2017年02月02日

20120922 秋の長雨

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 秋の長雨で一日に300ミリも降ると・・・


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 根腐れはいうに及ばず実腐れも心配でありまして・・・


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 中には水太りするやつや・・・


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 身体中に斑点のできる奴もいたりして・・・


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 なかなか愉快な畑の野菜たちであります。


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 こういうときに変に土を動かすとかえって厄介なことになるので、かねてから入れ場所に困ってた印鑑用の巾着を、アフリカ布の端切れで作って見たりして・・・俺こういうのん結構好きかも。


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2017年01月24日

20170124 CANNED BOX

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Can: Tago Mago (2LPs, United Artists, UAD60009/ 10, 1971, UK)

Paper House

Mushroom

Oh Yeah
Hallelujah
Aumgn
Peking O.
Bring me coffee or tea


2016年はPierre Baroughの訃報で終わり、2017年は、師匠Jaki Liebezeitの訃報で明けた。世の中は確実に不寛容に向かって驀進しており、もはや正義を語ることさえ虚しく感じられる。いかに自分を守るか、正義のためではなく、自分が自分らしく生き伸びるために、それを脅かす物事に対しては、決然と「No !! 」と言おう。一昨年は友人が10人死に、去年は3人死んだ。ビジネスのあり方も変わり、もはや私のような老ぼれに出る幕はない。やるべきことを、いかにやりとげるか、生きている間に、どれだけやりおおせるのか、もはや「やる」しかない。残された時間も、自分の気力体力経済力も、もはや有限で、しかも多くはない。とりかかって散在している細々したことを、形になるまで待っているゆとりはない。行動だ。

Canは、のちの音楽シーンに極めて大きな影響を及ぼしたドイツのプログレッシブ・ロック・バンドである。1968年に結成され1979年に解散するが、重要な時期は1973年にボーカリストであった「ダモ」鈴木が脱退するまでと言えるだろう。この間、「Monster Movie」・「Soundtracks」・「Tago Mago」・「Ege Bamyasi」・「Future Days」という5枚のオリジナル・アルバムを発表している。その次の「Soon Over Babaluma」はまあまあだが、同年に発売された、それまでの未収録曲を集めた「Unlimited Edition」という作品集は非常に重要である。メンバーは、当初Irmin SchmidtHolger CzukayDavid JohnsonMichael KaroliJaki Liebezeitであったが、それは西洋クラシック音楽の素養に基づいた延長線上における実験音楽であり、電気楽器や電子楽器やロック的な手法、さらにアフリカ・南米・アジアの民族音楽を題材にとった演奏を取り入れることにより、新しい境地を模索するものであった。このことは、彼らがロック・バンドでありながら、全くその枠に収まらないスケールの大きさとダイナミズムと、実験的精神を持ち得た源泉であり、これこそCanがのちのちまで高く評価される所以であると思う。しかし、彼らの音楽性がロックに傾倒していったことからDavid Johnsonは脱退し、ボーカリストとしてMalcolm Mooneyを迎えることになる。彼は「Monster Movie」と「Soundtracks」の一部に録音を残すが、精神的な要因で脱退する。その頃のCanの活動は、アルバムに残されたような「楽曲」を演奏するばかりでなく、ライブ・パフォーマンスの上で、極めて長時間、時によっては何日も演奏し続けるようなキョーレツなことをやっていた。肉体的実験音楽の極みである。そんななかでアメリカからヨーロッパを放浪していた「ダモ」鈴木と出会って、その日のうちにライブに参加し、そのまま三人目のボーカリストとして加入することになる。そして彼こそがCanの音楽性を決定付けたと言って良く、その在籍時代の彼らの演奏は他に類するものがないほど素晴らしい。上記のアルバムは、すべて、包括的総合的な意味合いにおいて、私の人生を決定付けた。

 特に、彼らの3作目「Tago Mago」は、最も深く心身に刻み込まれた作品である。なかでもLPB面全体18分強を費やして演奏される ≫Hallelujah ≫は、混沌と反復・呪術的陶酔と刺激的覚醒の連打であって、彼らの音楽的見聞や体験や実践や、その他あらゆることを「缶」にぶち込んで発酵させ、煮詰め、熟成させてぶちまけたものに他ならず、これこそまさにCanCanたる真骨頂、他に適当な言葉が見当たらないが、要するに宇宙 !! である。特にリズムを重視したこの曲と、逆にリズムをことごとく無視した、C面全体17分強の ≫Aumgn ≫2曲は、長時間に渡ったという彼らのライブ・パフォーマンスを彷彿とさせるものであり、多様性に満ちた彼らの音世界の様々な側面を見せてくれる。A面の3曲は比較的まとまった歌もの、そして最後のD面は、狂いに狂いまくった挙句、激しい射精とともに虚脱状態に陥ったかのような、深くだだっ広い虚無感に突き落とされる。この作品は、常にここから始まり、常にここに立ち戻ることができ、しかも無限のアイディアを今も私に与え続けてくれ、可能性という夢に満ちた力で私を奮い立たせてくれ、最後に力つきるほどに脱力させてくれる、かけがえのないものである。

 私の持っているものはイギリス盤の再発ものであるが、ドイツ原盤はボックスセットのスリーブ写真がジャケットになっている。上記の他の諸作品について概説すると、「Monster Movie」は極めてシンプルで一本調子でパンク的ですらあるロックンロール、「Soundtracks」は映画のために作られた小品集、「Ege Bamyasi」は混沌からポップへと徐々に広がりを見せ、「Future Days」は極めてシンフォニック且つプリミティブな宇宙的音世界を現出して彼らの最高傑作と評価されている。「Unlimited Edition」は、結成当初から録りためられたものから選ばれた作品集で、単なるアイディアのスケッチから、額装された大作という体裁を保つものまで、雑多にぶち込まれている。


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このシンバルはあなたの形見になってしもた (;_;) なんということだ。私にとっては、もうこれ以上の悲しみはない。私の全て、私の血肉といって良い。言葉もなく、ただ悲しみだけがある。


https://www.theguardian.com/music/2017/jan/23/jaki-liebezeit-drummer-of-seminal-krautrock-band-can-dies-at-78?CMP=share_btn_fb

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2017年01月18日

20170117 Ditumba

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 今日で阪神淡路大震災から22年たった。毎年どん底に落ちる心身状態をなんとかしたいといつも思っているのだが、ひとりでいると、どうしてもあの時あの場所に立ち戻ってしまう。今日は、たまたまお誘いをいただいて、淡河のジェンベ名人宅にて、家主様所有の破れたジェンベの皮の張り替えをお願いする傍ら、私も皮の張りが不十分だったディトゥンバの胴体の補修と皮の交換をすることにした。写真では見えにくいが、この太鼓の道は柔らかい白木でできていて、底のささくれが気になっていたのを、このような手作りの道具で改善していく。


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 このディトゥンバは、2010年にコンゴを訪ねた時に、現地の太鼓作りのにいちゃんに作ってもらったものだ。名前はPapy Kingoloというので「金吾郎」君と呼んでいた。エッジはかなり大雑把な仕上げだったものを、ちょっとは日本人らしく平らに仕上げ、両側からエッジを立てていく。白木なので工作は早い。所々に名人のアドバイスが突っ込まれる。


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 で、さらに名人のアドバイスに従って、前日から水に浸けてあったヤギ皮を叩いて伸ばして柔らかくしておく。これをやるのとやらないのとで、皮の持ちや鳴りはじめが大きく違うらしい。ちなみに、真ん中に一本通っている筋が背骨にあたり、これを太鼓の中心線に合わせるのが必須とのこと。私なんも知らんと今までメンテしとったわ。


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 ディトゥンバはゆるゆるに張るので、そんなにテンションを上げる必要はなく、リングを使わなくてもこの程度の引っ張り加減で良い。完成状態を載せるの忘れてたが、これで周囲を釘止めし、余分の皮をカッターで落として出来上がり。鳴り具合は皮を馴染ませたあと後日アップします。


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 一方、ジェンベの方は、皮を載せる前に、一度リングの外周をくぐらせて余白に穴を開け、中心に向かってこのように絞り込んでおく。これで少し水を切れば絞られた部分の滑りが悪くなって締込み中に緩むことがない。このプロセスを入れなければ、ジェンベとして十分なチューニングまで行かないか、行ったとしても、リムが異常に下がって演奏がしにくくなるとのこと。その後、全体にロープを通して、このように仮締めしていく。いやあ勉強になります。


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 何度も増し締めをするのだが、素手で手に負えなくなったら、くわえたら離さないタイプのストッパー付きプライヤーで上を止めておいて、下を棒巻きにして増し締めしていく。何度か増し締めしたら、皮が濡れているうちは無理せず馴染ませる。


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 一週間程度陰干しして皮が完全に乾いたら、この縦ロープにクロスするようにして横にロープを巻き込んで行って、最終締め付けになる。。私はそのプロセスで自転車用のパンク修理レバーを使います。いや勉強になりましたホンマに。ここでコンゴ風の太鼓やディトゥンバ制作したら売れへんかなあ・・・


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2017年01月14日

20170114 Le Pollen

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Pierre Barough: Le Pollen (LP, Nippon Columbia, YF-7056, 1982, Japan)


L'Autre Rive

Pépé

Sans Parler D'Amour

Perdu

La Lettre


Le Pollen

Parenthèse

Les Uns Et Les Autres

Demain


 今年のレコード・レビューをピエール・バルーから始めなければならないことに複雑な気持ちを持っている。昨年も多くの世界的アーティストが亡くなったが、最後の最後になって届けられたのが彼の訃報だった。大きなショックでかなり落ち込んだ。なぜならこのアルバムに出会って以来、彼の音楽や彼の祖国であるフランスの文化に深く興味を持つようになり、実際彼にも何度かお会いしたこともあるからである。2016年という年は、一体なんという年だったんだろう。世界が崩壊していく予兆を強く感じる。絶望的な暗い闇に向かって加速度的に下り落ちて行くエスカレーターを、人々がひしめき合って駆け上ろうとしている。エスカレーターの速さを超えなければ登ることができないのに、下り落ちる速さがどんどん増している。

 世の中がここまで緊迫していなかった頃、その絶頂期は日本では「バブル時代」と呼ばれている。すべてのものが根拠もなく高級化し、なんとなくクリスタルな空気に酔いしれることのできた時代、どこからともなく、とめどなく金が沸いて出た時代だった。自由な発想、芸術的実験、精神活動の発露が、戦後を振り切るように高度経済成長に邁進した1970年代、これまたなんの根拠もなく無邪気なほど希望に満ち溢れていた1970年代を通り抜け、社会格差から厳しい状況に追い込まれていった欧米先進国を尻目に、ガラパゴス的に守られた楽園の中でひとり勝ちを続けていた1980年代の日本は、その頃になってようやく社会や技術や要するにインフラが整って本当になんでもできる、夢を具体的な形に実現できる、かのような手応えを音楽業界全体が感じ始めていた頃、「テクノポップ」も日本に定着したのであった。飛ぶ鳥を射落とす勢いまさに絶好調、あらゆるものを吸収し、世界の音楽を消化して、泉のように湧いてくる音に満たされていた時代だった。そんな「時代」の音が詰まっている。

 Pierre Baroughは「トレビアーン」な人である。フランス人は、他国の人と比べて感動を重要視する傾向があるように見える。何かと何かを比較してここが違うからこれは良い、とか言わない。俺が素晴らしいと言ってるんだからこれは素晴らしいのだ、と押し込んでくる。しかしフランス人の好きなところは、いや俺はこっちのほうが良いと思う、というべつな考えにも素直に耳を傾けてくれることだ。しかし「トレビアーン」の強い人は多い。感動したら気持ち一発で突っ走ってしまう。途中であきらめたり、客観的総合的判断で軌道修正したりしない。それが非常に良い結果をもたらすことがある、というか、そういう人は、なにがなんでも良い結果を作り上げてしまうのだ。Pierre Baroughにとっては、映画「男と女」であり、「Saravah」レーベル設立すなわちフレンチ・ボッサの確立と実験的シャンソンの創出であり、そして日本との出会いである。このアルバムは、ちょうど私の音楽的な関心が世界へ向き始めていた頃と同時代的にマッチしてくるものだけに、ひときわ感慨が大きい。このアルバムの最も優れた点は、ともに多感で繊細で、微妙な感情の機微を、芸術的な美に昇華することに長けたフランス人と日本人という、まったく異なるけれども世界に類を見ない感性が、アルバムとして音世界に美しく溶け合っていることにある。ロマンチックな、情緒的な、はかない美が、シャンソンという形をとって、時にはそれを乗り越えて垣間見られるフランスの詩の世界、テクノという形をとって、あるいはそこから滲み出るように奏でられる日本の感性、これらが見事に融和した作品になっている。素晴らしい名盤である。

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2017年01月05日

20170105 ベッドDIY

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 農作業の終了とほぼ同時に年末より部屋の改装に取り組んだのであった。というのは、一昨年は友が10人、昨年も3人と旅立ち、生きている同世代の演奏家も散り散りになっていくなか、世の中はますます生き辛く、安心して働けるような場所もなく、このままでは単なる食えない鈍百姓で一生を終わってしまいかねないので、思い切って持ち物を徹底的に処分、部屋の空間を再編して、常に音楽と接し、いつでも楽器を手にとって演奏できる空間を手に入れ様と目論んだ。所持品の不用品のうち、オークションにかければ売れそうなものは分別して和室に並べた。音源や資料は吟味した上で分類するので、これらは嵩を減らして一旦収納する。膨大なレコードは、カラーボックスを横置きにして何台も積み上げてあったのだが、そうするとカラーボックスの幅の45cmが、LPレコードの高さの30cmちょいを大きく超えるので、これを圧縮すべく寸法きっちりのものを作った。写真の両端にある4つの木箱がそれ、合わせてデスクサイドの本棚も一つ、入れる本の寸法に合わせて変則的な棚組とし、これらに収納できないものは処分するという切り方でいく。もう人並みの人生なんて望み得べくもなくなった裏街道、やれるうちに好きなことやっとかんとホンマにいつ死ぬやわからんのでね、今まで寝てた和室は所持品を順次オークションにかけていく作業スペース、パソコンと机の他は大量の音源や資料庫になっていた真ん中の部屋をスタジオ兼寝室にしてフル活用、光陰矢の如し、成年老いやすく学成り難し。


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 知性が、民主主義が、論理的思考が、人を幸せにする、少なくとも人が幸せを掴む道標になると信じていたし、少なくとも日本やこれらを是とする社会に生きる国々の人達にとって、広く共通に是認されているものだと思ってきた。しかしそれは、衣食足りて礼節を知る人の認識であって、今じわじわと足許から衣食が崩れ流されているのである。社会的経済的肉体的精神的に弱い人から流されていくのである。その割合は、かつては社会のセフティ・ネットで吸収できる程度のものだったが、おそらく今は、実感として2割から3割にのぼるだろう。貧困が最も大きな原因だが、必ずしも経済的弱者が犠牲になるのではない。裕福で社会的地位を確立した人であっても、別な要因で流されるように見える。彼らの多くは「知性が、民主主義が、論理的思考が、人を幸せにする」という価値観に反発する。むしろその多くは、これに反発することによって自己を確立してきたとさえ言える。私には、人がそういう向きに進む原因がどこにあるのかはわからない。しかし察せられることは、この価値観の共有によって一定の社会性を得たと意識している人たちの側にある種の仲間意識のようなものを醸し出す要因があって、我々はそれを快く感じ安堵するのだが、それを嫌悪する性質の人も少なからずいるということ、そして我々はそのことを意識しなかった、彼らが仲間外れにされていると感じていることに気がつかなかったのではないか、その気持ちを汲みとる努力をあまりにも長い間怠ってきたのではないか、と思うのである。なぜなら、それは知性的でも、民主的でも、論理的でもないから。しかし人間は感情で動く生き物である。彼らは、学校で教わり、社会で叩き込まれ、メディアを通じて押し付けられるこの社会通念を、苦々しい気持ちで耐え忍んできたのではないか。知性的で民主的で論理的であるがゆえに、自分たちの本当の力がないがしろにされていくのではないか、と彼らは長い間気を揉んできた。しかしそれを言葉にすることは憚られ、また論理的に説明することに疎かった。彼らの気持ちは封じ込められる。そして社会との違和感に打ちのめされた者は貧困に落ちてゆき、逆手にとってビジネスに転嫁し得た者は実業家になる。そこに彼らの悔しさを吸収する一つの思想が生まれる。それは当初全く目えず、その実態も明らかにならなかったが確実に浸透を続け、社会の上下を分け隔てなく不満分子の受け皿となって、気がついたら大きな勢力を形成していた。


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 形こそ違え、安倍政権とトランプ政権とトルコのエルドゥアン政権とシリアとイラクの「イスラム国」は、そういう点で成立要因が共通する。中国やインドや韓国は夫々にちょっと違う。世界にはもっとたくさんあるだろうし、人が集まる組織は多かれ少なかれ同じようなものだ。要は程度の問題である。その最も重大な危険性は、自分たちの弱さを認めないことである。論理というものは人間の欲得に影響されないから、「不都合な真実」をも白日の下にさらす。弱さを認めない者はそれをなきものとし、その論理性を封殺しようとする。知性と民主主義と論理的思考はひとつながりであるので、結局これらを否定することにつながる。その結果、彼らは「不都合な真実」のないバラ色の未来を描くことができ、繰り返し繰り返しそれを宣伝することによって、人々の脳裏に虚構の安心感が浸透していく。一方、知性的で民主的で論理的な人々は、その思考行動が知性的で民主的で論理的あるがゆえに「不都合な真実」を量産する傾向にある。人類が多様である以上、合意を得ることは難しい。民主主義は「決められない」ものなのである。攻撃されると最も痛い脇腹である。そしてマンの悪いことに事態は緊迫している。活動すればするほど伸びしろがあった時代なら共存できた思想家や指導者たちも、何かを壊さなければ自分たちの伸びしろが確保できない。壊すのも人間なら、壊されるのも人間、深刻化すれば戦争になる。人は「戦争反対」と言う。私も「戦争反対」と言おう。しかし戦争は起こる。人間に欲がある以上、人間が全き知性的で民主的で論理的存在でない以上、そして欲のない人間には将来もない以上、人類は戦争を止められない。我々がこの敗北主義という「不都合な真実」に足を取られている間に戦争は勃発する。どこかで誰かが、いずれかの段階で、彼らの暴走を阻止してくれることを期待するしかない。それができなかったら、その責任の一端は我々にもある。つまり、いい気になって論理万能主義を高く掲げるあまり、彼らの長年の気持ちに寄り添えなかった自分たちの傲慢さに、その結果不満を持つ人たちを量産してしまっていることに今の今まで全く気がつかなかった我々の無神経さに、平和を叫びながらその真実についてはオブラートで包み続けている自分たちの不条理を知ろうともしない論理的姿勢の欠如に。


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 社会への関心にとらわれるあまり、自分を省みることの少なかった半年を深く反省して、私は来シーズンギリギリまでは農作業をしない、シーズンに入っても得意中の得意品目しか基本的に栽培しない、苦手な野菜はスーパーで買うことに決めた。とにかく生活に音楽を取り戻さなければ、その時間を作らなければ、自分がダメになってしまう。私は自分の農業を事業化できない。その道を歩まない。そのかわり多様態をめざす。農閑期中に環境を整えて、夏までにはある程度形にしたい。まずは自分を大切にする。この土地の冬の、地面からひしひしと上がってくる湿気を帯びた寒さに、畳一枚布団一組で対抗するのは疲れた。私は生まれてこのかた、ずっとベッド生活だったのである。ある程度高い位置でないと落ち着かない。急ぐ。勢いに任せてこれらのベッドのすのこ製作。棚に乗せてハイベッドとして使うつもり。木工はどちらかというと苦手なんやが、既製品では到底収納できず、背に腹は代えられんから強行突破。別に難しくはないが、カホンを作るのんと違て2メートルの長ものの場合、ねじれが強烈で修正に手間取った。棚類を設置してすのこを乗せたら、頭に描いていた部屋のイメージが現実のものとなる。マットレスが来た。セミダブルなんでね、細身の女性ならご一緒できまっせ。


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2017年01月04日

20170104 キャベツ

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手ぇも肥料も抜きまくっとるから、うちじゃあキャベツなんてこんなもんよ、一畝にひとつかふたつ。直径8cmほどのキャベツが・・・なに売ってくれ ?? どうしてもちゅうんやったら5万円くらいで売ったらんでもないけど俺が食い終わらんうちに言うて来いよ。

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2016年12月16日

20161218 秋ウコンターメリック

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私「あのー・・・カレーに使うターメリックを作ろうと思うのですが、春ウコンと秋ウコンと、どう違うんですか ?? 」

店主「春ウコンは、春に植え付けをするから春ウコン、秋ウコンは、秋に収穫するから秋ウコンという。」

私「あのー・・・では春ウコンはいつ収穫するのですか ??

店主「そら秋やがな。」

私「あのー・・・、ほな秋ウコンはいつ植え付けるのですか ?? 」

店主「そら春やがな」

私「あのー・・・どう違うのか教えていただけませんでしょうか ?? 」

店主「だから春ウコンは、春に植え付けをするから春ウコン、秋ウコンは、秋に収穫するから秋ウコンという。」

私「・・・では、カレーに使うターメリックを作るためには、どちらを植えたら良いのでしょうか ?? 」

店主「知らん」


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 こうゆうばやい、若かった頃の私ならば、この店主を徹底的に追い込んで土下座するまで謝らせたものであったが、もうすぐ還暦を迎えようかという年頃にもなると、さすがに人間もまろやかになってきて、両方買ってきて両方植えたのであった・・・そこまでは良かったのだが、どっちにどっちを植えたのか、どこからどっちがどっちのウコンだったのか、書いたものをどっかやってしもたんで、境目と思しきところから掘り出して行ったら、案の定混ざってしもた。


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2016年12月15日

20161215 Uzbek Ney


これか・・・ウズベキスタンを旅行していた時によく聞こえてきた、脳天つきぬけるような高音、アルメニアのドゥドゥックとならんで、心を揺さぶられる笛の音。


https://www.youtube.com/watch?v=7WHsyxMFuH0&feature=share

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2016年12月06日

20161206 straw roof

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ご縁をいただいて、茅葺屋根の葺き替えのお手伝いに来ています。手伝いに来てんだか邪魔しに来てんだか・・・

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2016年11月26日

20161126 Alummni

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・・・初めてお呼ばれした高校の同窓会 !! 56-18=38年ぶりで、まったく顔がわからんかったのだが、しばらくするうちに38年の時をスリップして・・・いやあ、みなさんいろいろあってここまで生きてきたんやねえ・・・やっぱりこいつらすごい。

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2016年11月24日

20161124 banana nirvana

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 やっとのことでありついた営業の仕事を辞めることになった。昔取った杵柄は曲がってて腐ってた。何を言っても言い訳になるが、もはや時代に全くついていけていない自分がここにある。ビジネスの世界から離れた10年前とは隔世の感だ。全てはスマホで動いている。スマホの操作方法がわからないのではない。スマホで生きる人々がやるように、頻繁にスマホで連絡を取り合い、共感を分かち合うことができないのだ。しかし、全てはスマホで動いているのである。活動指示や方針などは逐一変更され、その全てを始終追っていなくてはならない。新しく差し込まれた緊急対応のための販促物の入った巨大な箱が、連日のように自宅に届けられ、生活空間を占領していく。何のために、どこに使うのかもわからず、開けるとさらに場所を要するので、怖くて開けることもできない。問い合わせても返事はない。

 いちいち個別に返事など来ないのだ。全てはスタッフ用のコミュニケイション・サイトに投稿されている。営業スタッフは、書き込まれた膨大なメッセージの中から、何を優先して動くべきか、どこに何を使うのかを読み取らねばならない。販促物はどんどん送られてきて野ざらしになる。尻に火がついて、とりあえずその販促物を処分するために仕事をする。どんどん片付けていかないと部屋が販促物で埋まる。活動を終えてレポートをあげる。内容不備で差し戻される。場合によっては再訪店を指示され、これらは新しく課せられた業務と重なって苦しい立場に追い込まれる。収拾がつかないのでリセットを要求するとイエローカードが発せられる。三枚でクビだ。
 体勢を立て直して新たに取り組むが、すぐに状況は混沌とするなか、秋の農繁期に突入した。契約では月に10日だけの勤務だが、コミュニケイション・サイトにアクセスしていない日が続いたことで、二枚目のイエローカードが出た。知らなかったでは済まされない。何のための端末かと言われれば返事もできない。この時点で、私にはこの生活を続けることは無理と考えて退職願を提出した。地獄の閻魔大王に魂預けて、三年ほど地獄めぐりしてくるなんて豪語していたくせに、こんな誰にでもできる仕事を三ヶ月でギブ・アップだ。気がつけば、スマホをいじりながら運転し、信号待ちでメッセージを打ちながら、クラクションを鳴らされる自分がここにある。地獄に仏と思ってすがりついたがさらなる地獄、火のついたケツに火炎放射されて借家まで全焼させられる前に、逃げた。これがビジネスの世界の末端の実態なのか。
 おかげで決心がついた。私は戻れない。手作り農業と、日本経済との格差は、およそ30倍である。一人前の男が機械も化学物質も使わずに手作りで営農できる面積は一反、そこで米作りをして得られる米が、200-300kg、年収200-300万を得ようと思ったらキロ単価1万円。しかし市価はその約1/30なのだ。つまり手作りで米作りをしても、たったの10万円の年収にしかならない。そこを畑作や希少作物や伝統野菜や食品加工などで工夫して100万円くらいなら何とかなる。しかし全滅することもある。そこまでは、やった。同じ地獄を見るならば、この手で作った産物で、この30倍の格差を乗り越える。退路は絶たれてしまった。もうこれでいくしかない。採用してくれた会社の皆様、ご迷惑をおかけしました。おかげで目が覚めました。心から感謝します。私は自分の道を参ります。

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2016年09月21日

20160922 思い出の山カフェ

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 懐かしい写真、この写真を撮ってもらったときのことはよく覚えてる。場所は、芦屋の六甲登山口高座の滝の麓にある「大谷茶屋」に併設された洞窟カフェの「六甲山カフェ」だ。私はそこの代表を務めていた。写真を撮ってくれたのは、香港から来た、旅先の日本を取材している女の子のグループだった。リンク先によると2012/11/14とあるので、「六甲山カフェ」を辞める直前の頃だ。懐かしい。苦しかった時期だが、今思い返すと非常に懐かしい。

 当時、私は複数の深刻な問題を抱えて苦しんでいた。「六甲山カフェ」は、衛生状態・漏電・苦情などが相次いで保健所・消防署・警察からの呼び出しがしょっちゅうあり、なんとか法令を守りながら活動を続けたい私と、プロジェクトを優先させたいメンバーとの間の、考え方の対立が極限に達していて、その年の年末で私は辞めざるをえなくなった。また、その4年前に亡くなったある友人の遺品の処分をめぐって遺族と4年越しのトラブルが続いていた。そしてなにより、農地法など農政に関する制度を知らずに自然農による栽培を試みていた私は、集落の一部の人から違法営農を指摘され、農業委員会の行政指導、さらに告発に至る直前の状態になっていた。さらにもうひとつあるのだが、それはちょっとここでは言えない。とにかく苦しかった。なぜこうなるのかさっぱりわからず、打開策も見えず、濁流の中で無闇矢鱈にもがき苦しんでいた時期だ。

 写真を撮ってくれたグループは、高座の滝のそばにある祠を珍しがって写真に撮っていた。滝には業をする人もいて、それも彼らには珍しかったようだ。しかし、話す言葉を聞き咎める人たちがいた。彼らは中国人が嫌いなようで、神聖な場にふさわしからぬ態度で傍若無人に振る舞っていると見えたようである。彼らは強い調子で香港人のグループを罵った。罵られた側は日本語がよくわからないのでキョトンとしていたのだが、その態度にさらに腹を立てた日本人のグループが彼らを取り囲み、その騒ぎを聞きつけた別のグループがそれに輪をかけることになって、現場は一時騒然となった。一部始終を見ていた私は、そこへ割って入って彼らを店に引き入れた。日本人グループが追ってきて店に入ろうとしたが私は立ちはだかって口論になった。彼らは古くからのこのルートの常連で顔見知りではある。保守的な考えは服装を見ただけで分かるほどだったのだが、私が頑としてその場を動かなかったため、彼らはなんとも恥ずかしい捨て台詞を放って山を降りて行った。そんなことがあって高ぶった気持ちが、次第に落ち着いてきた時に撮ってもらった写真だ。「六甲山カフェ」では時々こういうトラブルがあった。

 その後、私はそこを辞め、友人の財産問題も遺族の中から理解者が出て解決し、新規就農の手続きもなんとか乗り越えて今がある。しかしその頃とは全く別の困難に直面していることも事実だ。これらも同じくらい困難な問題だ。ただ違うところは、この写真の表情にも表れている通り、この頃の私は、自分の信念を貫いて生きていた。そのために発生したトラブルに苦しんでいたわけだ。当時は、まだバイトもせず、自由に生きていた。真剣に努力すれば農業で生きていけると淡い期待に支えられていた時期だ。しかし今は違う。私のやり方では格差を乗り越えることはできないことが分かった。溝を埋めるには日本経済の恩恵を受けざるをえない。そのことはすなわち、自分が否定し、そこへ二度と戻らないことを誓ったはずの生きかたに、部分的ではあれ戻ることを意味する。つまり、その分だけ自分を欺いて生きるわけだ。そして現実は厳しい。百姓仕事をする前提で就ける仕事には限りがある。そして、その収入では、やっていけないのだ。新しい仕事にありついた。そのことは幸運だった。しかし、それはとりもなおさず、より多く自分を欺いて生きざるをえないことを意味する。弱った体、諦め、裏切り、それらを抱えて生きていかざるをえない私は、もう二度とこんな笑顔はできないに違いない。


https://www.e123.hk/ElderlyPro/details/201320/sc

posted by jakiswede at 00:48| Comment(0) | cafeminhos | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年09月20日

210160921 夏の終わり

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 台風が過ぎて夏が終わった。西日本の夏は長い。そして自然農の畑では、巷で夏野菜と思われているものは、秋に本格的に取れはじめる。


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 私はナス科が苦手なはずだったのだが、今年はヤケに調子が良い。


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 トマトは青いうちから割れてくるが、こんなにたわわに実ることは珍しい。


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 今年のヒットは唐辛子類、ペーニョちゃんを筆頭にあらゆる激辛唐辛子がすくすく育つ。


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 茨城の黒花豆も、栽培が困難と言われながらも半分は生き残って実をつけはじめた。


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 そしてこれはなんとガルバンゾ、何度目かの挑戦でここまで生きながらえた。おそらく日本では梅雨明け以降に蒔くと良いのかも、しかし夏が短いから実をつけるまで行くのかどうか・・・


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 これはトルコの白ズッキーの緑斑種、たぶん緑のズッキーの花粉が飛んだのであろう。


posted by jakiswede at 16:38| Comment(0) | 農作業食品加工記録2016 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年09月19日

20160912 「朝紫」稲刈

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 田んぼ右手前から黒米「朝紫」・緑米「緑糯」・赤米「神丹穂」、「朝紫」のみ中生で刈り旬を迎えている。


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posted by jakiswede at 16:33| Comment(0) | 農作業食品加工記録2016 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

20160914 直前の悪夢

 「摩耶アコースティックピクニック」と「リュックサックマーケット」には、今後参加しないことを決めました。お客様には大変申し訳ございませんが、やむを得ない判断です。直接の原因は、「リュックサックマーケット10周年記念ピクニック」のトークライブが「アコースティックピクニック」のステージと一体化して行われることがわかったからです。誰が決めたのでしょうか、私はなにも聞いておらず、私たちは自分たちのイベントを自分たちで決めて良いはずでした。でもそうではなかった。私はこういうことが一番嫌いです。自由にやって良いというならば自由にやって良いはず、端で見ていて美味そうになったら横取りする、こんな百姓みたいな根性が私は大嫌いです。

 「リュックサックマーケット」というのは、もともと「六甲山カフェ」のプロジェクトの一環で、芦屋の高座の滝のたもとにある「大谷茶屋」周辺で始まったものです。「カフェ」と名のつくとおり、これは飲食の提供を伴ったものでした。私は途中からこのプロジェクトに賛同して活動に加わりました。「山にカフェを持ち込む」ことにより広範に山を楽しむきっかけ作りは広がりを見せ、摩耶山においてはmayasan.jpにもあるとおり、様々な活動に発展的解消を遂げていきました。その時点で、「リュックサックマーケット」は「六甲山カフェ」の手を離れて公的な運営主体に委ねられました。

 一方、大谷茶屋を拠点にした飲食提供を目的とした実店舗の「六甲山カフェ」は、「日替わりマスター」制を敷いて定期的な活動を続けており、途中参加の私がその代表を務めることになりました。しかし「洞窟カフェ」として人気が出た反面、湿気や漏電、衛生管理状態など多くの問題があって、苦情が相次ぎ、警察・保健所・消防署から行政指導を受ける羽目になり、その対応に追われました。

 最も厳しい指導は保健所のもので、そのうちの一つに「六甲山カフェ」という屋号が「大谷茶屋」の営業許可の要件を逸脱しているから使用しないようにというものがありました。活動を続けるには、一時的に「六甲山カフェ」を名乗ることをやめなければなりませんでした。そのうえで、合法的かつ安全に、しかも「六甲山カフェ」の名称を復活させるために私は様々な努力をし、排水設備や電気系統を改善したり、知り合いの厨房を借りて製造許可を得る努力をしたりしました。また、事故が起こったとき、現状では責任はすべて大谷茶屋が負わなければならなくなっていたのを、資格を修得して私が負えるようにしました。こうした努力で、法的要件を満たしながら「六甲山カフェ」の名を守るめどが立ったのですが、日替わりの各マスターにも、彼らが担当するメニューに応じた資格をとってもらわねばならず、そこで猛反対にあいました。

 その後、何度も話し合いをし、理解を得ようと努力したのですが、ついに意見はまとまらず、私は「六甲山カフェを潰した男」として退場せざるをえなくなり、復活した「六甲山カフェ」では「大谷茶屋」で許可されていないナマモノなども堂々と販売され、代表者として私の連絡先が公表され続けたために、苦情や指導はすべて私の元に寄せられるようになりました。こちらから何度も改善を申し入れましたが現状は変わっていません。つまり、彼らは自分たちのやりたいことを実現するためには手段を選ばないのです。

 その中心人物が、「リュックサックマーケット10周年記念ピクニック」のトークライブに名を連ねている面々です。そしてこれは同窓会なのです。そんなステージには、私は死んでも立ちたくありません。私はmayasan.jpにも問い合わせましたが、人脈が繋がっているので当然ですが、これらの活動は「六甲山カフェ」との一貫性を失ってはいなかった。しかも、「六甲山カフェ」のブログにも、これを期に「リュックサックマーケット」へも積極的にコミットしていくという意思表明がなされており、主催者もその通りという方針を述べられた。

 もちろん反論して戦う方法もあります。しかし、何の関係もないお客様の前で論争なんてできないし、主催者側で決まってしまったものを、私の個人的意見で変えさせることもできない。しかも彼らはエリート中のエリートで頭脳の出来が私とはかけ離れていて、限られた時間で私が彼らを論破することなど到底不可能だと思います。情けなく、残念なことですが、私が退場するしかないのです。

 まあ大体そんなことです。いろいろ楽しかった。感謝してます。次なる活動の場を見つけようと思います。ありがとうございました。

posted by jakiswede at 16:29| Comment(3) | 音楽活動 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

20180904 さなぶりの証

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 「さなぶり」という、たぶん農村でしか通用しない風習があって、これは田植えを終えた時期に田の神に感謝の気持ちを捧げるものである。当地方では、田へ水を引く入口に稲の苗を植える。例年は、神に捧げるものなので、その名も神にちなんだ赤米の「神丹穂」を植えるのだが、昨シーズン「豊郷」と交配して赤くない「神丹穂」ができたので、すなわちこれを「神丹穂アルビーノ」と名付けて種を取っておいた。今年はそれを区別して育苗し、「さなぶり」のときに取水口を挟んで両者を植えてみたら、見事に紅白の「神丹穂」が並んで穂を出した。田の神への感謝と畏怖の気持ちが伝わっただろうか。


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 「神丹穂」は草丈が高く、膝から頽れるように倒れるので、穂首を支えてやる必要がある。観賞用としては邪魔になるが、収穫するには出穂前に何らかの手当てをしておく必要がある。



posted by jakiswede at 16:21| Comment(0) | 農作業食品加工記録2016 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

20160831 トマトの芽かき

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 トマトの芽かき、主幹と側葉の間に生えるのが脇芽で、エネルギーの分散を防いで実を大きくするためにそれを掻き取るのだが、この場合・・・

posted by jakiswede at 16:19| Comment(0) | 農作業食品加工記録2016 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

20160825 新しい仕事決まる

 過ぎ行く夏へ・・・

 生活の困窮から、年末までに何らかの打開策が見出せなければ、一旦百姓から撤退して地獄の沙汰もカネ次第と閻魔大王様に魂預けて守銭奴に成り下がろうかと思いつめていたのだが、残すところ3ヶ月という土壇場になって、まったくおあつらえ向きの仕事にありついた。月10日稼働・直行直帰・自家用車持込・経費全額支給・車両手当・走行距離手当・みなし時給・・・業種は守秘義務の関係で明らかにできないが、職種は営業、つまり昔取った杵柄である。手触りも握り具合も酸いも甘いもよぉぉぉぉっく覚えとる。しかも担当エリアは得意中の得意の播州。時間制限がうまい具合に噛み合って現在のバイトを辞めなくて済むのだが、百姓入れてなんとトリプル・ワーク・・・しかしそれでもやらにゃ生きては行けん・・・

 これで毎日の仕事探しの徒労から解放された。まったく先の見えない不安、苦痛と焦りの連続、少しでも脈のありそうな情報には全てエントリーした。当然のことながら夜のバイトを終えた深夜にパソコンに向かって毎日何時間も過ごす。夜半過ぎにエントリーしたのに、数分後には断りのメールが来る。つまり登録情報で自動的に選り分けられていることがわかる。返事をくれるのはまだ良い。半数以上は梨の礫。疲れ果てて失意のうちに眠る。それでも数ヶ月に一度くらい手応えがある。そのうちの何分の一かの確率でさらに返事が来る。一喜一憂。書類選考を通過して面接に及ぶ。もちろん「誠に残念ですが・・・」という、わかった話もある。しかし書類選考を通しておきながら、「いままでなにやってきたんですか」と面白半分に突っ込んでくる面接官もいる。全部履歴書に書いてあるやろ採る気がないなら呼ぶなこの忙しいのに、と何度叫び声を噛み殺したことか。こんな無駄な努力を、いったい何年、毎日毎日繰り返してきたことか・・・それがために、楽しいはずの生活が台無しになり、余裕がなくなり、できるはずのことを諦めて仕事さがしに振り向ける。なんという無駄、そしてなんという自分の弱さだろう。できるはず、できるはず、といくら自分に言い聞かせても、下り落ちる速さは増すばかり。これが、身の程も顧みず、きちんとした計画性もなしに、勢いだけで飛び込んでしまった今の生活10年の成れの果て。生活保護を受けるために、できるだけ無駄なものをカネに替えようと身辺整理を始めていた矢先だった。

 現金なものとは私の今の心境である。最前までの暗い追い詰められた過激思想はどこかへ飛んでしまい、貧しさゆえに封印してきた様々なことを始めたい意欲が湧いてくる。楽器をセッティングして一人リハーサルなんてやってみる。自分の演奏する動画を撮って、手元の動きを注視して、弱点を克服しようと考える。つくづく、人間は社会的な生き物だと思う。自給自足なんて、本当にそれだけで生きていけるのなら、簡単なことだ。生きていけないから難しい。私は「食品の裏側」を舐めつくした反省から今の生活を選んだ。しかし、いまこの仕事にありついたということは、以前の生活に戻ることを意味する。そうしなければ社会生活が成り立たないという現実は、そのまま現代社会を象徴しているようだ。これでやっと、生活を立て直すことができる、という安堵が半分、しかし再び「裏側」を舐めて生きていくことになるのかという、自分に対するやり切れなさが半分、結局、その矛盾を色々な刺激で解消していこうとする自分の悲しさから目を背け、紛らわし、ごまかして俺は生きていくんだな、という諦めに満ちた酔いのような・・・

posted by jakiswede at 16:11| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

20160824 晩稲出穂2週間早い

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 ちょっとお前えら、気が早すぎんぢゃねえか ??



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posted by jakiswede at 16:10| Comment(0) | 農作業食品加工記録2016 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

20160821 Song For Chè

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Charlie Haden: Liberation Music Orchestra (LP, impulse!, AS-9183, 1970, US)


The Introduction / Song Of The United Front

El Quinto Regimento (The Fifth Regiment)

 Los Cuatro Generales (The Four Generals)

 Viva La Quince Brigada (Long Live The Fifteenth Brigade)

The Ending To The First Side


Song For Chè

War Orphans

The Interlude (Drinking Music)

Circus '68 '69

We Shall Overcome


Ornette Colemanのオリジナル・トリオやカルテットのほとんどでベースを担当してきたCharlie Hadenは、ジャズ・ファンク路線への転向後もオリジナル・コンセプトでの演奏によく参加していたのだが、それと並行してCarla Bleyを中心とした、のちのJazz Composers Orchestra Asociation (JCOA) を形成するメンバーとのセッションを盛んに繰り返していた。このアルバムが発売された1970年当時、Ornette Colemanは、アルバム「Crisis」の時期で、参加メンバーも重複している。前者が、よりコアでエモーショナルな演奏であるのに対して、こちらは次世代らしい軽快さと、進取の気迫がフリー・ジャズに込められている。

 A面は全体で一つの組曲を構成しており、スペイン市民戦争の時期に替え歌として市民の間で歌われていた歌にインスパイアされている。行進曲風の憂いを帯びた荘重なテーマを繰り返しながら、その情感を損なわずにフリー・フォームに崩していく様は、まさに彼らならではの持ち味。演奏へのモチュベーション、集中力、反応の鋭さ、音の臨場感、全体の緊張感、バックグラウンドに忍び寄る戦争・・・どれを取っても研ぎ澄まされた刃が放つ一瞬の閃きのような、宝物のような音空間。素晴らしいの一言。

 B面はCharlie Hadenの曲で、Ornette Colemanのアルバム「Crisis」にも収録されたErnesto Chè Guevarraへの讃歌で始まる。前者がエモーショナルな発露の連続として演奏が維持されているのに対して、こちらは実験的要素が強い。途中でCarlos Puebraの作曲でキューバの国家的名曲である"Hasta Siempre ≫が挿入されている。次の曲はOrnette Colemanの曲だが、以下要所要所の作曲とアレンジをCarla Bleyが締めることによって、そのコミカルなテイストが生かされ、全体として明確な反戦コンセプト・アルバムであるにもかかわらず、重苦しくなりすぎないトータルな仕上がりとなっている。このアルバムも、ジャズ史上に確実に残るゼッタイオススメの名盤中の名盤 (^^; 。

posted by jakiswede at 16:01| Comment(0) | 変態的音楽遍歴 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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