2012年01月15日

20120115 Rien ne peut m'arrêter

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 さて昨年の農作業を総括する。まず米作りであるが、コシヒカリは一昨年の200kgに対して昨年は120kg、赤米は前年同様30kg弱、新しく試した黒米とインディカ米がそれぞれ30kg強で、合計すると一昨年の230kgに対して昨年は210kg、20kg程度の減収であったが、これは古代米やインディカ米などを増やして多収品種のコシヒカリを減らしたことによるので自然減である。栽培結果としてはまずまずというところだ。赤米はごく少量を除いて、籾摺が出来ずに貯米庫で眠ったままであるが、他はいずれも大変美味い。特にインディカ米は、私のカレーやシチューの味を引き立てる名傍役になった。これを栽培している農家は数えるほどであり、3分搗きにして食する機会は他ではまずあり得ない。その素晴らしい味と食感は、かねてから日本料理に執着のない私をして、なおいっそう日本へのこだわりを捨てさせるに余りあるものである。アジアの西の方から美女が私を迎えにやってくれば・・・いやいや寝ごと言うとる場合やない。ふだんはコシヒカリに赤米と黒米を少しだけ混ぜて、3分搗きにして1:1の水加減でおいしく頂いている。他の米は食う気がしませんな。次は黒と赤を少し減らしてインディカを増やそう。コシヒカリの栽培経験は2回である。種を水に浸けたのが2010は04/25、2011は04/26、発芽したのが05/04-07である。手植えにするので5葉に育つまで待って、両年とも06/12に田植えをしている。黒も同じだが、稲刈りが1週間遅い。インディカは今年が初めてで、赤と同時の05/08に浸水したが、その後の成長は赤が著しく早く、インディカの発芽05/17に合わせて苗代の準備が出来た頃には、赤は根を巻くほどになってしまった。田んぼの準備に手こずって、田植えは6/27にずれ込んだが、その頃には、赤の苗が徒長し過ぎたのと、今年は梅雨入りが早かったのとで、苗の段階でいもち病が出た。田植え以降乾燥気味に管理したら、何ごともなく収穫までよく育ってくれたが、今後赤については種蒔きから田植えまでの期間を短縮すべきと考える。インディカについてはこの日程で良かろう。コシヒカリから遅れること2週間でインディカ、更に1週間空けて赤の種蒔きをしようと思う。また、今年はイナゴが大発生して私の田んぼでも多く見られたが、害を被るほどではなかった。雑草との闘いも、常に先手を打てたおかげで、さしたる苦労なく過ぎた。以上により、米作りについては大筋で申し分ない。野菜に関しては、いくつか問題点が浮上している。肥料というものを与えなくなって5年ほどになるので、流石に土が痩せて来ているのか、葉もの野菜の出来が悪く、特に白菜が結球しにくい。ブログに立派な白菜の姿が現れないのはそのためである。結球していれば鬼の首でも獲ったかのように撮りまくり書きたくる性格、都合の悪いことは書いてないのだ。ブログに出てこない野菜、ホウレンソウや小松菜、ししとうやピーマンについても、実は年を追うごとに敗色が濃くなっている。起死回生の策として取り組んだコンパニオン・プランツの考え方も、相方に発生した害虫が蔓延して全滅したりした。特に唐辛子系の食害が深刻で、韓国のシシトウとハラペーニョをコンゴの・・・いや今後の唐辛子のメインに据えたい私にとっては、冬の間の研究課題である。課題といえば、トマトも課題ではある。日本風の大きなトマトには興味がないので、基本的に料理に使える細長い小さな品種を育てているのだが、実がなってもすぐに破裂したり、十分に熟さなかったるする。手入れをおろそかにしていることが主な原因だろうが、あまり執着がなく、出来たものをおいしく食っているから進歩がない。ちょっと考え直そう。ナス科では、ジャガイモが申し分なくとれているので、今年は種芋の養生にも取り組んでいる。もし成功すれば、市場に出回っている薬剤処理された種芋を使うことがなくなるので安全性が高まる。豆類はほぼ上手くいった。特にソラマメはゴボウの冬越し株にアブラムシが寄せ付けられ本来餌食になるソラマメにはつかなかったことが幸いした。これは一種のコンパニオン・プランツと言えるだろう。エンドウ・インゲン・丹波の黒豆は放任でよく獲れ逆に栽培しやすいと言われている鶴の子大豆や落花生がコンパニオンの相方に発生した虫に食い尽くされた。あまり豆を増やしすぎると連作障害回避のための畝の使い回しに支障を来たして不利になるのだがやはりこれらは独立して育てるに限る。ウリ系についてはキュウリ・ニガウリ・緑白のボッキーニ・冬瓜については可もなく不可もなくといったところだがカボチャは予期せぬ品種が育ちスイカは大きくならなかった。夏の終わりに種蒔きする白菜と大根は毎年2週間ずつ蒔き時をずらして多収を図るのが常であったが結論としては8月の末が蒔き時である。だからそれまでに炎天下2畝の整地を終えておかなければならない。通常、冬越しした空豆やエンドウの跡地を充てるのであるがしみったれの私はその間隙を縫ってチンゲンサイでも食おうと欲を出すものだから首が回らなくなる。全体に栽培品種を減らして使い回し頻度を下げるべきであろう。大根は問題ないが白菜を勃起・・・失礼、大きくするにはやはりある程度の養分が必要でそれを堆肥だけでまかなうには少し足りないようだ。油粕などの日本の伝統的な肥料についてもう少し使い方を工夫してみる。その他の作物については特に問題を感じない。売れるほど立派なものを売るほど大量に作る気などさらさらないのでこれで結構だ。


 


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 こうして百姓のまねごとを始めて6年が経ち認知されてくるにつけ、私がどういう思いで農作業をしているかということについて話すことも多くなった。話しているうちに、だんだんと自分の気持ちの整理もついて来たので、この機に書き留めておきたい。私は農産物を出荷したり売ったりして生計を立てようとは思っていない。化学物質は使わず、最小限の動力機械で米や野菜を手作りして食する。ゆくゆくは機械の使用から脱する。手作り出来る範囲で収穫物を加工して保存する。ちょっとくらい売ってやっても良いが、基本的には自分で自分の食う物をまかなうために百姓をしている。自給自足のサイクルは既に達成しているので、そのサイクルにトライする人を増やすのが直近の目標。また昨秋にパン用小麦「ユメシホウ」と「ミナミノカオリ」の種を蒔いた。収穫された暁には、挽きたての小麦粉による手作りパンがメニューに加わるであろう。将来的にある程度コンスタントにトライ出来る人が増えれば、そのグループで食品や農作業をシェア出来るネットワークを作り、経済活動から自給的ライフスタイルへと比重を徐々に移したい。5年に1ぺんくらい海外旅行出来る程度の余裕を持てるようにもしたい。究極的には、全くものを買わなくて済む生活を目指し、それを広めることによって「脱・資本主義」的生活の可能性について模索する。現在の生活はそのための過渡期である。実際には現金収入をアルバイトその他で得なければ社会生活が成り立たない。昼は農作業、夕方からバイトの生活で、複数のバイトを掛け持ちしているため、休日はない。昨年の夏に、それまでの断片的なバイトが整理しきれないうちに近所での継続的なバイトが決まったため、早朝から深夜まで、食事も走りながら摂らねばならないほど、多忙を極めた時期があった。それから半年近くが経って地獄からはなんとか脱却したが、それでもほとんど休める時間がなく、農作業から解放されたのは、ようやく年を越してからであった。それほど働いても、どうにか貯金がプラスに転じる程度であり、余裕のない経済状態が続いている。心身ともに健康でフットワークの軽い私が、これだけ奔走してようやく糊口をしのげるというのが、百姓としてなんとか自立出来るギリギリの現実である。昨年中は、農作業もしながら詰め込めるだけバイトも詰め込んだという意味では、限界に挑み得たと言えるだろう。


 


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2011年12月13日

20111213 あとは穫って食べるだけ

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 脱穀した丹波の黒豆を更に干す。


 


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 けんちん汁にしようとして里芋を掘る。


 


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 切り藁を撒いた田んぼを鋤く。まずは荒く鋤いて、もう一回細かく鋤く。耕耘機の向こうが一回目、手前が二回目の状態。二回通すと切り藁が程よく混ざる。


 


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 その状態から縦に溝を切っていって、今シーズンの主な農作業終了 !! やったぁぁぁ \(^O^)/\(^O^)/\(^O^)/\(^O^)/\(^O^)/\(^O^)/\(^O^)


 


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 畑の現状・・・以下、右からソラマメの冬越し・奥から白菜と手前ショウガと里芋収穫待ち。


 


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 タマネギ2


 


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 右奥にニンニクと手前日常野菜秋蒔き第3弾・左インゲンの跡地に並行して秋蒔きした日常野菜第2弾


 


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 右ジャガイモの予定地・左大根


 


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 右ウリ科の予定地・左日常野菜秋蒔き第4弾


 


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 イチゴ2畝・・・さぁぁぁもうこれでしばらく農作業はしないぞしないぞしないぞしないぞしないぞしないぞ昼は寝て暮らすぞ暮らすぞ暮らすぞ暮らすぞ暮らすぞ暮らすぞもうブログの更新なんかしないぞしないぞしないぞしないぞしないぞしないぞ人間らしい暮らしを取り戻そう健康で文化的な社会生活を営むぞ健康で文化的な社会生活を取り戻せ当局は健康で文化的な社会生活を営む権利を保障せよ「保障せよ」もう農作業なんかしないぞ「しないぞ」明るく楽しい消費生活を獲得するぞ「獲得するぞ」これ以上資本家の横暴は許さないぞー「許さないぞー」もうこれ以上の政治空白は許さないぞーっ「許さないぞーっ」政治家は原発からの即時撤退と原子力産業に加担する全てのメーカー製品の不買を表明せよおーっ「表明せよおーっ」全ての政治家は自給的生活様式を社会基盤として整備せよぉぉぉぉーっ「整備せよぉぉぉぉっ」農作物と食品を手作りする独立自営農民に愛の手をぉぉぉぉぉっ「愛の手をぉぉぉぉぉぉっ」アメリカ上院510法案「食品安全近代化法」 (Food Safety Modernization Act) 断固はんたぁぁぁぁいっ「断固はんたぁぁぁぁいっ」自由に作物を作って食っていける社会を作れぇぇぇぇっ「作れぇぇぇぇぇぇっ」愛ちゃんかむばっくとぅみぃぃぃぃぃぃぃっ「・・・・・」あのねーちゃんもこのねーちゃんも奇麗なねーちゃんはみんな俺のもんやあああああぁぁぁぁっ「そうやそうや俺のもんやあああああぁぁぁぁっ」当局は健康で文化的なよは自給ー製利時撤」暴はかぞの営はれしないぞ麗なねする俺のもんや「俺せよを手作物とんもこ許か自活様「愛ら」も以のねー手農作業はしないぞしないぞしないぞ昼ない即独いしはいぞしないをせよ」全ての政治し式ぞしな寝て暮ららすぞ暮らすらすぞもうブロかしないぞみんな家んうこを社これ得すぞアメ以横政っくと「食品安全治家は原リカ上院加担りするを白」のもんや」作保障せよ「保得するぞ整グの更新なん備せよ」農作障せ許さないぞ「許はさなもう「活を獲んかむ愛ち発む権力産業て整備せよ「整備せば近暮」を表奇ぞ全てを退と原子品の不買明せ立」ちゃんんいぞ業さ会生活ないぞ「許さ獲上の政農なあのね「するぞ治上らすぞ治家は自給資食品ーちゃ本家の空社会いのメに愛の手ぞぞ暮らすぞ暮」明るく的生な楽しをて整備「しなよ表い消費生ーちゃ明せよ」全ての政代化法」暮的生活様式を社会基盤としみ510法案よ」農作物と食ーカも基盤と「の営農民品をのもんや」イッたるでワレなめとんかこのダボやろーてめーてやんでえべらぼーめえやんけワレ !!

 

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 まだ紅葉が残っとる・・・
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20111212 唐箕の修理

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 百数十年前に製造つれた木製の唐箕。右のハンドルを回すと左に風が送られ、莢や籾殻などの混じった穀物を上の漏斗から落とすとその風にあたって、重い実は真下の出口に落ち、軽い実は少し飛ばされて左の出口に落ち、殻は更に左の排出口から飛ばされるという仕組みである。


 


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 その羽の一枚がどうしてもどこかに当たって回らなくなっていた。修理しようとしてよく観察すると、羽は楔で固定されている。写真ではわかりにくいが、手前の楔は右手が幅広で、奥の楔はその逆になっている。これを調整して羽の固定と長さを微調整出来る構造になっている。手前の楔を緩めると、当たっていた羽が外れた。


 


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 その羽は、あちこちにぶつかって割れていたので、まずはこれを貼り合わせる。


 


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 更に良く観察すると、この板は手鉋で、風がよく送れるように中程は薄く、また強度を維持出来るように両端は厚めに仕上げてある。一枚の板とはいえ、実に見事な仕上げであった。


 


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 それを再び内部に組み付けて、羽がどこにも当たらないように調整しなおしてから、楔を固定して、莢と埃まみれの豆の選別を続行した。


 


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 しかしやはり結局はほとんどを手作業で剥き続け、ようやく二日がかりで丹波の黒豆の脱穀を終えた。莢が硬かったのは夜露のせいではなく、脱穀の時期の見極めが早かったためである。しかし朝夕には鳩が群がりはじめていたし、これ以上遅らせる訳にもいかなかった。今思えば、脱穀したものを箱などに入れて更に天日で乾かし、莢が乾いてからたたいて唐箕にかければ、もっと早かったかもしれない。今年は枝豆としてもずいぶん収穫して、「六甲山カフェ」で売ったり料理にして出したり、かなり消費したのに、黒豆でも十分すぎる収穫量であった。


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2011年12月12日

20111211 丹波の黒豆の脱穀

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 丹波の黒豆の脱穀。今日は晴れの予報だったので決行したが、どんよりとした曇り空のまま夜露が消えず、莢の乾かないまま脱穀したために莢ごとはずれてしまって、結局ひとつひとつ手で剥くことになってしまった。脱穀には、昔ながらの足踏み脱穀機を使った。

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2011年12月11日

20111209 藁切り

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 堆肥置き場の脇には、野菜の古株や枯れ枝の捨てたのからこぼれ落ちた種が発芽し、放置されていることから彼ら自身による淘汰が起こる。実は、私の畑の中で最も立派な白菜が育つのはここである。しかしだからといって、聞きかじりの自然農法家のタワケがこきやがるように、全てを自然に任せて放任栽培すれば上手くいくというものではない。これは誠に膨大な数まき散らされたこぼれ種から発芽したもののうち、まさに芋虫でミミズを洗う熾烈な生存競争を勝ち抜いた唯一の勝者であり、その確率はおそらく何千分の一であろう。それを頼んで糊口をしのごうとすれば、どれほど膨大な種子や土地を要するかは、この場で繰り広げられた壮絶なバトルを毎日つぶさに観察すればよくわかる。私は自然農法を批判するつもりは微塵もないし、機械と化学物質にまみれた所謂「慣行農法」から、より自然に近い栽培方法へとアプローチすること自体は正しいと思っている。しかし、人間が土に働きかけて作物を得て、それで身体を養おうとすることは、何千分の一という力のバランスを何十分の一、あるいは何分の一に増幅しようとする、つまり何百倍にもしようとする自然破壊であることは間違いない。私は、その何百倍ものアンバランスを生み出す行為を、恰も「自然」であるかのように吹聴し、それが可能であるかのように錯覚させる論調を批判しているのであって、その不可能を可能にしようと思って「自然農法」とやらに取り組み、訳もわからずに消耗し過労に倒れていく者、その不可能が可能であるための全き論理の裏打ちがなければ自らは一歩も動き得ぬ故、各地を放浪しては私のような人畜無害な水呑百姓を罵倒して回るような自然農法難民を哀れに思うだけのことである。私は、ただ私自身の満足のために、好きなようにものを作っているだけのこと。奇しくもこの何百倍という比率は、私が作物を作ってそれを手作りで加工してようやく得られるわずかな現金収入の合計に対する、日本国憲法が国民の権利として定める「健康で文化的な最低限度の生活を営む権利」とやらにかかる費用およそ年間300万円の比率にほぼ等しい。これは約5年間の農業実践において実証して来たデータであり、この桁違いな「誤差」を「修正」するための最も現実的な方法が「バイト」であるのは致し方のない現実である。この現実こそ、現代社会に生きる日本人が直視すべき問題ではないかと思う。我々の憲法が高らかに保証する「基本的人権」とやらを実践しようとすると、何百倍もの自然破壊に繋がらざるを得ない。日本や、その他のいくつかの国々では、率直素朴に家族や自分の生活を守ろうとする、生きるために当然の行為が地球を滅ぼす巧妙な仕組みが出来上がっている。しかも我々はそのことに殆ど気づかない。しかし私の旅したいくつかの国では、そうならない生き方が出来ている人たちもいる。


 


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 さて現実と向き合おう。外から出来るだけ何も持ち込まずに土壌の養分を保とうと思えば、頂いたものは出来るだけお返しする以外に方法はない。従って稲藁を切るのである。切って撒いて土に混ぜて腐食させる。ついでに収穫したサツマイモの蔓も切る。


 


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 手入れした「Mizukamishiki Form Rejister」が威力を発揮する。


 


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 冬型の気圧配置と寒気の南下で、いよいよ本格的な冬の到来である。底冷えと寒風、夜半からの霧という厳しい裏六甲の冬の始まりを知らせる風が低くうなる。完全防寒でひたすら藁を切ると、体が寒さに慣れて来る。意外に疲れない。この空気は明らかに今シーズンで最も厳しく、明朝は氷点下の冷え込みになるであろう。藁きりの勢いに任せて、ソラマメ・タマネギ・イチゴの畝にも切り藁を撒いて彼らのための寝床とした。本日は旧暦の11/15すなわち十五夜であるが月齢は13.9、満月は明日、しかも皆既月食である。


 


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2011年12月10日

20111208 唐辛子と豆の保存

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 今日は一日雨なので、先日収穫した唐辛子類を保存する。くれぐれも申し上げるが、以下の作業をされる場合、特に排泄は済ませ、手を良く洗い、痒いところは心行くまで掻いてから臨まれよ。傷んだり食われたり汚れのひどいものは除去し、未だ瑞々しさの残っているものは酢漬けにする。


 


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 乾きはじめているものは、そのまま干すと黴びたり腐ったりすることがあるので、開いて種をしごき取っておく。


 


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 ただひとつ熟した愛しいピリピリちゃんも、すまんけどまっぷたつに切り開いて、来年の植え付け用に種を取っておく。


 


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 ぺーちゃんも今年は酢漬けを諦めて種取りに・・・くどいようだが以上の作業をされる場合、特に排泄は済ませ、手を良く洗い、痒いところは心行くまで掻いてから臨まれよ。作業中に花が出ても目やにが出ても、絶対に粘膜には触れないことである。作業後は、出来るだけ早く入浴し、特に手を丹念に洗うことである。間違っても、入浴前に排泄を済ませておこうなどと考えてはならない。私は男性なので女性のことは解らないが、特に男性は小用は入浴後まで我慢されたし。洗わない手でアレに触れると、そのあと一晩中大奥引き回しの刑に処せられる夢を見るであろう。地獄である。


 


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 そうこうしているうちに郵便が届いた・・・おお、来るべきものが来た。なにを隠そう、わたしは世界でも私の左に出るもののない、知る人ぞ知る糊口のパーカッショニストである。したがって演奏の依頼も少なくない。今回の依頼は、以前にもご一緒させていただいた、奈良に本拠を置く古楽専門の「Ortiz Consort」・・・クラシック音楽の流れであるから「打楽器」担当ということになる。来年の5/25 (金) と6/23 (土) にライブ・・・失礼、「演奏会」がある。それに向けての練習の第一歩、楽譜が送られて来たという訳である。あのねえ、以前までの私やったらねえ、「楽譜に書かれたようなもんは死んだ音楽や」などとほざいとったのであるが、心広きOrtiz Consortの皆様に薦められ、「楽典」なるものを勉強した。まさに「50の手習い」であった。その結果、もちろん楽譜を見ただけでアタマに音楽が流れる訳ではないのだが、とりあえずどういう曲調で、どう読み進んでいくかはわかるようになった。私は打楽器奏者なので、その際どう対応すれば良いか、つまりそれらしいリズム・パターンをいくつかイメージ出来る程度にはなった。どや、エロい・・・失礼、えらいやろ !! 唐辛子の莢を開きながら、インターネットで音源を探りはじめ、夜にはどうにか半分の曲の特定も終えた。それを聞きながら譜面を追い、曲の展開も確認出来るようになった。どや、エロい・・・失礼、えらいやろ !! 演奏会にはGilles Binchois・・・失礼、万障繰り合わせてご参集願いたい。


 


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 さて、外に出られないので乾かしておいたインゲンの莢を開く。


 


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 小豆の莢も開く。確かこの小豆は、京都の「Caffe Millett」で頒けてもらったものである。豆類は気温の上昇とともに、中に産みつけられた卵が孵って虫がわく。もらった小豆も種蒔き用においてあったものに虫がわき、あわててポットで苗出しした記憶がある。しかしこのように見事な収穫であった。百姓をしていて思うことは、日々、育ち行くあるいは枯れ行く植物の姿を見て、その姿に感動することである。たとえばサツマイモの蔓先の色つや美しさ、たとえばこの小豆の莢の形・・・左の莢を見よ。これは豆を穫った後の殻である。その内側はくっきりと間仕切りされていて、豆は互い違いに入っている。その機能美、無駄のない姿・・・そして乾燥が進めば真ん中の莢のように、自らねじれて豆を散らす。誰が仕組んだのか・・・しかも誰に見せるでもなく、淡々と一連の動作を終えてお役御免となると、朽ち果てて土に帰って行くのである。一言の不平も不満も言わずに、ただ生きて死んでいく・・・そして子孫を残す・・・右は開く前の莢であるが、これを持ったとき、指先に感じる充実感は、まるで中から力がうごめくように感じられる。豆。実に重く、確かに土の養分が充実していることが感じられる。科学はこれを当たり前のこととして我々に教えたのであるが、それを知らなかった昔の人が、これを神の為せる業と信じ、怖れ、感謝し、崇拝したとしても、全く不思議ではない・・・というより、この不思議さは神の為せる業と率直に思うのである。その思いは非科学的な迷信には違いないけれども、そう思った方が心が休まり、そうして作物を育ててそれを頂く生活の方が、ずっと体に良いことを私は実感する。音楽にしてもそうである。なぜ私は古楽に惹かれるのかというと、おそらくそれが演奏されていた当時、神は怖れられていて、音楽には「非科学的」な大衆の必死の願いが込められていたのではないか、そこには無限なる力、奇跡、恵みや災難というものに対する、朴訥で率直な恐れが現れているように感じるからである。ルネサンス中期以降の、いわゆる「バロック音楽」は急速に宮廷音楽化し、その音色は明らかに変質する。神への怖れは無限なるもので、人間の到底及ばぬものに対する恐れであったので、音楽に込められた思いも純朴であったのだが、宮廷音楽の世界になると、それは人間である君主のご機嫌を取るものに成り下がり、阿諛追従の悪臭が立ちこめる。その時点で、私のクラシック音楽への興味は尽きる。


 


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 夕方から晴れて来たので、外に干しておいた鶴の子大豆の莢を開く・・・しかしご覧の通りとても食べられる状態ではないので、泣く泣く全て廃棄・・・こうなった原因はサツマイモとコンパニオンを組ませるために混植したことである。芋の蔓に絡まれ、虫の通り道が出来た。風通しも悪く、地下には芋が育った。大豆にとっては過酷な環境であったはずだ。生育も良くなく、やがて芋の蔓の海に埋没した。芋の収穫のときにようやく助け起こしたが、殆どは真っ黒に黴びていた。芋の方も大豆に気を遣ってか、子孫を豆から離れたところにつけ、補給路が伸びきって収量が落ちた。私にとっては、豆を使ったコンパニオン・ブランツの取り組みは、今シーズンはことごとく失敗に終わった。


 


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2011年12月09日

20111206 Bon anniversaire, père !!

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 農作業も終盤。ようやく土の状態も整って、「早よ植えんかいなにボヤボヤしとんぢゃこのダボ !! 」と八釜しいソラマメの苗を植え付ける。葉の形といい、持った感じの根の張り具合といい、元気が中から暴れだすほどに感じられる。「力を頂く」と感じるのはこういうときやね。


 


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 株間40cmを互い違いに2列に植える。アブラムシ除け、というか誘因のために、近くにゴボウの種もまいといたるさかい力一杯生きてみよ。


 


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 どうも麦畑から水が退かないのでおかしいおかしいと思っていたが、原因が分かった。用水バルブの締まりが悪くなっていて、ソラマメに水をやった後、バルブを閉めても水が止まらなくなった。漏水していたのである。とりあえず応急的にバルブを全開にしてホースを別のところに出しておいて、水利組合へ相談に行った。次いで近隣の水道工事屋へも相談に行ったが、かなりの出費になるので、かつて排水口の「ねじ式水甲」を買いにいった配管材料の卸屋で相談してみたら、いとも簡単に工具を貸してくれた。バルブの構造は単純である。用水のパイプ・ラインから分岐して、直接バルブの下まで通じている。そこに継ぎ手があって上の写真の手前の大バルブと、ホースの繋がった小バルブに別れている。破損したと思ったが実はそうではなくて、この小バルブのナットが固まって締まらなくなっただけのようだ。小バルブの取手部分はダブル・ナットになっていて、下のナットは塩ビ管と一体になっていて、これを蛇口と一体になった上のナットで固定している。その蛇口の内部に水量を調整するネジがあって、それが上部の赤いハンドルに繋がっているのである。このハンドルは、私がここを借りはじめた5年前から固着していて、水を出すには蛇口そのものを力づくで回していたのであるが、それはダブル・ナットを緩めてしまうことになり、それを続けた結果漏水が始まったという次第である。だからきちんと締めなおせば良い。しかし老朽化していることは事実なので、締めて問題なければその状態で上の水門を閉じてもらい、バルブを交換することを勧められた。交換は自分で出来るそうである。とりあえず言われた通りにやったら漏水は止まったのでこれで良しとし、急いで工具を返却に行った。イチゴの花が季節外れに咲いていた。


 


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2011年12月08日

20111205 柿

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 取り残しの柿を穫る。柿は、この季節に喉がイガイガするのを和らげ、風やアレルギーの症状の悪化を緩和する効果を実感している。


 


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 柿を穫るには、このような高所ばさみというものを使う。これは伸縮式で3mくらいのマジック・ハンドのようなもので、切り口が二重構造になっていて、刃を備えた鋏の部分と、写真のような赤いプラスチックのくちばしのようなものからなっている。手許のレバーで枝を挟むと、刃が枝を切ると同時にくちばしがこれを挟むので、常に刃のついた側を幹の側に、つまりくちばしを外側に向けて使う。枝を挟んだらレバーをロックして、慎重に降ろす。


 


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 こちらは渋柿である。穫り遅れの感があるが、柿の木を所有していないので致し方がない。これは当然干し柿にして、来シーズンやクパンの酵母に使えないか、一冬じゅう実験してみるつもり。


 


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 干し柿を作るには、まず柿の皮を剥く。柿渋で包丁も指も黒く汚れる。これをひもでつないで、沸騰した湯に数秒つけて表面を殺菌する。


 


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2011年12月07日

20111130 唐辛子収穫

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 ピリピリをはじめ、畑の唐辛子類が枯れたのでこれを一斉収穫。水分を保っているものは酢漬けにしてやがてペーストに、乾いたものは木って干してやがては粉末にする。ペーストにしたものはカレーに入れたり肉料理の付け合わせにすると、ほぼフレッシュな唐辛子と同じ風味が得られるが、日本では適当な製品がないので自分で作っている。これでナス科の畝は全て片付き、堆肥と籾殻を施して冬から春先への日常野菜の種蒔きに、春以降ここはウリ科の畝となる。


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2011年12月06日

20111129 イチゴとタマネギの定植

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 イチゴの移植。イチゴは、雑草があろうが赤紫蘇に光を遮られようが、ランナーを伸ばしながら次々に子孫を残す。えい、やあ、たあ、びりっ、ずぽっ、どぴゅっ・・・


 


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 子株はまたランナーを放射状に伸ばして孫株を生む・・・えい、やあ・・・もうええて。株の全体の形状からその株が向かおうとしている向きを読み取る。この株では、右手に黒くて太いランナーのへその緒が残っている。この向きを畝の外側にしておくと、子株は外へ外へと増える。内向きにしたり畝と平行にしたりすると、隣近所と領地争いが起こって始末が悪い。


 


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 根が活着するまでは、氷点下にでも下がらない限り毎日水をやる。


 


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 タマネギの移植。種から育てて間引きして来た苗が20cm程度になったら移植する。移植の適期は10月といわれているが、適期に種蒔きしてもその頃までに成長しないので、焦らず苗の生長に任せて移植している。移植ゴテを苗の脇から深く鉛直にイれ、下から掬うように土塊を取り出し、根をほぐして一本ずつ取り出す。


 


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 植え床に5cm程度の深さの溝を作り、奥の筋から始めて15cm間隔くらいに苗を立てかけ、手前の山をちょっと崩して土をかける。次の筋も同じようにし、一番手前の筋は手前に立てかけて向こうから土を落とすようにすれば、わりとうまくイク・・・・おあっ・・・どぴゅっ・・・疲れた。


 


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 ふと見やると、里にも紅葉が・・・

 

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posted by jakiswede at 00:28| Comment(0) | 農作業食品加工日誌2011 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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