黎明期の35ミリ一眼レフに用いられた標準レンズとして、Carl ZeissのBiotarと双璧を為す名レンズにMeyer GörlitzのPrimoplanがある。上の写真は、私の所有する3種類のPrimoplan、左から、戦前型のコーティングのないもの・戦後初期のVコーティングの施されたもの・後期のプリセット絞りのものである。これらについて比較してみようと思う。
Meyer Görlitz Primoplan 1:1.9 f=5.8cm Nr.881647 for Exakta・・・写真左端のレンズである。資料によると、第二次世界大戦前の1936年ごろからExakta用に製造された。焦点距離が「cm」表示になっているものは戦前のものだとされている。ずっしりと重く、ガラスはコーティングされていないので、フードは不可欠となる。また同時期のBiotar 5.8cm/2 と同じくらい多くの絞り羽根を持っていて、ほぼ真円形に絞られる。プリセット機能もない手動絞りである。
状態としては、80年近い年月相応に年季が入っている。僅かに曇りがあり、埃の混入も見られる。前玉に細かい拭き傷が見られるが、全体として汚いという印象はない。絞りリング、ピントリングとも、やや動きが硬い。設計としては非常に古く、現在のレンズにない様々な欠点が見られる。最も大きな欠点は、絞りを開けてある程度近接撮影したとき、背景に表れる実に艶めかしい渦巻きボケである。これは非常に強烈で、これに取り憑かれると、まともな写真表現から遠く逸脱して、このねっとりとした渦の中に身も心もどっぶりと耽溺することにしか悦びを感じなくなる。精神をおかされる深刻な病である。これを治療するには、Primoplanの前身であるKinoplasmatという、描写の破綻したレンズを購入して底打ち現象を期待する以外に方法はない。しかしそのレンズは極めて希少であって、そのライカ・マウントの個体は1本数百万円もする。これを俗にMeyer症候群という。
その症例である。コントラストは低く発色は地味である。ピント自体も甘い。これを柔らかい描写というのかどうかはわからない。自転車のハンドルまで約2メートル、絞り開放、曇天であった。背景に反射光があれば、もっと渦は派手になると思う。
Meyer-Optik Görlitz Primoplan 1:1.9/58 Nr.1184778 for M42
戦後の早い時期に製造されたと思われる。上のレンズと形状はよく似ているが、重量は非常に軽く、レンズは軽く青いコーティングがされているが、ガラスは僅かに黄色がかっている。絞り羽根は14枚あるが絞りの真円度は上のレンズよりも劣る。
少しピントが甘くなってしまったが、背景の描写の比較にはなる。ボケ味は戦前タイプと良く似ているが、僅かに日が差していることを差し引いても、色の抜けとコントラストはこちらの方がよりはっきりしている。
Meyer-Optik Görlitz Primoplan 1:1.9/58 Nr.1560780 for M42
1950年ごろの製造と思われるプリセット絞りのついたレンズである。アイレベル撮影での保持のしやすさを考慮してか、わざわざ鏡胴を大きくした感がある。中のレンズそのものの大きさは上2者と変わりなく、特に鏡胴先端から前玉までが無駄に深いので、フードが要らないほどである。絞り羽根は上と同じく14枚であるが、絞ると明確に14の角が現れて、真円に絞ることとは逆の設計になっている。
同じ距離ではこのレンズのボケ味が最も特徴的である。ピントの合った部分の解像度も申し分なく、色の乗りやコントラストも、独特の地味さ加減を残しながらも今に通用する描写である。