D’Angelo: Brown Sugar (CD, EMI E2-32629/ EMI 7243 8 32629 2 2, 1995, US)
Brown Sugar
Alright
Jonz In My Bonz
Me And Those Dreamin' Eyes Of Mine
Sh*t, Damn, Motherf*cker
Smooth
Cruisin'
When We Get By
Lady
Higher
https://www.youtube.com/watch?v=H_WzjiTzZBA
1995.01.17を境に全てが変わってしまった。なにもかも。もうそれ以前のようには戻れなくなった。心も体も。それまで集中していたこと、あれほどかけがえのなかったことにも、全く興味が湧かなくなった。空虚な心を、冷たい乾燥した風が吹き抜けた。感情、というものさえ、それがどんなものだったのか、人として一生懸命に思い出そうとしたのだが、全くダメだった。破壊と混乱と喧騒の一ヶ月が過ぎて、重機が街ぐるみ地上を引き剥がして行った後、私は全く何もない状態であてどなく彷徨った。居場所は遠いところにしかなく、そこは別世界だった。私の世界はここにあるはずだったが、ここには何もなかった。こんなことが起こるなんて、誰も全く予想していなかった。それまでは、周りのものは全て正常にそこにあり、社会には秩序が保たれていて、世界は、まだ、平和だった。要するに、概ね万事、順調だった。もちろんすべてに安心して満足していたわけではない。そもそもそんなことはあり得ない。しかし、明日のことを計画し、未来に希望を持つために踏ん張ることのできる足がかりくらいは、確かにしっかりと足元を支えていた。それが全て消えて無くなった。明日の屋根はおろか、今夜すがるべき軒下もなかった。要するにそれまで当たり前のようにあったすべてのものが、跡形もなく消えた。秩序も常識も、感覚も狂った。水平と垂直さえ、おぼつかなくなった。構造物など言うに及ばず、地面が最も恐ろしかった。ゲラゲラと笑いたい衝動をこらえて、狂っていく気持ちを抑えるのに必死だった。たしか、初めて街へ出た時にたまたま手にしたのがこのCDだった。もう一度自分の心を埋め戻していくように、CDショップの試聴コーナーに一日中かじりついていた。それまでのジャンルの音は、とても聞くに耐えなかった。この心の冷たさ、虚無感を真っ当に評価してくれるような音、その片鱗だけでも良いからと思って、心の拠り所を探し求めるように音を貪った。Hi Hopは1970年代後半頃から日本でも伝えられるようになったので、ロックからパンクへと興味が移るにつれて、やがてそれらを耳にすることが多くなった。音楽活動を続けるうち、周囲にも多くのバンドができて、一緒にギグを打つようにもなったので、常に身近にはあったが、自分から身を入れて聞こうとしたことはない。しかしこのことがきっかけで、一時的ではあったが、ぐっとこの世界にのめり込むようになった。にわか仕込みなので、このシンガー・ソング・ライターの来歴や活動、それを取り巻くシーンの流れなど詳しくは知らない。しかし、この独特の重さ、暗さ、彫りの深さは、紛れもなく黒人のものであり、それに惹きつけられ、アフリカとは全く異なる世界へ私を誘ってくれたことだけは確かである。D’Angeloの作品としてはアルバム次作の ≫Voodoo ≫の方が高く評価されている。しかし私にとっては、よりシンプルでメロディアスなこちらの方が心に馴染む。