2012年12月11日

20121118 スハネフ22 25

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 今年の「船坂ビエンナーレ」は、棚田の部分での展示が減ったかわりに、蓬莱峡や生瀬にも展示があって、空間としては面白そうな展開になっている。ここはハイカーならば知る人ぞ知る俗称「蓬莱峡ブルー・トレイン・キャンプ場」。


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 かなり傷んでいたものであろう、それでもきれいに修復してある。夢を見るには充分だ。


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 車内に入ってみると、タバコと汗とフェルトと毛布の入り交じった、いにしえの国鉄の匂いがする。窓の向こうは紅葉である。


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 この車両には展望室がある。しかし片方の窓の部分のみが少し広くなっているだけで、座席も何もない。カメラを構えている位置の右手は、すぐに乗降口である。スハネフ22 25という。これについて書きはじめるととりとめがなくなるのでやめておこう。かつては日本を代表する花形寝台特急に使われていた車両、しかもテール・マークを輝かせて最後尾を飾っていた名車が、いまは雨の蓬莱峡で静かに朽ちるのを待っている。22系寝台車には、私はかつて夜行急行「だいせん」の上りに乗ったことがある。それにも最後尾に展望室がついており、それは、たしか窓二つ分全体が展望室になっていて、ソファが備えられてた。五島列島かどこかへ行った帰りの便に利用した記憶がある。ちょうど新緑の頃だった。夜が明けてしばらくすると、列車は武庫川渓谷を蛇行しながら駆け降りていった。丸窓から飛び去っていく緑の薄明かりの奔流が、今でも忘れられない。


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 展望室脇の小窓を開けると、紅葉と雨雲に挟まれた蓬莱峡の絶壁がことのほか美しい。


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 寝台に座って乗客気分を味わう。雨の渓谷を走る幻想に駆られる。


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 なんと、トイレ脇の冷水機には、付属の折り畳み式紙コップがまだ残っていた。長距離列車には、必ずこれがついていたものである。乗車記念にひとつもらっておこう。車内はきれいに清掃されていて、寝台や装置のすべては正常に動いている。通路側の折畳み補助イス、寝台の梯子も、昔の国鉄車両のしっかりとした造りが実に懐かしい。しかし、当時「動くホテル」とまで言われた最高級の車両にしては寝台が狭く、荷物を収納できる場所もない。しかし当時はこれで良かったのかもしれない。私も長期の旅行に夜行列車をよく使ったものだが、荷物の置き場所に悩んだ覚えがないので、多分そんなに大きな荷物を持って旅などしなかったのであろう。鉄道ファンなら何時間いても退屈しない貴重な保存車両である。


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 展示作品 ?? ・・・そんなんあったっけ・・・
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2011年10月27日

20111001 吉備真備

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 人に喚ばれて岡山まで日帰りの小旅行である。トコトコと電車で行く。最寄り駅は、神戸電鉄の道場南口駅である。やって来た電車は、古き良き関西の私鉄の面影を色濃く残す1100系であった。好きなんよね、この雰囲気。


 


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 窓の感じも、今風に言うとレトロであり、風景も極めて農村。かつて阪急電車の3058Fが次に廃車になる候補だろうと書いたことがあったが、その通り9月に廃車になってしまった。そういうスケジュールを事前に知っているファンもいて、多く写真や動画におさめて記録に残してくれているのはありがたいことですな。なかでもあの車輌の雰囲気を正しく伝えているサイトがあったので、ひとつご紹介しておきたい。


 


 http://blog.goo.ne.jp/bussa100/e/80039da012676d732a448da48b61812c


 


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 で、旅の方は谷上で神戸市営地下鉄に乗り込み、新幹線で岡山へ・・・時間があればローカル線で参りたいところだったが、地球に優しいスロー・ライフは、ニンゲンにとっては過酷な過密スケジュールを強いられるのである。


 


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 岡山駅で目にした、京阪神では珍しくなった所謂「東海型」、114-115系の瀬戸内ー広島地区仕様の3000-3500番台ですな。この辺の車輌は膨大に量産された上に、長寿命の間に地域の特色に応じて改造されているので、系統を追いかけるのはマニアにまかせときますわ。好きなんですけどね・・・


 


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 そして伯備線のホームへ行ってびっくり。キハ40系が今も現役で国鉄色を纏っているではないか !! 見よこの質実剛健たるゆゆしき勇姿。チビルほどかっこええですね。みなもの全てが軽く優しいデザインに満たされて行く中、動くもの、機械というものは本来武骨であって、それを人間が動かすことは手強く危険なものというあり方が外面にまでにじみ出ている。オートマチックで扱いやすくて安全装置に守られた機械に囲まれていると、その機械を扱う人の危機意識の方が退化してしまって、ちょっとミスしたら気づかぬままにいきなり地獄に叩き込まれてる・・・なんてことが往々にしてありませんかね。スピード感の感じられない快適な車に乗っていると、事故が起こる予感が鈍ってしまって、しかし事故は起こりうるから、起きたときにとんでもない現実に叩き込まれる。それも予期せず突然に。しかし私のように危うい車を操っていると、常に危機意識を持って運転しているから、起こるかもしれない事故を予知する感覚は研ぎすまされて、結果的に事故は起こりにくくなる。国やメーカーにとっては、こんな儲からない考え方よりも、運転者を迷妄のぬるま湯に浸けておいて、付加価値でつり上げた車を売りつけ、自己の責任はユーザーに押し付けた方が、多少の人命は犠牲になったとしても、トータル・バランスとして経済効果が期待出来る。ことほど左様に、今の工業製品は、だいたいそのような考え方で製造されているから、なんか常にままならぬものに騙されているような感じがして、ときめく魅力というものが感じられないのでしょうな。


 


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 日本のローカル線の旅はええのう。ちょうど下校時間帯で、地方へ行くほど都会志向に過激な風貌を強調する高校生の男女がね、縄張りはってにらみ合いながら電車を待ってたり、その緊張感を維持しつつ一定の距離をとりながら、乗り込んで来たり足広げたりたむろしたりしよんのね。でもね、ワンマン車輌の出入り口ひとつんとこツッパリ合って出入りすんのも毎日大変なことやろなあ、心中お察し申し上げますわ。ご苦労はんなこって・・・


 


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 総社の街には古い街道が通っていて、岡山から備中高梁へ至る「松山街道」という。総社は古来より穀倉地帯である吉備の国の領有を巡ってイロイロあって・・・、まあそんなことはよいのだが、特に私の本家のある周辺は古い町並みがよく保存されていて、なかでも異彩を放つこの建物は「まちかど郷土館」という明治洋風建築で、国の登録有形文化財になっている。


 


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 ここは備中の薬売りの里であり、私の家の家系も、一説によると伊丹の居城を追われて散り散りになった後、岡山に隠れ住んだうちの一派が糊口をしのぐために薬売りに身を転じ、後に仕官して専門家としてテクノクラートの仲間入りをしたとのことである。我が家はその岡山一家の中の傍系であろうと思われるが、一族に医療関係者が多いのは、この流れを汲んだものかもしれぬ。またこの地方は良いイグサの産地であって、館内にはその栽培方法や加工の実際を機械とともに展示してある。


 


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 その異国情緒に溢れたサロンから街道の西を望むと、どん突きに見える茶色い瓦の家が本家、かつての「伊丹醫院」であって、その職を継いだ者はいないが、私を含め従兄弟たちには独特の職人気質が今も受け継がれている。


 


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 ご近所さんのほとんどはしもた屋空き家、あるところはこのように若い人が移り住んで楽しいこともやっちょるみたいやけん、ちょっとは遊んでくれるかもしれん。


 


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 吉備といえば備中国分寺、総社へ里帰りすればこの風景を見ずにはおられない。街道から外れれば、延々と農地が続くのである。私も、農地や道具が確保出来さえすれば、自由気侭に作らせてもらえることを条件にこちらへ移住しても良いかなと思いつつ・・・あ・・・喚ばれた用件ね・・・コレですわ・・・


 


 http://blog.omolabo.com/?eid=131


 


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2011年07月14日

20110704 Osaka Loop Line

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 今日は病院・販促の仕事・家庭教師の三連発である。当然乗り換えの階段を駆け上りながら弁当を食う。走りながら弁当箱を広げてご飯やおかずを食べるのにもだいぶ慣れた。なせばなる、なさねばならぬ、何事も・・・しかし今日は、なしてもならぬJRの遅れ・・・おまえらホンマにええ加減にせんかい乗る三度に一度はダイヤ乱れてるやないの。営業距離長いからあるていどしゃあないと理解はするけどやねえ、その後処理がまずすぎるよな。たとえばダイヤが乱れてる。客は目的地に早く着きたい。職員は客が最も早く着けるように案内するのが仕事のはずである。しかしJRはそうではない。どの列車がどれだけ遅れてるかという、おのれの基準でしか物事を計れない。たとえばこういう具合・・・ダイヤが乱れていて普通列車しか来ない。目的地に着くには通常は快速列車を使うのだが、普通列車が先着するというので客はそれを信じてそれに乗るのである。ところが走り出してしばらくして快速列車に抜かされる。当然客は怒って車掌に詰め寄るのだが、JRの車掌というものはこちらの怒りには全く気づかないように教育されているらしく、「あれは遅れていた快速列車です」と言うのである。客は一瞬その答えに戸惑う・・・しかしやがて自分を取り戻し、あの快速列車が遅れていたかどうかの問題ではなく、乗車する時点でどの列車が最も早く目的地に到着するのかを客に伝えるのが君の任務だろうと詰め寄ると、やはり涼しい顔で、この列車は後続の快速列車を皆さんが乗車した駅で待ち合わせするはずだったが、それが遅れているので先発した、終着駅までその快速列車よりも先に着くのでこの列車が先着すると申し上げたのである。あのな、そんなことはどーでもええねん、と押し問答しているうちにもう一本の快速列車に抜かれ、さらに客は爆発するのだが、車掌は涼しい顔で「あれは次に遅れていた快速列車です。この列車を追い抜くはずだった後続の快速列車はまだずっと後ろを走っています」・・・やれやれ、こいつになに言うても埒が開かんので、客は申し合わせて次の快速停車駅でおりて快速を待つのだが、大抵その時点で快速列車の運転が全面的に休止されたりするのである。

 このような彼らのセンスは平常時にもよく見られる。私はバイトでJR道場駅から大阪駅まで乗るのだが、途中の西宮名塩駅で、後続の「丹波路快速」大阪行きに乗り換えるのが常である。これに乗っていると、宝塚駅に着く前に乗り換えの案内があって、普通列車はここで乗り換えろと案内される。宝塚から尼崎までの間には、中山寺・川西池田・北伊丹・伊丹・猪名寺・塚口の6駅があって、快速は北伊丹・猪名寺・塚口の3駅を通過する。宝塚に到着した時点で普通列車を利用する客というのは、すなわち快速の停車しないその3駅、北伊丹・猪名寺・塚口へ行く客に他ならない。ところがこの快速列車は、次の次の川西池田で普通列車に接続しているのである。つまり、北伊丹・猪名寺・塚口へ行く客は川西池田で普通列車に乗り換えるのが早いのであって、なにも宝塚で降りて後続の普通を待つ必要はない。しかしこのように案内するのは、つまり宝塚が快速と普通の連絡駅と指定されているからである。これはJRの車内の決まりであって、客には何の関係もない。知らない客は案内通り乗り換えて、最も早く行ける便よりも15分も遅れて目的地へ到着するのである。このことについてはJRは感知しない。

 私のこよなく愛する阪急電車はこんなことはない。どの電車がどれだけ遅れているかなんて客には関係ない。いまどの電車が一番早く着けるのかが問題であることが解っている。JRはひたすら混乱するばかりか、電車のスピーカーが八釜しいので困る。阪急の車輌は、車内用と車外用のスピーカー2系統を昔からもっていて、車内の客と、ホームで待っている客とに使い分けている。しかるにJRでは、車内用のスピーカーしかもたないので、車外の客に発車を知らせるには車内用スピーカーの音量を上げて車外へも聞こえさせしめんとするのである。しかも、暑さ寒さの厳しいおり、車内温度の保持と電力の節約のため、停車時間の長くなる駅ではドアの開閉を手動にする、つまり閉まったままにしておくので、その状態で車外に発車を知らせるには、ものすごい大音声を車内に響き渡らせ、声を車外に漏れ聞こえさせしめんとせんければならない。これがダイヤの乱れているときは車内は地獄である。発車するのかしないのかの命令が混乱するらしく、とにかく客を車内にとどめようとするから、大音声で自分の列車の行き先をがなるのだ。それが混乱した大きな駅では停まっている全ての列車でやるもんだから混線して訳がわからんし、いちいち耳が痛い。しかも三回乗ったら一回はこれをやられるので、JRで外出するのが億劫になる。なんとかしろ。

 ああ写真ね、大阪環状線は今やかつての中央線関東方面を走っていた200系のオン・パレードなのだが、たまにはこうして100系が走ってくると懐かしいのよね。かっこええね。今はほとんど阪和線へいってるよね、こないだその100系1号車が廃車になったね。この大阪中央郵便局の建物もたぶんもうすぐ解体やろね。

 

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posted by jakiswede at 23:44| Comment(0) | 鉄道少年の夢 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年07月10日

20110629 阪急3000系の現在

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 なんで毎日こない忙しいんやろ。細かいバイトばっかり増やしすぎたせいや。ひとつのバイトなら連続して決まった日時に仕事があるが、適当な仕事がないので個別の小さい仕事を増やしてしまうと、ひとつが変更になった場合にほかとの融通が難しくなったり余裕がなくなったり効率が悪くなったり二度手間三度手間になったりする。今までじたばたしても仕方がないとふんぞり返っていたのが、いよいよ水底が見えはじめたところへカリーナちゃん救出の大散財をいてこましたもんやさけできる仕事を全部引き請けてたらこんなことになってもた。移動時間ばかり増えて農作業は思うようにはかどらず、絶好の日和の日に限って一日中バイト、それもあっちでちょっとこっちでちょっと、やっと手が空いたと思ったら土砂降りの雨、仕方なく他の用事を片付けはじめると急に晴れ渡り、ならばと思って野良着に着替えるとザァァァッ・・・天気と仕事に振り回されて疲れ果て、食事をする時間もないので弁当を作って移動中の電車の中で食おうと思っても弁当を膝に乗せたまま寝てしまう。乗り換えてから食おうと思っても、座ったら寝てしまうほど疲れていて食う元気がない。仕方なく乗り換えの階段の上り下りやホームで待つ間に立って食っていると流石に怪訝な顔で見られるのだが、時間はないわ腹は減るわで、こればかりは他人目など気にしていられない。ちょっと食っては走り、走っては食う毎日である。

 さて今日は、久しぶりに流通業界からの仕事の依頼でメーカーとの打ち合わせである。スーツ着用の面接であって、それでも梅を早く処理してしまわんと傷むから早起きしてそれやって、ほかに片付けとかんなん作業もあって直前まで泥だらけであったので、弁当を作ってJRから阪急に乗り換える陸橋を走りながら弁当をかき込んでいたのであるが、ふと駆け上がると、阪急電車はええのう !! やっぱり阪急電車はええ。なにがええというて品格やね。こんな上品な電車世界中旅したけどないよホンマ。阪急沿線のおハイソな山の手に生まれ育ったボクとしては、やっぱりこの品格が最も相応しいね。今日は面接の前に2時間ほど時間が空いたので、お芦屋のサロンで髪の毛を切ってもらって、その足で大阪へ出て面接をすませてからさらにバイトが2件続くのである。お芦屋のサロンは結構とんがった店なのだが、担当してくれている子が三田の店にいたのを芦屋の店に替わったので追いかけた訳であるが、ボクみたいな洗練された孤高の詩人をおもしろがって、いろいろと遊んでくれるのである。いまのところ髪をのばしたいだけ伸ばしておいて、やがてワンレンのリリカルでバイ・セクシャルなキモ中年不良親父を演出してくれるらしい。歳とともに巻きが強くなる天然パーマの流れを上手く生かしてスタイルを作ってくれて、なおかつ陳腐に堕さないところが良い。

 それにしても阪急電車はええのう !! 阪急電車の3000系と3100系は、1964年に登場した通勤型量産車で、ボクの幼稚園時代「新車」と呼び習わしていて、ひとつ前の2000系・2100系の重々しさとは一風変わった軽やかさを放っていた。その後冷房化・表示幕取り付けと改造が進んで原型の良さは失われてしまったが、幼稚園に通っていた頃に試運転で清荒神の駅に停車した車両が、いまでも8輌編成で神戸本戦で現役で走っているのを見ると不思議にうれしくなる。それは3003を下り先頭とする編成で、もちろん増結によって中身は入れ替わってはいるが、今でも特急運用に就いているのを見かける。さてこの3058Fの編成は阪急電車では絶滅寸前、今津線では唯一の非表示幕編成であって、車齢としてはこれより古い京都線の2300系の残存7輌x4編成が表示幕改造されて残っていることから見ても、次に廃車される可能性の最も高い編成であると言える。この角度から見ると、ほぼ原型のままの姿を見届けることができる。

 地元宝塚を走っていたこともあり、ボクは阪急電車というと、この3000系と3100系に特に思い入れが深い。その非表示幕車両は、いまでは混成されて今津線・伊丹線・箕面線に残っているが、伊丹線と箕面線は全て4輌編成で、伊丹線の1編成を除いて全て非表示幕車両であり、なかでも3159Fの下り側先頭車3109は、阪神淡路大震災のときに伊丹駅で被災した3109の代わりに、震災で落橋した国道171号線の跨道橋に危うく押しつぶされかけた今津線の3072Fから3022を抜いて3100系に電装変更して改番して急場をしのいだものである。で、6輌編成の真ん中を抜かれた3072Fには、やはりこれも急場しのぎに、当時解体寸前の中間電動車なんと2842を充てて異彩を放ったのだが、何年かして2000系の中間付随車2171号車が3000系に電装変更されて2代目の3022となり、完全な中間付随車を種車とする3000系の制御車の番号をもつ車両が現れた。つまり、阪急電車の3000系以降の番号系列では、百の位が5未満のものは運転台付きの制御車、5以上のものは中間車、十の位が5未満のものは電動車、5以上のものは付随車という鉄則がある。しかしこの2代目の3022には運転台がなく、この鉄則に反するため、変わり種としてボクのような鉄道少年の胸をときめかせるのである。しかもこの3072Fは、制御車以外は旧の2000系の中間付随車で編成された寄せ集め的なものであったので、6輌編成中3両までが元2000系、しかも一輌が変わり種ていう鉄道ファンに取っては垂涎の的であったのだ。もちろん当時の私は生活の再建にそれこそ忙殺されていてまったく今を上回る忙しさであって、ほとんど3人のボクが同時に複数の場所で走り回っていたほどであったので、この変遷に胸をときめかせながらも、その姿を写真に収める余裕などは全然なかった。辛くも難を逃れたこの2編成のうち、3072Fはたしか2008年頃に廃車されたのに対して、3159Fは今も現役で伊丹線を走っている。これも震災の生き証人である。

 震災のごたごたのうちに姿を消してしまって写真を取り損ねた最も無念なものは、なんといっても2800系であって・・・あかん、きりがないからやめとこ。しかしこれだけは書いておきたいのだ。実はこの2800系は編成が消滅したあとも2305Fとして2300系に組み込まれて3両だけ生き残っていて、その編成は、2305-2831-2377=2327-2841-2885-2378と、恰も3000系以降の編成の鉄則を守ったかのような遊び心のあふれるものであり、やはり当時の鉄道ファンの胸をきゅんと締め付けたのであるが、実はあまり話題にならないがこの2800系は、阪急京都線の特急専用車が、京阪の3000系テレビ・カーや、国鉄の急行専用車が設備そのままで格下げされた新快速と比べて遜色が著しくなったために、新設計の6300系に置き換わりはじめた当初から、余剰車輌は分割されて5000系や5200系に組み込まれ、神戸線と今津線を走っていたのである。特急専用車として華々しくデビューした2800系は、ボクの子供の頃の憧れの的だった。月に一度、母に連れられて大阪へ買い物に行くことがあり、その際に梅田ー十三間の三複線に行き交うたくさんの電車を見るのが大好きだった。まだ木造車輌が多く残る時代、2800系の京都線特急は最も輝かしい存在だった。その2800系は、しかし特急運用された期間は意外に短く、5年から15年であった。その後2800系は3扉のロング・シートに改造されて、普通から急行への運用に使われたが、分割され余剰となったものは他線へ出たり解体されたりした。もともと2扉クロス・シートで設計された車輌であり、特急専用車という性格上累積走行距離が格段に長く、早くから車輌の傷みが出たため改造も行われずに、1995年までに上の2305Fに組み込まれた3輌を残して順次廃車、その3輌も2001年に廃車になった。同時期に製造された2300系が現在でも保守され運用されているのとは全く対照的で、悲運な系列といえる。いまでもときどき1970年代頃の京都線を行き交う2800系特急の映像などを見ると涙が出るのである。

 さて廃車といえば、3000系と3100系は、京都線に残った2300系の次に順番がくるであろう。神戸線の5000系は改装されてデザインも一新された。ボクは大嫌いだが、6000系以降のあの白いおかっぱ頭になってもた。品格を欠く色使いである。残された品格ある3000系と3100系のなかでも、3050Fすなわちトップ・ナンバーの3000を含む6輌編成が今津線に残っているなど、竣工当初の車輌が今も編成として残ってはいるものの、支線運用のものは、上にも述べたように両系列が混成されている。本線運用は全て3000系主体の8輌編成で、神戸線に2本、宝塚線に5本残っている。そのうち宝塚線に残る3066Fは、後ろから2輌目に現存する唯一の2000系車輌である2093が組み込まれていて、これは実は元々宝塚専線用の2100系の付随車で、それを神戸線にも使えるようにしたときに改番されて・・・やめとこもう時間ない。要するに何が言いたいかというと、わが心の3000系と3100系は、付随していた2000系などとともに4編成が廃車になって、そのうち1編成は能勢電に譲渡されて3120Fになっている。能勢電へ行けば、往年の2000系の独特のモーター音や窓枠処理などを見聞できるということが言いたかったのよ。


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