入れなければ、ジェンベとして十分なチューニングまで行かないか、行ったとしても、リムが異常に下がって演奏がしにくくなるとのこと。その後、全体にロープを通して、このように仮締めしていく。いやあ勉強になります。


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 何度も増し締めをするのだが、素手で手に負えなくなったら、くわえたら離さないタイプのストッパー付きプライヤーで上を止めておいて、下を棒巻きにして増し締めしていく。何度か増し締めしたら、皮が濡れているうちは無理せず馴染ませる。


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 一週間程度陰干しして皮が完全に乾いたら、この縦ロープにクロスするようにして横にロープを巻き込んで行って、最終締め付けになる。。私はそのプロセスで自転車用のパンク修理レバーを使います。いや勉強になりましたホンマに。ここでコンゴ風の太鼓やディトゥンバ制作したら売れへんかなあ・・・


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2016年09月19日

20160914 直前の悪夢

 「摩耶アコースティックピクニック」と「リュックサックマーケット」には、今後参加しないことを決めました。お客様には大変申し訳ございませんが、やむを得ない判断です。直接の原因は、「リュックサックマーケット10周年記念ピクニック」のトークライブが「アコースティックピクニック」のステージと一体化して行われることがわかったからです。誰が決めたのでしょうか、私はなにも聞いておらず、私たちは自分たちのイベントを自分たちで決めて良いはずでした。でもそうではなかった。私はこういうことが一番嫌いです。自由にやって良いというならば自由にやって良いはず、端で見ていて美味そうになったら横取りする、こんな百姓みたいな根性が私は大嫌いです。

 「リュックサックマーケット」というのは、もともと「六甲山カフェ」のプロジェクトの一環で、芦屋の高座の滝のたもとにある「大谷茶屋」周辺で始まったものです。「カフェ」と名のつくとおり、これは飲食の提供を伴ったものでした。私は途中からこのプロジェクトに賛同して活動に加わりました。「山にカフェを持ち込む」ことにより広範に山を楽しむきっかけ作りは広がりを見せ、摩耶山においてはmayasan.jpにもあるとおり、様々な活動に発展的解消を遂げていきました。その時点で、「リュックサックマーケット」は「六甲山カフェ」の手を離れて公的な運営主体に委ねられました。

 一方、大谷茶屋を拠点にした飲食提供を目的とした実店舗の「六甲山カフェ」は、「日替わりマスター」制を敷いて定期的な活動を続けており、途中参加の私がその代表を務めることになりました。しかし「洞窟カフェ」として人気が出た反面、湿気や漏電、衛生管理状態など多くの問題があって、苦情が相次ぎ、警察・保健所・消防署から行政指導を受ける羽目になり、その対応に追われました。

 最も厳しい指導は保健所のもので、そのうちの一つに「六甲山カフェ」という屋号が「大谷茶屋」の営業許可の要件を逸脱しているから使用しないようにというものがありました。活動を続けるには、一時的に「六甲山カフェ」を名乗ることをやめなければなりませんでした。そのうえで、合法的かつ安全に、しかも「六甲山カフェ」の名称を復活させるために私は様々な努力をし、排水設備や電気系統を改善したり、知り合いの厨房を借りて製造許可を得る努力をしたりしました。また、事故が起こったとき、現状では責任はすべて大谷茶屋が負わなければならなくなっていたのを、資格を修得して私が負えるようにしました。こうした努力で、法的要件を満たしながら「六甲山カフェ」の名を守るめどが立ったのですが、日替わりの各マスターにも、彼らが担当するメニューに応じた資格をとってもらわねばならず、そこで猛反対にあいました。

 その後、何度も話し合いをし、理解を得ようと努力したのですが、ついに意見はまとまらず、私は「六甲山カフェを潰した男」として退場せざるをえなくなり、復活した「六甲山カフェ」では「大谷茶屋」で許可されていないナマモノなども堂々と販売され、代表者として私の連絡先が公表され続けたために、苦情や指導はすべて私の元に寄せられるようになりました。こちらから何度も改善を申し入れましたが現状は変わっていません。つまり、彼らは自分たちのやりたいことを実現するためには手段を選ばないのです。

 その中心人物が、「リュックサックマーケット10周年記念ピクニック」のトークライブに名を連ねている面々です。そしてこれは同窓会なのです。そんなステージには、私は死んでも立ちたくありません。私はmayasan.jpにも問い合わせましたが、人脈が繋がっているので当然ですが、これらの活動は「六甲山カフェ」との一貫性を失ってはいなかった。しかも、「六甲山カフェ」のブログにも、これを期に「リュックサックマーケット」へも積極的にコミットしていくという意思表明がなされており、主催者もその通りという方針を述べられた。

 もちろん反論して戦う方法もあります。しかし、何の関係もないお客様の前で論争なんてできないし、主催者側で決まってしまったものを、私の個人的意見で変えさせることもできない。しかも彼らはエリート中のエリートで頭脳の出来が私とはかけ離れていて、限られた時間で私が彼らを論破することなど到底不可能だと思います。情けなく、残念なことですが、私が退場するしかないのです。

 まあ大体そんなことです。いろいろ楽しかった。感謝してます。次なる活動の場を見つけようと思います。ありがとうございました。

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2016年07月07日

20160703 奈良ボッサ夜会

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 「奈良ボッサ夜会」・・・どんなジャンルであるかにかかわらず、音楽は表現である。その人の生き方、その人がその時に行っていることなど、いろんなことがさまざまに関わり合って、その時どんな音楽になって現れてくるかが決まってくると思う。内から出る叫びが聞こえれば、それが研ぎ澄まされていればいるほど、私の心は動かされる。ジャンルなんてどうでも良い。音楽は自由な表現だ。


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2016年07月01日

20160515 須磨の風

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 56歳、いよいよ還暦も近づく。今日は気楽にアコスティックに「須磨の風」・・・誰にも知らせず告知せず、まあ身内だけでかるーく楽しませてもらったよ。


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