2020年06月03日

20200603 梅雨入り直前

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 今週後半には梅雨に入る。乾き物の始末をつけておく。

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2020年06月02日

20200602 ベト病のタマネギも早めに

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 タマネギは、晩生の場合、ニンニクよりやや遅れて収穫期を迎える。ここ数年「ベト病」が多発しているので、葉が倒れはじめたら、数日晴れの続いた時に早めに収穫する。畔の日向に半日ほど並べて根と土を乾かし、日陰に数日ころがして葉の付け根が乾くのを待つ。

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乾いたら茎の折れたところで切ってネットに入れて軒下に吊るす。紐で束ねても良いが落下することがある。1kgくらいなら潰れることはない。秋にタマネギごと植えたものは、トウ立ちして開花している。タネができたら採取して冷蔵保存し、9月に種まきして11月に定植する。

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2020年05月31日

20200530 Famille de Chat Noir

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 子供たちはようやく私にも慣れて、中庭で一緒に遊べるようになりました。

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母親が食べている魚に興味を示し、傍から舐めてみたりしています。

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母親は、わざと魚を子供達の遊んでいる前で食べてみせたり、子供達の寝ているところへ魚を放置したりしてます。ネズミや小さなモグラ、ヤモリやトカゲなどを捕まえてきて、生きたまま子供達の前に置いたりしてます。こうして子供たちは獲物の味や狩を覚えるのでしょう。まだ母親は子供につきっきりです。私が子供に近づきすぎていると、走ってきて警告します。あまりもたもたしてると猫パンチが炸裂します。

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2020年05月29日

20200529 Attaingnant Danceries

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Ann.: Branle Gay "Que Je Chatouille Ta Fossette" & Branles Gays 28,23,42,7/ Doulce Memoire
(CD, Pierre Attaingnant/ Doulce Mémoire, V.A.: Que Je Chatouille Ta Fossette, Ricercar, RIC 294, 2010, Belgium)
 「引きこもりの美学」・・・楽しい !! Pierre Attaingnant (1494?-1552?)・・・1530年ごろから生涯にわたって1500曲ものシャンソンや舞曲などの楽譜の量産印刷をして音楽の普及に努めた人物。彼の功績のおかげで、現代の我々は500年以上前の庶民の楽しみがどのようなものであったか、詳細に知ることができる。このCDは、Attainganntが発行した7巻の舞曲集からの抜粋で、Pavane・Gailliard・Branle・Basse Dance・Touldion・Allemandeなど、当時の一通りの舞曲の伴奏形式が網羅されていて、しかも様々な楽器による意欲的な演奏の試みに満ちている。多くは作曲者不詳、あるいは不明と思われるか、そんなことは問題にならないような断片であったりもする。また多くはメロディや構成がよく似ており、ごく細かい違いによって呼び方が変わるに過ぎず、その呼び方さえ、ダンスの変遷とともに伴奏も変わったであろうと思われる。ダンス・ミュージックというものは、今も昔も移り変わりの早いものだ。表題のつけられたものには歌詞がある。しかしつけられていないものにも、他の録音で全く別の表題と歌詞を持って演奏されているものもある。作曲者が明記されているものもあるが、全く同じメロディを持つ別の作曲者の曲もあったりする。この時代、何をもとに曲を作るかで、今のような厳格な管理がなされていなかったものと思われる。さてこの「曲」というかトラックも、アルバム・タイトルにもなっている表題のついた曲を含め5曲のメドレイになっていて、それが見事な変奏になっている。特に、リズムを複雑化してダンスの技を競ったと思われる部分や、それに続いてそのまま盛り上がる部分があったり、いろいろな楽器、いろいろな音色で多様に演奏される16世紀ヨーロッパのダンス・ミュージックが、楽しい !! さて、6年分録り貯めた「NHK古楽の楽しみ」の音源から選んだ私のベスト古楽10選これにて終了。
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2020年05月28日

20200528 ニンニクは青いうちにとる

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 ニンニクは、まだ葉が緑のうちにとる。試し掘りして大きさを確認する。

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20200528 Odhecaton

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Hayne van Ghizeghem: De tous biens playne a 3/ Les Flamboyants
(CD, V.A./ Ottaviano Petrucci: Harmonice Musices Odhecaton A/ Les Flamboyants, Raumklang, RK2005, 2001, Germany)
 「引きこもりの美学」・・・Gutenbergが活版印刷技術を発明したとされた約半世紀後の1501年に、世界初の印刷楽譜がイタリアのOttavio Petrucciによって出版された。"Harmonice Musices Odhecaton A"(多声音楽百選其壱) と題されたその曲集には、Josquin des Prezをはじめ、フェッラーラ侯爵邸楽長の座をめぐってJosquinに敗れたHeinrich Isaac、そしてJacob ObrechtやAntoine Busnoysなどの世俗歌曲や作曲者不詳の俗謡、さらにはミサ曲の断片などが、約100曲収められている。これに取り組まれた録音も複数あるが、なぜか私はこのCDがとても心地よく、これを聴いているとすぐに眠ってしまうので、実はあまりよく聞いていないのだ。アルバムは、"De tous biens playne"という穏やかで眠りを誘う、どこか『涙のパヴァーヌ』の原型とも思われるような美しく物憂い器楽合奏で始まり、その変奏ロング・ヴァージョンで終わるのだが、初めの曲の終わりを待たずに意識を失ってしまい、後は夢とうつつの間を行ったり来たりして、18曲目あたりで一旦意識は浮上する。しかしその長い変奏曲を聴いている間に二度寝してしまって、最後の曲出始めのテーマが奏されると目が覚めるのである。だから、いろいろ調べたりしてわかったことはあるのだけれども、ここではこれを聴きながら幸せな眠りに落ちることだけをお勧めして・・・ああ・・・zzz
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2020年05月27日

20200527 e-u-e-u-e-a-i-e


Josquin Desprez: Missa Hercules dux Ferrariae/ A Sei Voci
(CD, Astrée Auvidis, E 8601, 1997, FR)

 「引きこもりの美学」・・・Josquin Des Prez (1450?-1521) の生きた時代はルネサンスの絶頂期であった。Leonardo Da Vinci (1451-1519)とほぼ同世代であり、先に言及したGuillaume Dufay (1397?-1474)などの、いわゆる「フランドル学派」の作曲家たちと世代の重なる直接の後輩にあたる。その時代のフランスやイタリアがどのような世界であったか、社会や音楽は、教会や王侯貴族、また庶民生活との関わり方はどんなものであったか、これらについてはすでに学術的な調査研究が尽くされてきている。それは余生の楽しみに残しておくとして、現代に録音された演奏のことだけに集中すると、その先輩たちの世代のものより、もっとポピュラーというか、世俗的・処世的・実業家としての音楽家の性格をより強く感じるものがある。Dufayの音楽が、聖歌や伝統音楽、世俗化曲の定旋律をもとにしたパリエイションの方法を数学的に構築していった感があって、その実験性や複雑さが、一種難解な魅力となっているのに対して、Josquin Des Prezには、よりメロディ・メイカーとしての才能が強く感じられる。テーマが明確で、印象的なメロディが一貫して出てくるので親しみやすい。
 歴史的には、15世紀に入ると、それまでの王侯貴族の権力の淘汰集中が進み、より強大な宮廷の政治力が勃興するようになって、しばしばそれが教会と対立するまでになる。歴史のほんの一部をかいつまんだだけでも、15世紀後半に北イタリアにあったフフフ・・・フェッラーラ公国のエルコレ1世 (Ercole I, 1431-1505) は、ヴェネツィアとの戦いに苦慮して和平に転じ、教会と和解して領地の破壊を免れた。以後長く続くイタリア全土と隣接する地域を巻き込んだ戦争に中立を決め込んで領内の文化芸術を保護した結果、フランドルや北フランスから文化人芸術家がここを頼って移り住んで来た。実はこの戦争は例によっての王侯貴族や教皇の覇権争いだったのだが、その要因の一つに塩があった。当時の塩はトルコ産が主で、オスマン・トルコ帝国がその権益を握っており、コンスタンディノープルが陥落した遠因もこれである。当時のスルタンはいうまでもなくMehmet 2世 (1432-1481) であって、その息子にCem (Djem, 1459-1495) がいて、兄のBeyazıt 2世との皇位継承に敗れて初めエジプトに亡命、その後、地中海の覇権争いをめぐる各国の駆け引きに利用されてイタリアやフランスに身柄を移された。しかしその間も、トルコ帝国からの地位と仕送り、受け入れた側の破格の待遇などもあって、裕福な生活であったとみられる。
 同時代に多くの文化人芸術家が、あのLeonardo Da Vinciでさえもヨーロッパ全域を職を求めて転々としていた。Josquin Des Prezがエルコレ1世のもとに草鞋を脱いで、彼のためにこのミサ曲を書いたのは公爵の最晩年の頃とされている。一聴してわかるように、非常にわかりやすいテーマが全編を通じて繰り返される。それぞれの一小節に通奏される音が決まっていて、それらは8小節で一楽章になっており、その8つの音は、従来のように聖歌や伝統音楽、世俗化曲の定旋律を元に作り出されたのではなく、全く新しい発想で「導き出された(soggetto covato)」ものである。すなわち、「フェッラーラのエルコレ」は、ラテン語で「Hercules Dux Ferrariae」となるが、その母音だけを取り出して並べると、e-u-e-u-e-a-i-eとなる。これを当時の「ドレミ」にあてはめると、「レ・ド・レ・ド・レ・ファ・ミ・レ」となり、これが各小節に通奏され、その上に多声が載っている。今で言うコード展開のようなものである。美しく、印象的で、素晴らしい曲である。ミサ曲を聞いてこれほど親しみを感じたことはない。しかし想像してみれば、繰り返し繰り返し、何度も何度も自分の名前から出た定旋律が繰り返される曲を聞いて悦にいったかもしれない公爵、またそのようなゴマスリ曲を書いたJosquinの阿諛追従ぶりもなかなかのもんである。
 Soggetto Covatoの手法で作られた曲に、"Missa lesse faire a mi"がある。これは、作曲したのに支払いをしない依頼者に催促しても、いつも返事は「わかった、まかせておけ (laissez-moi faire)」であったが、これをイタリア語にすると"lesse faire a mi"となり、ここに「ラ・ソ・ファ・レ・ミ」というメロディが導き出される。この曲では通奏音ではなく、冒頭のメロディに"lesse faire a mi"という歌詞までついて現れる。当て擦りもここまでくると痛快だが、このメロディはのちにまで伝わって、Eustache Du Caurroy (1549-1609) のシャンソンに使われたりもしている。で、その依頼主とは誰だったかというと諸説あって、そのうちの一人が、先に述べたオスマン・トルコのCemではないかというのである。名前が上がるということは、亡命者とはいえそれだけの財力があったということだ。
 その真偽はともかく、キリスト教国家にとって当時の最大の敵はオスマン・トルコであったのだが、地中海の覇権や商取引の上では、様々な事情で取引したようである。キプロスやエーゲ海の島々に、古くからのフランスの民謡が残っていたり、バルカン半島からその西北地方にかけてトルコの古い歌が伝わっていたりして、調べていくと興味は尽きない。人的交流が広く盛んになるにつれて、文化も入り混じる。ヨーロッパ全体で見ると、研究対象になるクラシック音楽のメイン・ステージは、このあと教会と宮廷へ、両者を股にかけて活躍する大作曲家の変遷へと移ってゆく。Clément Janequin・Claudio Monteverdi・Jean-Baptiste Lully・Johann Sebastian Bach・・・しかし、もう私には臭くて堪らなくなる。私が付き合えるのは、このJosquinまで。いささか悪ノリミサ曲でっち上げのきらいはあるが、従来の定旋律にこだわらず、「音楽に支配された作曲家」ではなく「音楽を支配した作曲家」・・・すなわち神に最も近づき得た人間として尊敬された凄み、神が人々の心の中に畏怖の念を持って生きていたからこそなされたこの評価は、これらの音楽で一心に祈ったかもしれない人々のことが想像されて、心に迫る凄みがある。これ以降、私の興味は、教会音楽や宮廷音楽にはなくなり、より広く民衆や民族の暮らしを反映した記録の残る写本を調査研究して、演奏によって世に問うている人たちのものに向かう。


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20200527 猫との信頼関係

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 子猫いりませんか ?? まだまだ子供だと思っていたのに、五匹も産んで母親になって立派に育てています。本当に立派な母親です。子供たちが寝入るのを見届けてから、私に餌をねだったり、縄張りのパトロールをしたり、時にはふらふらに疲れ果てて寝そべっています。子供たちは、まだ生後一ヶ月ほどです。なんとか歩きはじめたところで、いろんなものに興味が行き、お母さんは大変です。五匹合わせると自分の体重より大きなものが、昼夜を分かたずむしゃぶりついてくるので、お乳は腫れ上がっています。食べても食べても吸い取られるので、お母さんは痩せています。これが全く援助のない野良猫だったら、毎日狩りをしながら子育てするのでしょう。見ていて本当に頭が下がります。男なんて、母の前では全く情けない存在です。子供たちは、あと一ヶ月もすれば親から離れて、自分の縄張りを求めて散って行きます。しかしおそらく一匹生き残るか、全滅するかでしょう。この辺りの猫が増えないのでわかります。だから、もし良ければ、引き取って育ててもらえればと思います。私のオーガニックな穀物と、新鮮な魚のアラで育った親猫の子供です。

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 母親は黒猫、父親は「じゃりんこチエ」に出てくる「小鉄」のような猫です。出て来た子供は、黒猫が2匹、「のらくろ」のような白黒の猫が2匹、同じ柄でちょっと黒の薄いのが1匹です。性別は確認してません。子猫が親離れするのは、生後約二ヶ月ほどです。たぶん4/22くらいに生まれてますから、あと一ヶ月ほどです。子供たちはすでに目が見えるし歯も生えて来ていますので、乳離はそろそろだと思います。それから彼女が子供たちに一人前の猫になるための教育と訓練を行うはずです。5月末くらいにはお渡しできると思います。

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 猫は出産した後、子供たちの成長に合わせて、また排泄物から離れる目的で、数回居場所を変えます。二週間ほど前から私のところに立ち寄る頻度が増えたので、もしやと思って納屋を探してみたところ、どうやら引っ越して来たようです。ここは農村です。おそらく前のねぐらの持ち主の家の田植えが始まって、そこが慌ただしくなったのでしょう。しかし、ここも来週には田植えが始まります。見つかったら最後、まとめて処分されてしまいますので、随分迷いましたが強制連行しました。猫のねぐらは人間にはほとんどわかりません。親が子供に警戒感を教え込んで、不審な物音がすると鳴りを潜めてしまうからです。しかし、親の声がすると安心して出て来ます。

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 私は彼女との信頼関係がどの程度確かなものかわかりませんでしたが、先日食事を終えた彼女を促して、納屋の前まで行ってみました。食後すぐに戻ることを知っていたからです。彼女はしばらく躊躇していましたが、意を決したように納屋の隅に入ってゆき、独特の声で鳴きました。すると、物陰から続々と子供たちが出て来ました。普通、母親になった雌猫は、たとえ飼い主であっても子供には近づかせないものですが、彼女は特に私に対して威圧的な態度には出なかったので、子供たちも普通に母親に寄り添っていきました。しばらく様子を見て、持参のカゴに子供たちを入れ、用意しておいた中庭のねぐらに運びました。彼女も、特に興奮することもなく、私について来ました。とりあえず成功です。

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 しかし、ここに居ついてくれるかどうかは状況次第です。納屋の中の方が、動物本能的には安全なはずですが、人間の都合で状況が一変します。とくに子供たちが成長すると、いつまでも同じ物陰にじっとしていられるはずがなく、見つかるのは時間の問題です。しかしここも、中庭とはいえ屋外ですから、地上の天敵、空からの天敵、雄猫の襲撃を完全には防ぎきれないので、やはり時間の問題です。子供たちが独立するまで精一杯の援助をしようと思っていますが、それまでもつか、それから生き延びられるか、過酷な状況が待っています。よろしければどうぞ、ご連絡ください。

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2020年05月24日

20200524 クープが開く

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 友達の助言を得てパンの焼成を変える。オーブンを予熱し、生地を霧吹きで湿らせ、クープを深めに切り込む。見事に開いた。

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2020年05月22日

20200522 畑の観察

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畑の観察・・・菜の花が終わって種ができはじめる頃、葉は急速に落ちていくので取れるだけ取る。大根の花が終わったら、夏野菜ができはじめるまで端境期に入るので、タマネギやニンニクの葉、それもなくなれば土手の草を料理して食べる。それが硬くなる頃に、ぼちぼちキュウリや春蒔きの野菜の若葉、場合によっては葉を常食しないシシトウやピーマン、エンドウの葉なども食べることができる。百姓をしていれば、贅沢さえ言わなければ食う物に困ることはない。今シーズンの小さな畑では、青ネギの花が咲いて、一部種ができかけている。それに続くタマネギも根が太りはじめ、種取り用に植えたアカタマネギに葱坊主ができている。これから種を取って秋に種まきをして来年の梅雨入り頃に収穫する。ニンニクも順調。畝は変わって、手前から一寸空豆と、意外に白い花のついた赤空豆、その奥はどんどん蔓を伸ばすウスイエンドウ。メイクイーンは先日来の霜でおそらく全滅。
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2020年05月18日

20200518 Dufay: Gaude Virgo, Mater Christi

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Guillaume Dufay: Gaude Virgo, Mater Christi/ Cantica Symphonia
(CD, Cantica Symphonia: Quadrivium, Guillome Dufay, Motets, vol.1, Glossa, GCD P31902, 2005, EU)
 「引きこもりの美学」・・・多声音楽の魅力というものは、クラシックに限らずどんな音楽にもいえることだと思うが、幾重ものメロディが散発的に別々の動きを持って歌われることによる重層性である。単旋律の歌は純粋性を、多声音楽は複雑な苦悩をよく表現できるが、その内容は全く様々である。Guillaume Dufay (1397?-1474) の生きた時代は、ペストの感染爆発が鎮静したものの、ローマ教会の大分裂が深く社会を分断していた.人々の精神的支柱であったキリスト教世界観が、唯一絶対の揺るぎないものではなくなった.神は人々を助けてはくれなかったし、神を信じよと我々に説く者が権威をめぐって争い続けていた.それは、神性を普遍無謬のものとし、その前提のもとで社会が成り立っていた時代とは全く異なる。神が普遍的原理なのではなく、それは別にある。音楽に限らず、人間のあらゆる知性的活動の分野で、改めて原理を問い直し、追い求める衝動が、ルネサンス運動を後押ししたのである。
 Dufayの音楽を調査研究して現代に復興させる試みのほとんど全てで、彼の楽曲にしか考えられない複雑で深刻で、しかも整った構成美を持つ独特の情感に触れるのはなぜだろう。もちろん演奏家による解釈や表現方法の違いは大きいけれども、多くの演奏で極めてDufay的な響きを感じざるを得ないのはなぜだろう。それまでの中世の音楽、単旋律で歌われる、純粋な信仰をイメージする清らかな聖歌、素朴で明るい庶民の歌を取り入れながら、「騎士道」という統一された美学のもと王侯貴族の館に開花した前宮廷音楽、両者を取り入れたり排除しながら発展してきた典礼音楽・・・さまざまな影響を受けながらも醸成されてきたヨーロッパ的な音楽の様々な要素が、一瞬にして彼のもとに結晶したかのような凝縮感を感じる。聞けば聴くほど、それまでに聞いた様々な時代の音楽の結果や、この時代以後に現れるいろんな音楽の萌芽が、多声のそれぞれの動きの中に組み込まれ、前衛的でありながら、全体としては美しい結晶のように聞こえるのである。
 "Gaude virgo, mater Christi"・・・このタイトルは、のちのJosquin Des Prez作曲のものの方が有名かもしれないが、もともとは聖書の詩句によらない古くからの定型句である。「喜びたまえ、処女なる、キリストの母よ」・・・細かい解釈は別として、概ねこのくらいの意味になると思うが、聖母マリアが男との性交渉に依らず、精霊と交わることで処女を維持したままキリストを宿した、という考え方に基づく。この曲は典礼音楽ではなく、それと世俗歌曲との橋渡し的な性格を持つ「モテット」・・・すなわち、グレゴリオ聖歌の定旋律の引き伸ばされた母音の長音に、様々な解釈などを織り込んだ言葉を持つ音楽が、やがて独立してひとつのジャンルになったものである。分類としては宗教曲に含まれるが、内容は両者の中間的な意味合いを持つ。聖母マリアのイメージが、キリスト教文化の中においては、聖なるもの、美なるものから始まって、やがてそれを賛美する内容が、男が女に求める理想の姿を様々に重ね合わせて、やがて複雑化していく。その傾向は、音楽のみならず、宗教画に女性の裸体が多く描かれることにも現れる。これらが調和して存在することが、ヨーロッパ的なるものの不思議と思われて仕方がない。
 重層する複雑さを統率する原理は、古来から数学的にアプローチされてきた.古代ギリシアで、一本の弦を鳴らした音の高さと、その半分の長さの弦を鳴らした音の高さが、同じようでありながら調和して快く聞こえたことをきっかけに「オクターブ」が発見され、やがて音階の数学的な分析に発展した.私は楽典を理解していないので、ここでDufayのこの分野における功績について書くことはできない。ただ、それによって構成された音楽が演奏された結果は、強く圧倒されるにもかかわらず、全体として深い安堵にに満ちたものだった.このアルバムのタイトル、"Quadrivium"・・・すなわち中世の大学における基礎学科「文法学」・「論理学」・「修辞学」に次いで修めるべきとされる四学科「算術」・「幾何学」・「音楽」・「天文学」・・・も、胎内に統合されたDufayの魅力を暗示しているようである。このアルバムは、サブタイトルが示す通り彼のモテット集である。長大な代表作ではなく、珠玉の短編集という趣がある。私は歳を取ったとはいえ自分ではロック・ミュージシャンの端くれのつもりなのだが、この700年もの時を越えてなおかつ奏でられる音楽の生気に触れる時、たかが数十年のポピュラー音楽の歴史が色褪せて見えるのはやむを得ないように思う。

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2020年05月17日

20200517 Hocquetus David


Guillaume de Machaut: Hocquetus David (instrumental)/ Ensemble Musica Nova
(CD, Ensemble Musica Nova: Guillaume de Machaut, Ballads, æon, AECD 0982, 2009, EU)
 「引きこもりの美学」・・・クラシック愛好家やキリスト教関係者とは異なって、私が古学に興味を持ったのは、ドイツのロック・バンド"Faust"に入れあげたことがそもそもの原因だった。Faustのアウト・テイクス集や、そのメンバーのセッションに、多くの実験的反復音楽の録音がある。それらはロックの魂を高揚させるような情熱が昇華されて無機質となり、宇宙に彷徨う光の周期のように感じられる。そこから反復をテーマとした現代音楽へと興味が広がるにつれて、やがてクラシック音楽へ、バロックをかすめて中世の音楽へと聴き進んでいった。私の古学に対する関心は、あまり純粋なものではないし、クラシック音楽の多くがキリスト教文化の基礎の上に成り立っているにもかかわらず、私はクラシック愛好家やキリスト教関係者のように、その歴史や伝統に充分な敬意を払っていない。単に、録音に現れた音の感触を自分なりに評価しているだけである。古楽の歴史を辿るのも、要するに自分が良いと感じる音楽の断片を探し求める道標にしているに過ぎない。
 そういうアプローチもありうるとすると、中世の音楽は、まさに良いフレーズの宝庫である。断片とかフレーズという言葉を使ったのは、これらの音楽が、ヨーロッパでは教会の典礼の式次第によって形作られ、あるいは音楽劇の形態をとって、往々にして長大な組曲の様相を呈するからである。私はそれらを正しく正面から聴き通すだけの忍耐力がなく、本題が始まる前の前奏曲や、その合間に挟まれた間奏曲に関心を持つ。あるいは庶民的な流行歌や、その一節が独立して様々に変奏されていく様子を聴いて楽しむ。宗教曲においてさえ、その一節を強調して歌い込んだり、やがては独立して別の曲に仕立てたりされている。または、逆にそうしてできた曲や断片を、ミサ曲に挟み込んでバリエイションを持たせたりしている。このような関心を持って中世の音楽を聴き進んでいると、似たようなフレーズがあちこちの、しかも時代もかなり離れたものの中に散見される。それらを遡っていくと、多くは作曲者不詳の庶民の歌や伝統的な民謡であることが多いが、時にはイスラム圏の古いマカームの一節だったりする。歌詞のあるものは、その意味を辿っていくのもまた楽しい。多くは結局旧約聖書の詩篇に行き着くのだが・・・
 旧来歌い継がれてきた典礼音楽や庶民の歌を、おそらく楽譜上で加工して作曲したと思われる曲も多い・・・というか、それが作曲家のメシのタネだったようだが、特定の印象的なフレーズを繰り返し、あるいはテンポを変えて、あるいは原曲と重ね合わせて演奏するとどうなるか、あるいはリズムが正確に記譜できるようになったことから、本来グレゴリオ聖歌の文句の抑揚に合わせる形で音楽が成立していった重要性に対して、明らかにリズムを弄んでどう響くかを楽しんだと思われる曲も多く伝えられている。それをシレッとミサ曲に挟んで聖歌隊に堂々と歌わせてみたり、騎士の嗜みなどと言って宮廷に献上し、紳士淑女がそれに合わせて踊るのを眺めてみたり、あんまり雑多になり過ぎたので教会側が怒ってこれらの演奏を禁止してみたり、それでも懲りない作曲家たちが、聖歌の途中に入れる間奏に、もともと卑猥な歌を器楽合奏で挿入し、後で聖歌隊に曲名を当てさせてみたり・・・おまえらなかなかやるのう、こんな、現代音楽なんて腰を抜かすような実験が、早くも14世紀の昔から行われていたことを知るにつけ、ますますその響きに取り憑かれるようになってしまった。
 Guillaume de Machaut (1300?-1377) は、おそらく中世のヨーロッパに現れた最初の大作曲家であろう。その生涯は波乱万丈で興味が尽きないし、代表作とされる「ノートル・ダム・ミサ曲」も、聴き込んでいくにつれて複雑な味わいに惹かれてくのであるが、ここでは異色とされる「ダヴィデのホケトゥス」を紹介したい。この曲は、もともとグレゴリオ聖歌の「アレルヤ唄」のなかのマリア生誕の部分"Maria Nativitas"の最後に家系の祖としてダヴィデに言及される部分の一節を取り出して、多声楽曲に編曲されたものである。複雑なリズムが交錯し、特に細かい連打音が、各声部交互に出現するのが「しゃっくり」に似ていることから、その意味であるところの"Hocquetus"が充てられたと言われている。今でいう「シャッフル」ですな。これは複雑すぎて元の歌詞をもっては到底歌えないので器楽合奏曲ではないかと言われているが、様々な解釈の演奏が存在する。非常に「クラシック臭く」演奏されたものもあれば、むしろコミカルに押し倒したようなものもある。しかしこのEnsemble Musica Novaの演奏は、このアルバム唯一のインストゥルメンタルであり、それがこの曲の正しい解釈だと明記されている。ほとんどの場合笛で演奏されるが、彼らはハープやヴィエールなどの弦楽器を加えている。その響きは、空間に浮遊する音霊の群れのように聞こえ、同じフレーズが時々現れては消える。万巻を読み尽くした老学者の穏やかさというべきか、独特の精神的な高みに誘われたような、不思議な感触がある。
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20200517 霉豆瓣

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これでいいのかなあ・・・

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20200517 盗撮 (^^+

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2020年05月15日

20200508 サリークイーン種下ろし

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いつも出だしが不機嫌なサリー女王様ようやく・・・でも同期はすでに・・・なによ後で笑うのはいつも私よオホホホホ。
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2020年05月14日

20200514 Che Pana È Quest'al Cor

Francesco Landini: Che Pana È Quest'al Cor/ Ensemble Micrologus
(CD, Ensemble Micrologus: Francesco Landini, Fior Di Dolceça, Zig Zag Territoires, ZZT050603, 2005, France)
 「引きこもりの美学」・・・14世紀のフランスで起こった「アルス・ノーヴァ」の影響を受けて、イタリアでも記譜法の改革による技術的変化によって、一連の多声音楽の動きがあった。1300年代であることから「300」を意味する「トレチェント (trecento)音楽」と呼ばれ、ひとつのカテゴリーになった。南フランスから地中海沿いに東へ進むと、Venghmiglliaの峠を境に風景も光も一変する。明らかに気候と風土が変わるのである。話される言葉もそうだが、料理やパン、ワインの味まで違う。人々の気風が違う。フランスの魅力は、趣向の凝らされた料理のソースの複雑さによく現われていると思う。高級料理に限らず、地方都市の定食屋でもそうなのである。最後に残ったバゲットで皿のソースをねぶっていると店主がむしろ喜んでコーヒーをサービスしてくれるほどだ。これに対してイタリア料理の明快さは格別だ。トマトの酸味、チーズのコク、油やスパイスの使い方も半端でない。これらを使いこなしてあの原色のバリエーションが出る。音楽も、フランスのヴィオール・コンソートの複雑繊細に美しさと違って、あっけらかんと明るくメリハリが効いている。細くくびれたところは抱きしめると折れそうなほどで頭がクラクラ・・・失礼・・・で、Francesco Landini (1325?-1397)は、幼少の頃天然痘によって失明したことがきっかけで音楽の道を志したと言われている。特にオルガンの名手で、墓石に携帯型のポルタティフ・オルガンを携えている姿が映されている。トレチェンと音楽を今に伝える代表的な写本に15世紀に発行された「スクアルチャルーピ写本 (Squarcialupi Codex) 」というものがあって、これをもとに演奏再現が試みられていて、上のEnsemble Micrologus以外にもたくさんある。トレチェンと音楽を復興して演奏、録音したもののうち、私の聞いたものではこの演奏がダントツである。この曲の他の演奏が、どちらかというとイーヴンに譜割りしたリズムの上で丹念に奏でられているのに対して、この演奏はスピードを重視したように思われる。幸い動画がシェアされているので、3'20あたりから始まる演奏をお聞きいただきたい。
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2020年05月12日

20200512 Medee fu en amer veritable

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Philipoctus de Caserta: Medee fu_ fol.24v, Medee fu en amer veritable (ballade)/ Tetraktys
(CD, Tetraktys: Codex Chantilly 1, Etcetera/ Olive Music, KTC 1900, 2008, Netherlands)
 「引きこもりの美学」・・・13世紀までの中世ヨーロッパ音楽は、単旋律のクレゴリオ聖歌を基礎としながらも、吟遊詩人や地方王侯貴族、騎士道による社交界の恋愛の歌が花開いて、まさに黄金時代であったと言える。録音されているものは、残された文献や挿絵などから研究された結果であるが、キリスト教・イスラム・民衆の歌という三つの大きな要因がそれぞれに入り混じってこの時代の音楽の生き生きとした活力を今に伝えてくれているように思われる。なんといっても、グレゴリオ聖歌の単旋律のメロディの、なんとも言えぬ情緒は病みつきになる。時代が下るにつれ、その間に様々な歌曲が挟まれる形でバリエーションが増えていくのが楽しい。さらに間奏として挟まれる器楽合奏の、なんと繊細で緻密で、儚くも美しいことか・・・それらのバリエーションを聞くと、単旋律聖歌と多声歌曲は古くから両立していて、単旋律から多声へ一方的に発展したと言い切るには戸惑いを感じるのてある。アジアやアフリカの伝統音楽にも素晴らしい多声音楽がたくさんあり、ヨーロッパになかったと考えるのは不自然だ。むしろ、キリスト教典礼音楽の歴史を紐解いていくと、たびたび聖歌としてミサに使うことを認める音楽を整理している。つまり、多声の響く楽曲や、リズムを持つ音楽を、聖なるものではなく、俗なるものとして忌み嫌ったかのような記録がある。したがってむしろ、単旋律のグレゴリオ聖歌が当時の典礼音楽として確固たるものがあったのは事実だが、庶民の歌や踊りとして、多声音楽やリズムを持った踊りの音楽が広く分厚く底辺に生き続けていて、教会としても布教の必要からこれに近づき、そこに作曲や演奏の需要が生まれるとそれに携わる者が現われ、やがて彼らが教会音楽をも手がけるようになったのではないか。一方で、教会の権威をいただこうとする世俗勢力、すなわち王侯貴族や騎士団などによって社交界ができてくると、彼らの嗜みとしての舞踊や音楽が重く用いられ、それがのちの宮廷音楽への道を開いていったのではないか。その底辺には依然として庶民の歌や踊りがあって、それらは作曲家の着想や変奏の源泉を供給し続けた。このようにして、歴史的な考察の対象になりうる時代には、すでに教会音楽・宮廷音楽・庶民の歌という三層構造の原型ができつつあったものと思われる。これらが互いに影響を及ぼしあって、現代まで続く西洋クラシック音楽の大きな潮流になったのではなかろうか。
 実際には、教会としては典礼音楽を正しく決める必要があった。まずは正しい聖歌を歌うために、詩編の文句の上に、ルビのように音程の抑揚が書き入れられた。やがて布教の必要性から典礼劇その他のバリエーションが現れると、台本とともに歌が記録され、自ずから学士が集まって合唱や合奏が行われた。原曲つまりグレゴリオ聖歌の一部や、おそらく当時流行していたであろう名もない歌の一節などを基本に変奏が行われたはずである。多くの録音された典礼音楽を聴くと、単旋律のグレゴリオ聖歌のミサ通常文を歌い終わった後、多声による変奏が延々と続くからである。そこに音楽家の活躍の可能性があり、様々な楽曲の発展があったのであろう。要求される複雑な技法を伝達するために、音の記譜法が改良された。最初は音の高低やその度合い、動き方を示すだけのものだったが、やがて音の長さ、小節の分割という形でのリズムの表現方法ができてきた。大きな特徴は、音の長さを厳密に書き留める方法ができてきたことである。これによって、拍子やリズムを記録することができるようになって、それがさらに複雑な演奏を可能にした。このようにして聖歌や一部の世俗歌曲は、手書き写本の形で残された。写本の多くに世俗歌曲が多いことは、すなわち教会以外での音楽の演奏も、同程度かまたはそれ以上に重要だったこと、写本として残すに値する需要、すなわち演奏の機会が多かったことを意味している。逆に、写本の歌曲の多くに同じメロディやテーマと思われるフレーズが繰り返し現われるが、恐らくそれが庶民の歌を反映しているのであろう。それそのものとして書きとめられることがなかったか、あるいはできなかったのかもしれないが、滲み出しているのを見ることができる。
 音楽というものは、発せられた瞬間に消え去る運命を持つ芸術である。それを書き留める方法や動機は、このようにごく限られた人や機会にしか存在しなかっただけだと考える方が自然だ。記譜法の改良という大きな技術的進歩の功績は大きく、それらは複雑な多声音楽の、それぞれのメロディの絡み合いを克明に記録する可能性を示唆した。最初に現れた傾向は、単旋律聖歌の一つの音を長く引き伸ばしたところに、別の旋律で別の言葉を小刻みに乗せていく「オルガス・・・失礼・・・「オルガヌム」という手法である。歴史的な流れで言えば、パリに完成したノートル・ダム大聖堂を拠点に活動した「ノートル・ダム楽派」に属する作曲家たちの作品群が挙げられる。これはひとつの中世ヨーロッパ音楽の到達点だと思う。これを題材に演奏された作品は多く、それ以前のものを題材にしたものとの違いや、その良さはわかる。しかし、いまのところ、私の頭をぶっ飛ばしてくれるような演奏には出会ってない。でも面白そうなので、今後の探求分野になるだろう。しかし、これにはカネがかかりそうだ。
 音楽が技術的に複雑になっていく過程と、それを書き留めて演奏に反映させようとする努力は、互いに関連し合いながら進んでいく。14世紀のフランスで、さらにそれが推し進められた。「アルス・ノーヴァ」すなわち「新しい技法」と呼ばれる音楽の流れである。これは1320年頃に出版されたPhillippe de Vitryの理論書のタイトルが、そのまま音楽楽派の名前になったものである。この時代、西ヨーロッパでは、絶対的な精神的支柱であったローマ教会が二つに分裂し、ローマと、南フランスのアヴィニョンに分かれて対立した。このことは当時の人々にとって天が二つに割けるほどの衝撃であっただろうし、絶対的価値観というものが揺らいで多様化していく重要な過程でもあった。また、時代が相前後するが、この時代に全ヨーロッパを含む西アジアから北アフリカまでの広い範囲で、ペストの感染爆発が起こり、社会不安などという生易しい言葉で現象を語ることができないほどの崩壊、精神的にも物理的にも悲惨な状況が長く続いた。この頃、おそらく厭世観や終末思想から、極端に先鋭的で技巧的な形式を有する一連の音楽の動きが、そのアヴィニョンで発生した。「より繊細な技法」(artem magis subtiliter) を意味する「アルス・スブティリオル (ars subtillior)」である。
 その最も重要な曲集とされる「シャンティイ写本 (codex Chantilly) 」に収められた120曲もの世俗歌曲を、おそらく全部演奏してしまおうと考えているグループがある。 ≫Tetraktys ≫・・・後頭部を思いっきり後ろからはっ倒されたくらいの衝撃。出会った曲のタイトルがわからず、同じメロディを持つ曲をしらみつぶしに調べて突き止めた。リーダーの名前を調べて直接連絡を取って確認した。手軽にここでその音の素晴らしさを聞いてもらいたいのは山々だが、流出しているものはなく、著作権の関係でもめたくないから、勝手にアップロードするのはやめておく。mp3データでしか手に入らないが、iTunesでわずか\255なので、ぜひダウンロードして聞いてほしい。迫力が全然違うので調べてみると、ピッチそのものが全く違う。「a」が、なんと523Hzとされていて、現代の440Hzと比べると1音半も高い。さらにどの演奏もテンポが極端と言えるほど緩いので独特の情感がある。複雑に絡み合いながら進行するメロディ、どこでどう切れてどう繋がっていくのか予測できないリズム、不協和音へ落ちそうで落ちず、混沌に引きずり込まれそうでいて全体が穏やか・・・こんな実験的で美しい音楽がこの世に存在するとは思わなかった。この曲集の楽譜も残されているが、最早それは楽譜ではなく一幅の絵のようで、とてもそれを演奏することなど不可能ではないかとさえ思われる。そして彼らの急進性は、ルネサンス初期以降、ヨーロッパ音楽の和音の基調となる「四つの声部」の確立へと導いたのだが、それは単純化されて解消し、彼らが目指したであろう精神的な緊張感は受け継がれることなく消えた。
 キリスト教典礼音楽は、その後々の現代に至るまで西洋クラシック音楽の大きな基盤であり続けた。一つの宗教音楽が、これほどまでに文化的なレベルで多彩に受け継がれている例は、他の文化圏では見られない。その「聖なるもの」の観念が、多声音楽とリズム、すなわち澄んだ音に対する濁りを忌み嫌った傾向も、また現代に受け継がれているように思われる。そしてルネサンス初期における音楽の混沌を最後に、ヨーロッパ音楽は単純化される方向に向かい、むしろ精緻で構造的な美を求めるような傾向が見られる。しかしその大半を占める主題のない形式的な宮廷音楽など、私には単なる阿諛追従のグロテスクな塊としか感じられない。それがまさに「クラシック臭さ」なのではないかと思うのである。
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