2019年01月16日

20190116 古楽の楽しみ

 私は毎朝NHK-FMの「古楽の楽しみ」という番組で目覚める。この番組、昔は「バロックの森」といったのだが、「古楽」という言葉が普及するに及んで名前が変わった。変わった当初は、バロック以前の、中世からルネサンス期の「古楽」もよくかかったのだが、最近ではほとんどがバロック音楽、時には古典派までかかる。昔のいわゆる ≫Early Music ≫の好きな私にとっては、「目覚める」とは言っても「ああ、スイッチが入ったな」と認識するくらいで、すぐ眠ってしまってほとんど聞いていない。しかし私の耳は別の生き物で、よく番組の興味深いフレーズを聞き分けて私を叩き起こす。今朝は「シャコンヌ、あるいはチャッコーナは、ペルーの卑猥な踊りの音楽に起源を持つ」という衝撃的なフレーズに叩き起こされた。そしとてどこよりも早くイタリアで爆発的に流行したという「チャッコーナ」の復元された演奏に完全に覚醒した。ペルーといえば古くから伝わる三拍子のダンス・ミュージック「ヴァルス」が有名である。「チャッコーナ」も、コード展開は全く異なるが、三拍子の部局である。しかも、古いものほどリズミカルであり、ワルツというより6/8拍子の裏表の反転するバチーダを持っている。もちろん番組では南米のオリジナルにアプローチすることなく、18世紀のフランスの優雅な舞曲へのイントロとして「チャッコーナ」を紹介しただけなのだが、そのころには私の頭は番組を離れてペルーの古楽へと想像が掻き立てられて行った。そして一日中、3/4と6/8の交錯するリズムが頭の中を駆け回り、やがていくつかの音源に行き当たることになった。ValseとChacconaの関係・・・またひとつ魔の研究テーマが増えてしまった・・・




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2019年01月13日

20190113 コンゴから

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 食品加工の方は年をまたいでたゆみなく続けられる。・・・

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と、そこへ、年末年始をコンゴ (Brazzaville側) でお過ごしになった友人から嬉しいお土産が・・・なんとコンゴ特産のピリピリとコンゴのコーヒー。ピリピリは早速ペーストに、コーヒーは案の定浅煎りのアラビカ種の極細引き、現地ではカレースプーン一杯くらいの粉を1ℓくらいの湯に放り込んで煮立て、できた麦茶ほどの薄い色水にサトウキビから作られた粗糖をどっさり放り込んでダダ甘くしたやつを、ぬるま湯くらいに冷ましてから飲む。美味くももなんともないのだが、滞在中こればかり飲まされるもんで、なんとなくこの独特の中途半端な色と香りに懐かしさを覚える。しかしまあ最初じゃけん手持ちのマキネッタでカフェ・モカにしてみるも、さすがに切れ味はなく、アラビア風に煮出してみると、まあどっしりと重いトルコ・コーヒーのような味わいになった。うんうん、これはこれでええ。ネル・ドリップに通すと一発で目詰まりするやろな・・・

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2019年01月10日

20190110 年末年始は平常運転

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 食品流通業に携わっておると、ただでさえ大型連休やクリスマス盆正月に縁のない生活を送ることになるのだが、特にクリスマスから松の内までは、巷の人々が血相変えて漁りまくる食品、すなわちフライドチキンやターキー、エビ天やおせち材料を触りまくるので、揚げ油やら海老醤やら椎茸昆布醤油の入り混じった匂いが身体中にまとわりついて、もうやれんよ、要らん。クリスマスや正月は全くの平常運転であって、さすがに氷点下60℃の冷凍倉庫でリフト乗りまわすことはなくなったが、全然それらしいことをする気になれんのは宿病か。年賀状も書かなくなって久しいし、そもそも自給生活では得意先というものもないので、送ってくる人もほとんどなくなって結構なこっちゃ。というわけで年越しカップラーメン食った翌朝は、早速タラとエビのココナッツカレーとインディカご飯、家主さんに家賃を払うとついてくるお餅が一年分溜まってそれを戻して食うくらいが正月らしいか、後はひたすら冷蔵庫や自分で加工した保存食の消費に勤しんで、ほぼ松の内は買い物せずに自給生活のスタート !!・・・まあ非国民ですな・・・反日でも在日でも結構やけん好きなように言うてくれ俺は地球人。

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2018年12月31日

20181231 年越面

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Bye Bye 2018... 你好 2019 !!

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2018年12月30日

29181230 またしても新たな・・・

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修理の上がったアンプを取りに日本橋へ向かう途中・・・またしても新たな・・・

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2018年12月29日

20181229 キムチ作りのご案内

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 田畑での農作業が終わりましたので、食品の保存と加工に生活の重点が移ります。年が明けても私は1/17までは喪に服することにしておりますので、1/19 ()以降の近い日にちでキムチ作りをやりたいと思います。鶴橋の神戸商会というところで長年ご指導をいただいた本格的な朝鮮半島のやり方でキムチ作りをします。ご覧になりたい方はメッセージをどうぞ。見学のみであれば無料です。ご自分でもその場でなさりたい方は、以下に大体の手順を説明しますので、ご自身で調達されるか、ご相談いただければ個別にご案内いたします。実費をいただくことがあります。台所が狭いので、5名程度先着順とさせていただきます。日程はメッセージをいただいた順に個別のご相談とさせていただきます。また、交通費程度いただければ出張もいたしますのでご連絡ください。

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 白菜のキムチ漬けを例にとってご説明申し上げます。白菜キムチは、数日塩漬けした白菜を塩抜きして、予め用意しておいた「薬念醤」というペーストで漬け込みます。

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 「薬念醤」は一年寝かしたものを使います。従って、当日仕込んだ薬念醤を使うのは翌年になります。当日は一年前に仕込んだ薬念醤で白菜を漬けます。薬念醤をお持ちでない方で、漬ける作業を当日やりたい人のために、神戸商会の薬念醤をご案内します。

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 当日は、薬念醤を作る作業、白菜の塩漬け、塩漬け白菜の塩抜き、薬念醤を使った白菜の本漬け、という段取りになります。もちろん、これらの作業は、実際には1日でできませんので、それぞれ個別に用意したものを使ってご説明申し上げますので、早めに参加表明をお願いします。
 薬念醤を作るために必要なものは、大体次の通りです。イワシの塩漬け・韓国乾燥唐辛子の粗挽きと粉末・糯米・塩・アミエビの塩辛・ニンニク・ショウガ・松の実・その他旨味材料・・・

KIF_5028.jpg 今からご用意いただきたいものを先に説明します。イワシの塩漬けは、カタクチイワシの生が手に入れば最も良いのですが、非常に困難なので、イワシの丸干しを、ちょうど被る程度の水に浸して数日戻し、その重さと同じ重さの塩で一ヶ月程度漬け込みます。これを当日使いますので、最初からやりたい人は、今からこれをご用意ください。あるいは、今は小ぶりなマイワシが出回る季節ですので、これを同量の塩で漬けておいても構いません。ただ、この場合、若干水っぽくなります。やはりカタクチイワシが最良です。

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 そのほかは当日までにご用意いただければ結構です。アミエビの塩辛も高価なので、私は乾物で間に合わせています。これで十分だと思います。

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 だいたい10時から15時までを予定しております。昼食は持ち寄っていただけると助かります。個別にご案内申し上げますが、自力でお越しいただけると助かります。3名様までならJR道場駅・神鉄道場南口駅まで送迎可能です。

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 写真は1枚目から、生のマイワシの塩漬けの様子・乾物のイワシの丸干しの浸水・昨年用意した材料・イワシの塩漬けをミキサーにかける様子・材料を混ぜ合わせる様子・粉末唐辛子で練り上げる様子・計量と袋詰め・・・です。


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2018年12月24日

20181224 Karly mini set

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Karly Chockers at Corner Stone Bar ものすごく良いライブでした。この場をお借りして、メンバーを代表して、心から感謝の気持ちを伝えたい。ピリピリも降りて来てました。当日の朝、私のアンプが昇天しました。他の複数の出演者の機材もトラブルを起こしていたそうです。また我々の演奏の本番中に何度もギター・アンプの電源が入らなくなりました。ピリピリが舞い降りて泥酔していた証拠です。彼は電気系統にいたずらするのが大好きなのです。彼の10回目の命日に演奏するチャンスを与えてくださった皆様、特に、今回フル・セットでの演奏ではなく、諸般の事情を鑑みてミニマム・セットでやってみてはどうかと提案してくれたHiro Equalizer氏、この困難を乗り越えて、柔軟に受け入れてくれたメンバーに、心からの敬意を表します。そしてその場を本当に心から楽しんでくれていた皆様、10年経つのに彼を忘れるどころか、10年経ったからこそできたとさえ思えるような様々な演奏や、観客としてその場にいてくださった皆様の反応、特にただの酔っ払いの鼻歌でしかない彼の歌を、そのヨレまくった節回しまで覚えていて一緒に歌える皆様に驚きました。こうした全てがピリピリのなせる業、来年以降も彼の命日に、みんなが集えるようになりたいと思います。そしてできれば、みなさんがみなさんなりにアレンジした彼の歌を持ち寄って、一つのアルバムができれば面白いかとも思いました。当日は色々あってその場で飲むことができず、先ほどまで溜まった仕事を片付けておりましたので、ようやく祝杯をあげたところです。カーリーの今年のライブはこれで終わりです。来年のことはまだ未定ですが、いくつかの打診がありますので、次はフル・セットでの演奏を楽しんでいただけると思います。みなさまほんとうにありがとうございました。

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2018年12月22日

20181222 これで復活ピリピリナイト !!

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12/22 Saturday❣️

関西、日本でリンガラと言えばPILI PILIさん❣️

十回忌だそうで、そのパーティーがCorner Stone Barで開催されるんですが、光栄な事にそこにDJとしてお招き頂きました😊🎉💖
ありがとうございます🔥

PILI PILIさんが率いてた伝説のリンガラバンド "CURLY CHOCKERS (カーリー・ショッケール)" も最近再結成され、この日もスペシャルライブを繰り広げてくれます👍🎉🔥

つながらーとのアサヒトくんのマリンバライブや、Aloha FamiliaAkkoさん、お馴染み大先輩のHAVさんにNAMBA MANさん、そして今回オーガナイズされているHiro Equalizerさんと言う分厚い出演者陣です❣️

ほんでまたCorner Stone Barのお酒が美味しいんですわ👍❣️

私も十回忌、忘年会、クリスマス、年末、平成最後、アフリカンパーティー、バンザイ、大好き、全部ひっくるめて兼ねて兼ねてで禁酒解禁🎊しよかと思てますんで、是非ぜひ遊びに来て下さいです❣️🎉🎉😆

#Lingala #Lingalamusic #africanmusic #congo #afro #afrobeat #afrobeats #african #africandance #dance #dancer #dj #band #pilipili #osaka #japan

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 ちゅーわけで音づくりとリハやっとこか、とアンプに電源入れたら飛んだ。やるやんけおっさん、丸腰で来いちゅう意味やな、ほな丸腰で行ったるさかい早よ降りて来んかい何が起こっても知らんぞ !! (クソまたカネが出て行く;_;)

 ピリピリの10回目の命日に彼の曲を演奏できることは、このうえない光栄である。バンド名であるKarly Chockers (1987-95)「カーリー・ショッケール」とは、男性の陰茎のカリ首でショックを与える奴らという意味の捏造語である。我々の演奏した音楽の題材は、アフリカ中部の、旧ザイール共和国(現コンゴ民主共和国)の「リンガラ・ポップス」と呼ばれるアフリカのダンス・ミュージックから採られている。日本の巷にあふれるワールド・ミュージック系の物まねグループと根本的に違ったところは、その「リンガラ・ポップス」をやりたくてやっていたのではなく、「リンガラ・ポップス」がかっこいいと思ったから、そんな音楽を自分たちの手で作って演奏したいと思ってやっていたという点である。

 この一点は、ややもすると見過ごされてしまいがちであるが、非常に重要なことである。我々は自分たちのライブ本番で、「リンガラ・ポップス」の曲を演奏したことは一度もない。もっともパパ・ウェンバが来日したときに、彼を歓迎する意味合いで彼の持ち歌を演奏したことはある。しかしそれとて、パパ・ウェンバを歌手に迎えて彼が歌ったのであり、我々がリンガラ語を勉強して自分たちで歌うことなど、思いもよらぬことだった。なぜなら、それは我々の言葉ではないからである。

 この一点も、ややもすると見過ごされてしまいがちであるが、非常に重要なことである。我々が活動していた同じ時期、千葉県市川市を拠点とした「ヨカ・ショック」というバンドが存在した。それは、当時の日本でたったふたつしかなかったこのスタイルのバンドのもうひとつだった。彼らのほとんどはリンガラ語を習得しており、オリジナル曲もリンガラ語で作られている。なぜなら、「リンガラ・ポップス」はリンガラ語で歌うものであり、そうでなければ、音楽のリズムや抑揚その他、その音楽の根幹部分が変質してしまうと考えているからである。それはそれとして正しい。我々は彼らにその点で大きな敬意を表していたし、実際、両者の関係は非常に良かった。しかし我々の観点とは根本的に異なっていたのも事実だ。すなわち彼らは、自分たちが「リンガラ・ポップス」に依って立つことを良しとしたが、我々は、「リンガラ・ポップス」をあくまで自分たちの素材としてしか見ていなかった。つまり、わかりやすく言えば、彼らは本物の「リンガラ・ポップス」を演奏しようとしたのであり、我々は自分たちの音楽を「リンガラ・ポップス」の形を借りて演奏しようとしたのである。これは、全く似て非なるものである。

 この一点も、ややもすると見過ごされてしまいがちであるが、非常に重要なことである。既存の音楽形式と自分自身との関係を明確化しておくこと、それはどんな音楽を演奏する場合にあってもきわめて厳粛に受け取られなければならない。これをうやむやにしたままで音楽活動を続けた場合、必然的に既存の音楽形式と自分との間の矛盾を吸収しきれなくなって崩壊するか、低俗な物まねで終わる危険がある。何故矛盾を来たすのかというと、既存の音楽形式を極めれば極めるほど、自分の音楽的ルーツとの決定的な断絶を思い知らされるからである。問題は、その矛盾をどのようにして乗り越えるかであるが、彼岸に乗り切ってしまうか、此岸に留まって自己を見つめ直すかという二者択一でしかない。前者の生き残る道は、神業的な技術を習得して観客を圧倒するのみ。しかしそれでさえ、単なる自己満足か、よくてせいぜい業界やファンたちの連帯満足でしかないのが実際である。音楽留学などとやらを果たして、すっかり向こうの人になった気でいる愚か者はごまんといるが、我々はそんなことで満足するようなオナニストではなかった。音楽は、特定の技術者集団のメシの種ではないし、どんな音楽でも自分の表現として生かす事が出来なければ、何の意味もないと考えていたからである。音楽は、どんな人にも楽しめる開かれたものでなければならない。人を圧倒するものではない。わかりやすく、自分の言葉で、自分自身を表現したものでしか成し得ない筈である。我々はその一点を信じて、というか、特に疑いを容れず、ありていにいえば他の言葉を覚えたり演奏技術を向上させたりなどという、健気な性根と忍耐を持ち合わせていなかったため、極めてガキんちょロック・バンド的に、自分たちの解釈で演奏を押し通したのである。

 この一点も、ややもすると見過ごされてしまいがちであるが、非常に重要なことである。音楽の楽しみは、誰にでも解放されている筈である。しかし、楽器の操作や歌唱には、自ずから習熟するための技術が要求される。才能も技術も金もないただの音楽バカが採りうるただ一つの道は、集まってひたすら練習する事である。音楽への情熱と衝動・・・それは、自分たちにない物への強いあこがれである。なければないほど手に入れたくなるし、手に入れようとすればするほど、それは遠ざかってゆく。我々は偶然にも、同じ時期に同じ場所に居て、同じ音楽、すなわち「リンガラ・ポップス」に触れて、その強烈な魅力に度肝ときんたまを持って行かれた。そこには、一応バンドひとそろい出来るだけのメンツがあった。これは全く持って幸運な事だった。「よし、やろか」これしかなかったのである。それ以後、ひたすらレコードを聴き、押し入れで練習し、川原で音あわせし、スタジオで実験して試行錯誤する日々が続いた。お手本も教科書も参考書もない。あるのはただ、あるべき姿のイメージと、自分たちの現実だけだった。そのあるべき姿のイメージですら、往々にしてすり切れて行く。ひたすら繰り返すコード展開とフレーズ、それにランダムに付けて行くバリエーション、鼻歌をこね混ぜて歌にして往く作業、切りのない言葉遊び・・・繰り返し繰り返し演奏し、実験を重ねて行く気が遠くなるような作業だった。ひと続きの演奏が曲としてまとまる頃には、その演奏のひとつひとつの音が、まるで自分の肉体のパーツのように明確に意識された。曲は「カーリー・ショッケール」という、ひとつの生き物となって生命を吹き込まれ、我々が演奏する事によって、意志を持っているかのように動き出す。その喜びは何物にも代え難かった。そのような、ひとつの有機体としての音楽がひとつのステージを築き上げ、観客がそれを楽しむ・・・ミュージシャンとして、これほどの悦楽が他にあるだろうか。それこそが本物の音楽だと思う。我々は、専門の音楽教育を受けた訳でもなく、特定の師匠についた訳でもない。ただ、自分たちのやり方で、自分たちの納得がいくように、誰の指図も受けずにやって来たのである。そうして最盛期には、関西ではかなり知られたバンドになっていた。しかし、生き物には寿命があって、形式に頼らずに良い状態を維持する事はなかなか難しい。各自が音楽的研鑽を積めば積むほど、自己の美学を独自に打ち立てて行くから、当然グループとしてのまとまりが弱まる方向に働く。成長する個性と、それを纏める努力のせめぎ合いの中で、阪神淡路大震災という巨大災害が、物理的にバンド運営を不可能にしてしまった。

 アルバムを聴いていただければわかるように、曲はほとんど日本語で歌われている。それはまず、外国語では自分たちが物事をストレートに表現できないからであり、客の大多数は日本人だからである。しかし、リンガラ語の持つ特性が曲をよりよくする部分、すなわち「リンガラ・ポップス」の独特のノリを取り入れることができる部分には、簡単なリンガラ語も使われている。例えば、ダンス・パートに於けるアニマシオンと呼ばれるかけ声などである。演奏されている曲は全てオリジナルで、作曲者が大雑把な曲の構成と歌詞を作ってきたあと、バンド全体で、そのテーマについて自由なインプロヴィゼーションを何度も繰り返していった。その際に、気に入った曲で使われているニュアンスや学びとったアイディアを演奏の中で表現してゆき、ライブで実験的に演奏されながら細かいアレンジやダンスが決められていった。「カーリー・ショッケール」は、誰ひとりとして楽譜の読み書きができないので、インプロヴィゼーションという遊びの中で、自然に曲が完成されていったというのが特長である。これは、もちろん自分たちが楽しみでやっていたのだが、それが結果的に客を楽しませることになり、音を楽しむという、音楽の本来の姿を自然に実現することになったと思う。「リンガラ・ポップス」に影響を受けながら、あくまでも自分たちの作品づくりにこだわったこの姿勢は、「カーリー・ショッケール」の音楽を、日本製の「リンガラ・ポップス」ではなく、カーリー・ミュージックとしか言いようのない、摩訶不思議な混血音楽として性格づけていくことになった。こういうバンドのあり方や遊び心を、そしてこのバンドが何をやろうとしていたのかを、ここから感じ取っていただければ幸いです。「カーリー・ショッケール」は、私にとっては一生のうちに二度とあり得ない、かけがえのない経験をさせてくれたバンドだった。音楽の本質の、一面を見たように思った。これによって、私は音楽について、また演奏について、しっかりとした経験と考えを持つに至ったからである。




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2018年12月20日

20181220 食っちゃ寝ぇ食っちゃ寝ぇ

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疲れ果てて寝て起きて食って寝て、また起きたら薄暗くなっていて、雨上がりの不思議な明るさというか、薄暗さが心打つ夕暮れ・・・

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2018年12月19日

20181218 宗右衛門町真実中華料理探訪

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宗右衛門町中華料理屋街全店食倒企画第一弾「四川麻辣牛肉麺」¥800也。真中白太塊即麺。懐古的地下鉄案内板。西成爵士乐愛聴。

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2018年12月17日

20181217 カリーナちゃんのワイパー

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私の愛車、1986年型の60系カリーナ。32年走り続け累積走行距離65万キロ超、満身創痍でなおも実走燃費はハイブリッドなど「いまごろなにゆーとんぢゃ」驚異の25km/ℓ !! しかし現在最も深刻な障害はワイパー。これが壊れると他は大丈夫でも車検が通らぬ。しかもこれを修理するには構造的な欠点で、フロント全部バラしての大手術となるため、カリーナちゃん初のDIY修理を検討中。しかも部品の入手も絶望的。写真は左ワイパーの付け根部分。真ん中のシャフトが回転してワイパーが動くのだが、このシャフトを支えている台座が摩耗して破断。ワイパーがグラグラして全壊するとその時点で愛車を私の手で葬らねばならなくなる事態。これをなんとか直したい。良いアイディアお持ちの方おられませんか ??

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2018年12月15日

20181215 シーズン終了

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今シーズンの農作業、本日終了。例年通り、今年もなりふりかまう余裕もなく、ただただ持てるだけのものを持って走り続けた日々。毎年、もうちょっとなんとかせなと思うんやが、気が付いてみれば服はボロボロ、薄汚れたなりにも気が付かずに追い立てられてる自分がいる。ビールを飲んで気が緩んだら、もう寝る。

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2018年12月02日

20181202 緑糯

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「緑糯」・・・天気予報では木曜日まで雨続きですが、来週の晴れ間を見計らって脱穀したいと思います。量が少ないので短時間で脱穀・籾摺りの工程をご覧いただけます。ご覧になりたい方は直接メッセージをくだされば、個別にご案内いたします。ただし仕事などの都合で、必ずしもご希望に添えない場合がございます。これにて今シーズンの農作業終了、以後は食品の保存と加工をイベント化してご案内申し上げますので、ご興味のある方はどうぞ。干し芋・味噌・醤油・米糀・麦麹・キムチ・ジャム・乾物各種などなどです。JR道場駅ほぼ送迎可能。だいたい5人くらいまで、見学のみ無料、原料持ち込みOK、こちらで調達する場合実費割勘明朗会計。たぶん10-15時目安。ランチ持ち寄りでお願いします。

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2018年11月30日

20181130 籾摺機清掃

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極晩稲の「緑糯」を残して一旦今シーズンの稲作終了とし、最終工程の籾摺り機を軽く掃除する。機械の中に詰まった米を掻き出して集めると、籾殻やゴミと混じった状態だが軽く5合はある。私には信仰心というものはないが、米作りを始めてから、毎シーズン玄米ができてくるのを見て、その艶やかさと確かな重みと存在感に感動し、稲という植物や、米という存在に畏敬の念さえ覚える。したがって、田植えの前には取水口の両側に紅白の「神丹穂」を植えて「さなぶり」とし、稲刈りの最後にそれらを刈り取って「かりあげ」とする一種の儀式のようなものを自分で作ってやっている。稲刈りは稲作業の中途であって、そのあと脱穀と籾摺りを終えてから完了となるので、その籾摺り機に感謝してこれを掃除し、出て来たいわゆる「クズ米」を新米の事始めにいただくことにしている。見栄は悪いが、ザルでふるって精米機に通し、更にふるえば立派な米である。家主さんの作った米、隣の家の作った米も混じっているが、なかなか美味い。他にも作業中に出たクズ米や誤って散らかしてしまったものを拾い集めたものなどを完食してから、正式に新米を食べ始めめことにしている。不信心者のせめてもの信仰心である。

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2018年11月29日

20181129 脱穀籾摺

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借りてきた脱穀機は「枠」がなかった。所有するものとは規格が合わなかったのでクランプで固定。

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本日は雨の予報である。外へ出すものを最小限にして、空をにらみながら、いつでも撤収できる体勢で作業。

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なんとか唐箕がけまでこぎつけた。

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雨は夕刻までこない様子だったので、昼食後に残り半分「豊里」を納屋に格納。手前は昨日故障した脱穀機。

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作業続行。赤米「神丹穂」の素晴らしい芒。

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一粒一粒に長い毛がついている。

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==Э.:'゜☆。

三年ぶりに黒米の栽培に成功。昨年全滅した「紫黒苑」だが、なんと「神丹穂」と交配して、黒の「神丹穂」ができていた。これが固定できれば、「神丹穂」だけで三色米ができそうだが、こんなことしちゃいかんよねほんまは。

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脱穀の次は籾摺りだが、「神丹穂」はその凄まじい芒を除去しておかないと機械にかけられない。このような循環式精米機というものを使って、芒を取り除く。

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なんのことはない、大きなすり鉢の底に穴が二つあって、一方から他方へスクリューが回っている。そこを籾が通ると互いにこすれ合って外皮や異物が取り除かれるという仕組みである。しかし芒が邪魔をして籾が入っていかないので、このように手を添えて少しずつ穴に落とし込んでいく。

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芒が取れるとこのように籾が循環していくので、その時点で排出する。一度に2kg程度ずつ同じ作業を繰り返す。「精米機」という名の通り、これを排出せずにさらに循環させ続けると、やがて玄米の皮も除去されて白米になる。さらに精白を続けると酒米のように中心まで削ることができる。しかしとてつもない時間がかかり、摩擦熱で米が焼けてしまう。

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ブレて申し訳ない。左が作業前、この程度に芒が除去できていれば、籾摺機にかけることができる。

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籾摺りだけは電気に頼っている。これを手作業ですることは事実上、無理だ。唐臼という、特殊な泥土でできた臼や、水車小屋が必要だ。

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電気籾摺り機は、二つの回転数の異なるローラーの中を籾が通ることによって外皮を外す。籾殻は送風されてダクトから外に排出される。残った核が玄米である。籾の状態までは「イネ」、玄米になって初めて「コメ」になる。籾と玄米の混ざった状態で、このような皿に広げられて揺すられ、比重に違いで籾と玄米が分けられていく。左が籾、右が玄米。「イネ」と「コメ」が一枚の皿に乗って揺すられている。

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黒米だとわかりやすい。籾殻が藁色で玄米は黒である。

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赤米は、籾殻が赤紫で、玄米はピンク色である。

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「サリークイーン」・「神丹穂」・「紫黒苑」作業終了。明朝から冷え込むので、収穫して乾かしてあったサツマイモを選別して屋内に収納する。

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翌朝は朝から快晴。

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残り半分「豊里」脱穀開始。

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降水確率0%のはずが突然の雨のため緊急避難。

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「豊里」は籾離れが良く、作業が非常に楽だ。脱穀しただけで唐箕がけを要しないほどだ。

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でも一応通しとこか。このあと日が暮れて籾摺りは夜になったため写真なし。今シーズンの米作りの成果「サリークイーン」40kg・「豊里」70kg・その他30kg (脱穀待ちの「緑糯」の見込み含む) で合計140kg・・・やや豊作。足踏み脱穀機の故障や天気の急変などに翻弄されたが、本日脱穀終了。ゴールまであとわずか !!

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2018年11月26日

20181126 足踏脱穀機踏み抜きの巻

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稲の脱穀開始。オラオラオラオラ、行け行け行け行け・・・て調子乗ってたら、やってまいました。まさかの故障 !! ペダルからドラムへ連動するクランク・シャフトの軸受け部分が摩耗して大破・・・これは私のレベルでは修理不能。とりあえず明日には貸していただける先を見つけたが、足踏み脱穀機なんかいまどき余らしてる人ないよね ??

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2018年11月25日

20181125 終了間近

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晴れ続き時たま雨のおかげ様で農作業も順調に相進み、残りの作業を書き出せる程度にまとまってきました。ここまで来ると体力の限界を酒で紛らわし、頭脳の方はもう天国へ旅立ってしまって、自分の書いたものに命令されて夢遊するようになります。

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今週水・木曜日に稲の脱穀と籾摺りをいたします。足踏み脱殼機・唐箕を使っての作業になりますので、ご覧になりたい方はどぞ。時間いっぱいのため送迎不可、個別にご案内します。・・・と思ったのですが、水曜日が雨模様なので、明日から脱穀始めます。

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2018年11月18日

20181118 芋掘り

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遅ればせながら、芋掘り。これは干し芋に適した白サツマイモ「イズミ」・・・でも短冊に切って片栗粉まぶして揚げると、淡白な味がワインによく合う。バジル・ペーストなどあると最高。茨城原産、ただし私の畑では、ほとんどが割れる。またネズミにもかじられる。株元から遠く離れた場所にもできるので、収穫に神経使う。まともなものは数えるほどしかないが、きちんと傷口を処理して保存すれば、去年のものがまだ手元にあるほど長持ちする。多くは健全な部分を切り取って干し芋にすると、半年は甘味のものに困らない。ひと畝でこれだけとれたので、品種織り交ぜて5うねあるからざっとこの5倍の量か・・・状態は良くないが、作柄としては上出来。不耕起を志して要るが、結局何年かに一度は耕していることになる。ついでに籾殻を撒いて整地しておく。来シーズンここはウリ科。

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2018年11月16日

20181116 山陰への旅・鳥取砂丘

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鳥取砂丘。広くてガーンときて、みんな笑ってた。平和で幸福な時間。

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20181116 山陰への旅・山陰海岸

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 旅の最終日・・・ふたたび海。日本海の海鳴りは、あまりにも不毛な反復のように思われて、心が廃墟になったような気がする。

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